生糸

「ちげえよ!」


「何がどう違うんだよ!」


「こうだろうが!」


「こうじゃわかんねーだろ。お前教えるの向いてねえよ」


「え、だって~~?」


「すみませんでしたね。ア・オ・バ・セ・ン・パ・イ」


 サバサキがアオホシ園にやって来て数日。無事に体調も回復したが、街まで戻る準備にしばらくかかるため早朝から畑の手伝いに駆り出されていた。元はアオバに課されたペナルティだが、押し付けられていることなど露ほども知らない。


 指導担当はアオバなので余計な手間が増えているではないかと苦笑いでマクワはその姿を見守った。


「悪いなマクワ。先、行っててくれ。すぐ追い付く」


「分かった」


 マクワは温室を後にして、外で待っていた子どもたちと合流する。


「おそいよ!」


「もうすぐでキャロットが勝手に森へ入っちゃう所だったよ」


 小太りな少年が肩を竦める。


「ありがとう、サボ。アオバは後から来るって」


 狩りの経験が少ない子どもたちは指導を兼ねて熟練者が同行することになっている。アオバと人数を割る予定だったので四名と少し多いが仕方ない。


「さいきんのアオバ、フンイキがかわったよね!」


「そういえばバーバラ園長にもしばらく噛みついてない」

「明るいというより悪い空気を出さなくなった」

「分かる」


 瓜二つな双子姉妹が口を揃える。


 食堂を飛び出した時はそのまま帰ってこないのではと危惧してたが、けろりと姿を見せてくれたときはホッと胸を撫で下ろした。だが、常日頃からアオバに振り回されてきたマクワだからこそ出来過ぎてる気がしないでもない。


 やりたくない仕事は他人に押し付けるのがいつものアオバだ。それが《ねもね》との出会いを通じて変化している。まるで定まった一つの目標に邁進している感触があった。


「やっぱり『わーるどだいばー』をめざすってことなのかな」


「うーん。そこまでは分からないね」


 口ではそう言ったいったものの十中八九キャロットの言う通りになると踏んでいる。


 ともなれば近い未来、アオバがアオホシ園を去る。それは園が始まって以来初めてのことだ。今まで親族が迎えに来ることはおろか里親が顔を見に来たこともない。


 これが子どもたちにとって初めての離別になる。特に最年長であるアオバの存在は大きい。


 マクワなら外の世界に踏み出す喜びより、子どもたちを置いていく不安の方が大きい。アオホシ園が世界の全て言っても過言ではない。血より濃い絆で繋がった家族と一生を暮らしていく覚悟は出来ていた。


 アオバにもこのままアオホシ園を支える一助なって欲しいが、バーバラのやり方が正しいとも思えない。


 今できることはアオバが抜けた穴を埋るだけの技術の底上げを図るしかない。


「さあ、狩りを始めようか」


 狩りとは体力があれば良いものではない。アバターの特性を見極めれば少ない労力で遭遇できる。カナキー大森林は動物を模したアバターが豊富であるため、水場を中心に探索すると簡単だ。そして、ターゲットに気付かれないよう接近。射程に入ったところでブランクカードを的中させる必要がある。


 幸い人数はいるので連携を取りながら追い込む。これらをこどもたちに根気よく教えていく必要がある。


「えい!」


「キャロット、声出したら位置がバレる!」


 キャロットが投げたカードは軌道が逸れて鹿型アバター――《みのりある伸角しんかく カジカ》の足元に刺さる。


「サクラ、モモ、逃げ道塞いで!」


 双子は威嚇するクマのように両腕を挙げて草陰から飛び出す。驚いた《カジカ》は方向転換するのに前足を上げて体を大きく捻る。


「サボ、第二射! …………サボ?」


 後ろから付いて来ていたはずの姿がない。


「まずい! 逃げられる」


 マクワがBCDを起動するよりも早く、矢の如くカードが《カジカ》に突き刺さる。このような芸当ができるのはアオホシ園でただ一人だ。


 幹の上に立つ影が手を挙げる。


「ウッス、マクワ。遅くなった」


「アオバ……」


 あっけらかんとしているが、いかに卓越した能力を持っているか実感する。


「あと途中ではぐれてるの見つけたから連れて来たぞ」


 サボは申し訳なさそうに顔を出す。


「ご、ごめんよう。息が切れちゃって……」


「まずは体力作りからだな」


「……うん」


「もうすぐ昼だし、それまではこっちで受け持つからマクワは休んでもいいぞ」


 お世辞にもアオバの指導はうまいとは言えない。過去に恥を忍んで教えを乞うこともしたが感覚的に出来てしまうらしく要領を得られなかった。


 いつもなら付いていく。しかし、今は思考を整理したかった。


「……うん、お言葉に甘えるよ」


「よし! まずはあっちの方からだな」


「おー!」


 アオバたちは森を行軍し始めた。マクワは別の方角に歩を進める。近くに川があったのでそこで一息つくことにした。


 透き通る清流で顔を洗う。水面に反射する顔はいつになく曇っている。


 こんな悠長なことで良いのか?


 アオバがいつまでアオホシ園に残っているかわからない。


 何か改革を進める必要があるのでは?


「僕に力があれば……」


「―――――力が欲しいか?」


「誰だ!?」


 確かに頭の中に言葉が直接響いた。しかし、辺りをいくら見回しても森を分断する川が絶え間なく流れていくだけだった。


「力が欲しくば、こちらへ来い」


 ふと、手に一本の糸が繋がっていることに気付く。そこから糸電話のように振動が伝わてくる。川向こうの森へと続いていて端は見えない。


 おそらくこの先にはアバターがいる。それも意思疎通が可能なアバターだ。《ねもね》のように協力関係を組めたら心強い。


 アオホシ園のためになるなら聞く価値はあると意を決し、マクワは川の飛石を渡る。糸を手繰るように森を進むと粘着質な糸がへばりついた木々が散見される。糸は一点へと向かって収束し、重さに耐えきれず木が歪んでいるのが分かる。


「なんだこれ……?」


 マクワを待っていたのは怪獣の卵と見間違うような巨大な繭だった。


「貴様は幸運だな。我と出会えたことに感謝するがよい」


 どうやら、繭の中に声の主がいるらしい。藁にもすがる思いで語り掛ける。


「力をくれるっていうのは本当なのか?」


「二言は無い」


 ぼとりとマクワの頭の上に何かが落ちて来る。上目で見上げると、首を傾げながらギザギザと尖った顎を横に広げる大きな芋虫がいた。


「ヒイイイイッ!」


「そいつは我の分体。食事を与えれば糸を吐く」


 彼の言う通り芋虫は糸を吐き出し始めた。とっさに水をすくうように両手で受け止める。糸は途切れることなく手のひらに溜まっていく。


「その糸はワイヤーよりも頑丈で、宝石よりも美しく輝く。何に使うかは貴様が考えると良い」


 マクワの表情が明るくなる。その様子を繭の中の主は見逃さなかった。





「牛肉――――――」


 きっと見間違いだとアオバは目を擦る。しかし、何度確かめても夕食のポトフに牛肉が入っている。向こうが透けて見える薄いハムなどではない。子どもたちが食べやすいようにサイコロカットされた肉が器にゴロゴロと盛られている。うまみが染み出たスープに唾液が止まらない。


「おい、サボ! 今日は何の記念日だ!?」


「うぉ!」


 突然呼びかけられ、運んでいた食器を落としそうになる。マクワはサボの体を優しく受け止めた。


「別に何もないよ」


 サボの代わりにマクワが答える。


「じゃあ、この豪華な夕食はなんだ!」


「生糸を作ったってボクは聞いたけど……」


 大した知識を持っているわけではないので芋虫アバターが吐いた糸をしめ縄程度に束ねただけである。それをいくつかバーバラに渡し、街で換金できるか頼んだところマクワの想定より良い値がついた。懐に蓄えてしょうがないので牛肉を買ってきてもらったのだ。


「こんな贅沢は最初だけだよ」


「よし! 今すぐ稼働を倍にしろ」


「手伝うって言っても、マクワがやらせてくれないんだよ」


 芋虫アバターのことはバーバラを含めて秘密にしていた。


「何だと!? 貴様、利益を独り占めするつもりか!」


「そういうわけじゃないけど……もうちょっとしてからお願いするよ」


 繭の中の主とのやり取りを思い出す。





「このままでは一方的にそちらが得をする。今度はこちらが要求する番だ」


「……分かった。何をすればいい?」


「食事だ――――。この身は大きな傷を負い、それを癒すためこうして休眠しているが、元より強靭な肉体得るためには良質なデータが必要だ。それを貴様に運んできてもらいたい」


「つまり、カードか? こんな感じのでいいのか」


 マクワはBCDから今日の狩りで手に入れたカードを何枚か取り出す。すると芋虫が糸を伸ばしカードを絡めとる。


「あっ、ちょっと!」


 既にむしゃむしゃと頬張り始めていた。小さな口では限界があるようで食べこぼしたカードが地面に散らばる。マクワは慌てて回収する。


「売るつもりだったカードだけ食べられてる……」


「おお……いいぞ。分体を通じてデータが共有される……」


「…………」


「代わりに糸が手に入るのだ。損はしておらん。……クク、これで目的を果たすことができる――――」





「……ワ。…………マクワ!」


「あっ」


 アオバの言葉で子どもたちの喧騒に引き戻される。いつの間にか夕食が始まっていた。


「どうしたんだ。ボーっとして。飯食わないのか?」


「ああ、食べるよ」


 一口啜ったポトフは既に冷めていた。

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