挑戦
BCDを懐中電灯代わりにしてアオバは夜道を進む。《ムーン・ウルフ》の背に乗れば大して時間のかからないお使いだが、子どもたちがベッドに入るまで母屋には戻りたくなかったので、徒歩でサバサキの待つ物置小屋を目指していた。
熱帯地域は夜になっても暑い。日中に比べれば直射日光が少なくなった分、活動はしやすい。それは人間だけでなく森に住む生物たちも例外ではない。
「ヒィッ」
得体の知れない鳴き声に《ねもね》はアオバの外套のフードの中で縮こまる。
「嫌なら付いてくるな」
「いえ、《
「口だけは達者だな」
「マスターこそ、いい加減口を割ったらどうですか。夢を語ることが恥ずかしいなんてごくごく当たり前な感情です」
「誰も恥ずかしがってない!」
声を荒げてしまったことを後悔する。これでは図星を突かれたのと一緒だ。
「夢が叶う保証なんてどこにもないのに周りの期待だけが上がってしまう。ですが、それが夢への第一歩だと私は思います」
「…………」
「マスターは言霊を信じますか? 口にした言葉には力が宿る。素晴らしい考えです。アオホシ園の方々がマスターの夢を知っているということは過去に実践されていたはずです。しかし、今は違います。なぜ、夢を諦めてしまったのですか?」
「………………」
「恥ずかしいですか?」
「違ぇよ! ………ただ」
話す必要はない。だが、少し遠回りしたい気分だった。
「オレには諦めるしか選択肢が無かっただけだ――――」
◆
娯楽の少ないアオホシ園で遊びといえばDIVEだった。それまで子どもたちの実力に差は無かった。しかし、ある動画がきっかけでアオバはめり込むようになる。
寄せ集めの紙束から同名カードをしっかり3枚ずつ積んだ山札になるだけで子どもたち中では強くなれた。しかし、満足いかなかったアオバはより強いカードを求めて狩りにまで行った。バーバラには叱られたことも一度ではない。
マクワたちと繰り返し戦ううちアオホシ園で敵う者はいなくなっていた。
勝利を重ねる度に自信が付き、本当に『
子どもたちはメキメキと力を付けるアオバを応援してくれた。しかし、バーバラだけは違った。
「なんだよ、話って」
書斎に入ると古本の匂いが鼻につく。左右の壁は分厚い本で埋め尽くされている。一冊の本を読了する集中力すら欠如しているアオバには無用の品だ。
正面には書斎机が陣取り、書類仕事の手を止めたバーバラは眼鏡を外す。背もたれの大きい椅子にゆっくり背中を預けた。
「『
「そうさ! この家を出て、プロダイバーの道を歩む。強い奴らとたくさん戦って、いつか『
「諦めなさい」
「はぁ?」
鈍器で殴られたような衝撃だった。
「アオホシ園が狩りで生計を立てているのは知っているでしょう。最年長のアオバが抜けては困るの」
「マクワだって稼いでいるだろ」
「そのマクワでさえアオバの半分も稼げてないわ」
「そりゃ家事とか色々任されてるから……」
「そうよ。だから稼ぎ頭が必要なの」
子どもたちを盾にされては苦虫を噛むしかない。
「それに最年少のキャロットだって話せるようになったばかり。誰かがサポートしないといけないのよ。年長者なら分かって頂戴」
「……なにも今すぐ出ていくって話じゃないだろ?」
「いいえ。アオホシ園から出ることは許さないわ」
「なんだよ、それ…………。アオホシ園で一生を終えろってことか?」
「ここにいれば普通の暮らしを送れるのよ」
「コソコソ森の中で一生を終える人生のどこが普通だ! じゃあ、何のために毎日机
に向かって勉強しているんだ? いつか社会とやらに出るためじゃないのか? だったらオレは挑戦したい! 人生を賭けて、最高に興奮できるDIVEに!」
「……………………ダメよ」
突き放すような冷たい言葉が我慢ならず書斎を飛び出した。
◆
いつの間にか温室が目と鼻の先まで近づいていた。
「そのあとはどうなったのですか?」
「何もないよ。子どもが一人暮らしなんてできるわけがない」
鬱蒼と茂る森の奥からは野生の息遣いが垣間見える。外部からの侵入を許さない要塞は、内側から見れば鳥籠に他ならない。
「子どもたちの世話、勉強、狩り、飯、寝る。それ以外のことはない。大筋はババアの思い通り。でも仕方のないだろ。子どもなんだから。大人が守ってくれなければ生きていけない。そうだろ?」
「……それでも三年という月日は状況を大きく変えたのではないでしょうか?」
確かに子どもたちで助け合いながら家事全般こなしている。最年少のキャロットも、今ではしゃべり上戸。狩りも子どもたちに教えられるくらい余裕はある。ならばなぜバーバラはアオホシ園から出ることは許さないのか?
《ねもね》はアオバの前に出る。社交界の挨拶のようにワンピースの裾を持ち上げてお辞儀する。
「《
《ねもね》が小さな手を差し伸べる。
今度はアオバが選ぶ番だ。
決して楽ではないが平穏で幸福な生活。子どもたちの笑顔が浮かんでは消える。その傍らでバーバラも穏やかにほほ笑んでいる。このままアオホシ園に居れば年長者として尊敬されことだろう。
果たして約束された日常をかなぐり捨てて、未知の世界に飛び込む必要はあるのか?
『次は君の
常軌を逸している選択の先であの動画の青年が語り掛ける――――。
アオバもアオホシ園での生活が嫌いなわけではない。だが、退屈で死にたくなることだろう。
「この体は熱を求めている。煮えたぎるような興奮と生を感じさせる死闘を――。飛び込まなければ変えられない! 夢にDIVEしろ!!」
アオバは手を伸ばす。
「地獄の底まで付き合ってもらうぞ、《ねもね》!」
「はい!」
手を取り合う二人を月の光はいつまでも照らしていた。
「……………………ところで、どうやったら『
◆
「それで俺のところに来たと?」
「教えてくれ、サバサキ」
《ねもね》から見事な肩透かしを食らった直後、アオバは物置小屋のサバサキを叩き起こした。
まだうつらうつらしているサバサキは頭をガリガリと掻くとフケが煎餅布団の上に舞った。
「俺はバーバラ園長とやらに賛成だな。無謀だから止めておけ」
「じゃあ、飯はいらないな」
夕食を詰め込んだバスケットを遠ざけるとサバサキの手が伸びる。
「待て。説明だけならしてやらんこともない。挑戦するかどうかは自由だ」
サバサキは牛乳で喉を潤してから話し始めた。
世界には七つの海と七つの大陸が存在する。
水上大陸『パシフィス』、
伝承大陸『アトランティス』、
発明大陸『ムー』、
魔窟大陸『レムリア』、
涅槃大陸『シャンバラ』、
氷床大陸『メガラニカ』、
そして、百獣大陸『ジーランディア』。
「各大陸独自の方法で代表一名を選出し、前回覇者を加えた八名でトーナメントを行う。その頂点が『
「なるほど。マスターはジーランディア大陸の代表を目指すわけですね」
「いや、そこにこだわる必要はない。代表の選定について開催時期や参加資格もバラバラだ。ジーランディア代表になれなかったから、海を渡ってパシフィス代表に挑戦するなんてことも可能だ。ただし、最低条件ある」
「最低条件?」
サバサキはBCDを起動して画面を見せる。そこには『
「プロダイバーのライセンスを持っていること」
「サバサキもプロなのか」
「大会からは足を洗ったが、一応な」
「オレはサバサキに勝ったんだからプロより強いってことでしょ。問題ないじゃん」
「まぐれで一度勝ったくらいではしゃぐな。それに何度でも受験できるライセンスなんかアテにならん。大会で結果を残している奴らは格が違うぞ。大体なプロダイバーは教育機関が莫大な金をかけて育てるものなんだ。化物じみた奴らばかりだぜ」
「強い奴らとDIVEできるなら望むところだ!」
「……というわけで『
サバサキは固いパンを捥ぐように噛み千切った。
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