魔法少女
「あとは花壇か」
畑に侵入していた《オウサマバッタ》を狩りつくしたアオバは温室中央へ向かう。
ここだけ石畳になっており、休憩用のベンチが置いてある。横の花壇には鑑賞用の花が植えられている。これらはバーバラの趣味が高じたものだ。わざわざジーランディア大陸には自生しない種類も取り寄せて植えたらしい。
荒らされた様子は特になかったので、倉庫からホースを引っ張り出して大雑把に水を撒き始めた。
畑は食糧事情に直結するので真面目に手入れをするが、花壇は趣味の範疇なので多少雑になっても良い。枯れない程度にやっていれば文句は言われない。
「ひゃッ!」
突然の悲鳴にアオバは水の勢いを弱める。声は花壇の中から聞こえた。水を垂れ流すホースをその場に置いて花壇を覗き込む。
恐る恐る葉をめくると、長い白髪を雑巾ように絞る少女が落ち葉の上でペタンと座り込んでいる。
「あ~びしょびしょです」
「…………おい」
振り向き様に靡く髪から水滴が舞う。熱帯地域に不釣り合いな白い肌に黄玉色の双眸と目が合った。
「あなたですね! 一体なんてことするんですか!」
目にもとまらぬ速さで飛び跳ねた彼女はアオバの顔の前で羽も無いまま浮かんでいる。そう、彼女は手のひらサイズの妖精だった。
「分かりましたよ。あなたが森の中でずっと追いかけ回してるストーカーさんですね。いつまで付いてくる気ですか!」
「ストーカー? 何の話かさっぱりなんだが」
顔をまじまじと見つめられたアオバは両手を上げて無害を強調した。
「とぼけたって無駄です。それが証拠です」
彼女が指さした外套はバーバラがまとめ買いした大量生産の市販品である。
「こんなの似たようなものならどこでも手に入る! 人違いだ」
「それはおかしいです! 何度も強引に契約を迫って来たじゃないですか!」
「契約……? カード化のことか。つまり、アバターってこと?」
横目で警戒しながらも「そうです」と答えてくれた。
アオバも薄々そうなのではと思っていたが確信を得られたのは大きい。それに人とコミュニケーションが取れるアバターはかなり希少だ。もしカード化出来たらどれほどの値が付くか見当つかない。しかし、濡れ衣で警戒されている様子。BCDを起動しようものなら逃げ出してしまうだろう。まずは誤解を解くのが先決だ。
「オレはアオバ。すぐそこのアオホシ園っていう孤児院に住んでいる。ほら、今日はスコールがあった割には外套も汚れてないだろう」
「確かにガラス張りの家があるくらいですから近くに人が住んでいても可笑しくないです。…………では、水をかけてきたのは?」
「あー、それは……………………………………オレだな」
少女はやっぱりと蔑視する視線を送る。
「違う、違う。それは君がこの花壇にいたからだ。こっちは水やりをしていただけで…………」
「あんな雑に水を撒まかれては、せっかくきれいな花を咲かせているのに可哀そうじゃないですか!」
「ッ…………今、花壇の手入れの仕方は関係ないだろ! ええい、もういい。手で捕まえてやる!」
我慢の限界に達したアオバは勢いよく飛び掛かる。しかし、彼女はするりと落下して股の間を抜けていく。
「馬鹿にしやがって!」
意地になって追いかけ回すが、三次元的に飛び回る妖精を捕まえるのは至難の業。カードを投げたところで掠りもしないだろう。ヘロヘロになるまで追いかけていると出しっぱなしにしていたホースに躓き、水浸しの広場に大の字で叩きつけられた。
「フフフ、頭は冷えましたか?」
天を仰ぎ見ると少女が堪えるように笑っている。
「あー、もう、体力の無駄だ。しっしっ、もうどっか行け」
ずぶ濡れになった外套を脱ぎ捨て、垂れ流していた蛇口の栓を占めに行く。
「確かに追ってきた人はもっと執念深かったですね。それに寝込みに契約すれば水をかける必要はありません」
「ご理解いただけたようで何より……」
よほど逃げ切る自信があるのか、彼女はアオバの肩のあたりを漂う。見逃してやっているのにいつまで此処にいるつもりだと苛立ちが募る。
「あなたとは少し話せそうですね」
「あん?」
「すみません。自己紹介が遅くなりました。私の名前は《ねもね》――、《
「魔法……少女…………?」
「そうです! 《
「………………………………なんか胡散臭いな」
「そんなことないです!」
頬を風船のように膨らませて宙で地団太を踏む姿は、ナノハナ園の子どもたちを思わせた。どこか愛おしく憎めない。だんだんと笑いがこみ上げてきた。
「何がおかしいのですか!」
「ごめん。ごめん。あー、なんだっけ?」
「夢です! 将来なりたいものとか無いんですか!」
例の動画が脳裏に蘇る。それを掻き消すと少し冷静になれた。
「そんなものオレは――――ピロン」
BCDに飛んできた通知でアオバは急に立ち上がり、入口の方を振り向く。
「どうしたのですか?」
「《ムーン・ウルフ》がやられた…………。誰か来る……!」
畑の通路に外套を被った人影が姿を現す。背丈からして男なのは間違いない。
誰かに追われていたという《ねもね》の言い草をよく考えれば分かったことだ。外套を着用して、森の奥地まで足を踏み入れ、カード化に拘る人間など限られている。
「やっと見つけたぜ! 《
フードを下ろすと男の顔にはドス黒いクマが染みついていた。
「ハンター!!」
ありえないと勝手に決めつけていた。なにせ、街から来たハンターと会うのも初めてだ。それほどまでにナノハナ園は秘境に位置している。
「悪いけどソイツは俺の獲物だ。大人しく渡してくれないか?」
ぐっしょりと雨水を含んだ外套を脱ぎ捨てる。早朝のスコールの影響だろう。体格はがっしりしているが、頬はコケ落ちて無精髭が伸びている。少なくとも数日は森の中を彷徨っていたことが伺えた。
「それはできない相談…………ってわけでもないのか?」
流れ的にアオバが助ける感じになっていたが、どうせカード化できないのでは庇う理由も特にない。
《ねもね》がアオバの耳を引っ張る。
「痛い! ババアと同じことすんな」
「助けてくださいよ!」
「そう言われてもだな」
「私は話し合いたいだけなんです。《
縋りつくように《ねもね》は訴える。涙を浮かべる姿は再び子ども達の姿を想起させた。こうなるともどかしい。アオバは伸びた髪の毛を掻き毟る。
「あー、もう分かったよ! 助けてやる。その代わり、オレと契約しろ」
「え?」
「相手が一人とは限らない。仮に仲間がいたらオレは守れない。だが、契約している間はコイツが守ってくれる」
アオバは腕時計型のBCDを《ねもね》に示す。
「…………」
「心配するな。後から契約解除もできる」
アオバはBCDからホログラムカードを取り出す。
「オレができるのはここまでだ。この手を取るかはお前が選べ」
《ねもね》は小さな手をゆっくりと伸ばす。その体はデータへと分解されてカードに取り込まれていく。
「オイオイオイ、渡してくれるんじゃないのかよ」
「ハンターに横取りはつきものだろ?」
「ハハッ、それがどういう意味か分かっているんだろうな」
ハンター同士の争いごとに一々警察が面倒見てくれるほどジーランディア大陸の治安は良くない。それは限られた大都市だけの特権。当事者のみで解決するとなればおのずと弱肉強食――力が強いほうの総取りとなる。
ただし、この世界での力とは純粋な腕力ではない。
アオバはハンターにカードを突きつける。
「もちろん、DIVEで決着をつけてやる」
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