主を夢見る魔法少女
孤児院
三年後――――
熱帯地域特有の頬に纏わりつく風がカーテンを揺らす。早朝のスコールで気温は幾分か下がり、普段より過ごしやすい。
木目調の教室では子どもたちが机を並べて勉学に勤しんでいる。年齢はバラついており、廃校寸前の全校生徒を一クラスに押し込んだかようである。
「世界は情報化社会の一途を辿り、飽和したデータは現実世界へと氾濫しました。この厄災を『
ひとりの生徒がホログラムスクリーンに映し出された教科書を朗読する。一文を読み終えると着席した。
「キャロット――」
教師に名前を呼ばれた小柄な女の子が立ち上がる。椅子を引きずる耳障りな音がアオバの鼓膜に響いた。
「ハンランしたデータからジガをもったセイメイタイがタンジョウしました。ひとびとはそれを『アバター』となづけました」
たどたどしくも懸命に読み上げたキャロットは満足そうに着席する。
「アオバ――」
「…………………………」
名前を呼ばれても次の文は一向に始まらない。子どもたちの視線が一番後ろの席に集まる。
手入れするのを諦めた波打つ髪が机に突っ伏したまま動かない。
「……アオバ……起きて…………アオバ、起きてってば」
隣の子が優しく体を揺らす。しかし、起きる気配はない。それを見兼ねた教師は黒板の横の安楽椅子から重い腰を上げる。
アオバも近づいてくる足音に気付き、顔だけぬるりと起こした。
「おはよう。アオバ」
骨と皮だけの痩せ細った老婆が顔を覗き込む。
「!!…………ッ。なんだババアかぁ。脅かすなよ」
気候柄にそぐわない首から足元まで覆い隠す身なりは魔女を彷彿とさせた。バレッタで纏めたグレーヘアは年相応に見えるが、背筋は垂直に伸びており、グラスコードが垂れた老眼鏡の奥から鋭く差すような視線はしっかりとした意思を感じられた。
「ババアじゃなくてバーバラよっ」
「いってぇ!!」
耳を引っ張られたアオバは席から飛び上がる。周りの子どもたちはいつもやりとりを待ち望んでいましたとばかりに笑い転げた。
「お前ら、笑い事じゃないんだからな。痛ぅ~」
耳を押さえながらバーバラから距離を取りって窓際へ避難する。
「ペナルティとして温室の手入れ一週間よ」
「ハッ、やってやるよ。そのくらい。なんなら今からでもいいぜ」
開き直ったアオバは窓のサッシに両足で立つ。教室のざわめきを諫めるようにバーバラが前に出る。
「やめなさい。アオバ、ここは三階よ」
窓の向こう側は雑草が茂る庭が広がっている。しかし、飛び降りればただでは済まない。
「嫌だね。こんな無意味な授業よりマシ」
「勉強は将来に役立つ大切なことよ」
「将来? オレらは一生、このアオホシ園で暮らすんだろ。勉強なんてやらなくても変わらない」
「それはやらなくて良い理由にはならないわ」
「――――アバターは取り込んだデータによって姿形を変え、知能にもばらつきがありました。中には人を襲うものも現れ、世界は混沌に包まれました」
アオバは教科書の続きを暗唱する。
「耳にタコが出来るほど聞いてきたよ。なあ、この歴史から何が得られるって言うんだ? もっと他にやることがあるだろ?」
捨て台詞を吐いたアオバは背中から倒れるように身を投げ出した。
「アオバ!」
バーバラの後に続いて子どもたちもバタバタと窓へ駆け寄り、恐る恐る下を覗く。
アオバは無傷どころか灰色の毛並みをした狼に跨っていた。あっかんべーと舌を出してからその場から走り去っていく。
無事だったという安堵感が教室内に漂う。バーバラだけが眉間を押さえて深いため息を付いた。
「バーバラセンセイ、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。キャロット。さぁ、席に戻って」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます