デジタルカードゲーム『CYBER DIVE』

タチハヤ

第1弾「SPROUT OF DREAMS」

プロローグ

旧い動画

 穏やかな潮騒を掻き消す歓声が夜の湾岸エリアに木霊する。贅の極みを象徴する煌びやかな照明の足元には、約二万人を収容するスタジアムが大股を広げて鎮座していた。


 光に群がる羽虫のようなドローンが三階席までひしめき合う観客たちの頭上を掠めていく。


「さぁ、こちら水上大陸パシフィスのウムナックスタジアムより、全世界へ生中継されています!」


 マイクに向かって唾を飛ばす実況アナウンサーがスタジアム中央を浮遊するドーナツ型のホログラムスクリーンへ映し出される。


「本日の勝者がパシフィス大陸の代表としてプロダイバーの頂点――『七つの海を統べる者ワールド・ダイバー』を決めるワールドチャンピオンシップへの出場が決定します! そして、DIVEダイブも大詰め! 途中からご覧の視聴者に改めてお二方をご紹介しましょう!」


 映像がドローンカメラに切り替わる。これから起こる歴史的瞬間を逃すまいとフットサルコートほどの芝の上で向き合う二人の男にピントを合わせる。


「ワシのターン、ドロー!」


 サンタクロースのような長い髭が特徴的な年配の修道士が高らかに宣言する。首から下げたペンダント型の端末が音声を認識して目の前にホログラムカードを出現させた。


 その傍らには人馬一体の騎士が護衛のように張り付いている。その巨躯は白銀の鎧に覆われて、星座の軌跡を描いた意匠が凝らしてあった。


「ゾディアスター教十二使徒じゅうにしとが一人、『人馬宮じんばきゅう』のケイロン選手――。十数名の予選通過者を出したゾディアスター教の信徒たちもついに最後の一人となってしまいました。『七つの海を統べる者ワールド・ダイバー』となり、を掴めるかはケイロン選手にかかっております」


「バトルじゃ! 《弓星導きゅうせいどう サジタリウス・ジェネラル》でプレイヤーに攻撃!」


 左の手甲に埋め込まれたクロスボウが蝶の羽のように開く。指先に仕込まれた宝石が輝き出し、弓を引くと同時に光の矢を番える。



『コメットアロー!!』



 ほうき星を描く矢は、芝を抉り赤茶けた土を空へと撒く。


 観客席から信徒たちの感嘆や女性の悲鳴が入り混じった声が上がる。


「これは強烈な一撃! この攻撃でプレイヤーの命たるカーネルが全て破壊された場合、ケイロン選手の勝利が確定します」


 既に勝利を確信しているケイロンは満足そうに蓄えた髭を撫でる。しかし、土煙が晴れていくのと共に表情は険しくなる。


「残念だったな――――」


 地面に突き刺さっていたのは人間が持つことを想定していない銀の大盾。その影から無傷の青年が顔を出す。追い詰められた状況にもかかわらず、心の底から楽しんでいるような笑みを浮かべる。


「オレは手札から《メタルコアシールド》を発動していた! 効果により《サジタリウス・ジェネラル》の攻撃を無効にする!」


「なんじゃとッ!」


「その後、山札の上から1枚を見て、それがメタルタグカードなら手札に加える。オレは《改造獣機かいぞうじゅうき リアクティブ・タートル》を手札に加える」


 ケイロンは歯痒い。どれだけ攻撃を叩き込んでも笑顔で向かってくる。霊や悪魔といった超常的なものとは一線を画した恐怖に思わず声を荒げる。


「なんなんじゃ、貴様! 素直にやられておけば良いものを!」


「紹介が遅れました――――――。相対するは、今大会開幕当初の下馬評を悉く覆し、ここまで上り詰めた超新星ニュービー。付いた二つ名は『逆転する英雄リバーサル・ブレイヴァー』ブラフト!」


「悲しいぜ兄弟…………。DIVEを通じて生まれたオレとの絆を忘れちまったのか?」


「貴様と兄弟の契りなど交わした覚えはないわ。ターンエンド。ほれ、お前さんのターンだ。1ターン延命したところで《サジタリウス・ジェネラル》の前では手も足も出まい」


「さて、それはどうかな? オレのターン、ドローーーーーー!!」


 腕時計型の端末から配られたカードを一瞥したブラフトは口角を上げて微笑む。カードを表にして高らかに宣言する――――。


4コスト、《改造人機かいぞうじんき カスタマイザー》!」


 カードに圧縮されていたデータが解凍され、爆発的に体積が膨れ上がる。


 ブラフトの頭上に現れたのは鈍重な鉄扉。ゆっくりと開き始めた内側にはどこまでも続く滑走路が異次元へと繋がっている。


初期装備スタンダードイクイップメント、結合開始。腕部結合、脚部結合、動力安定――。準備完了オールグリーン。発進! 《改造人機かいぞうじんき カスタマイザー》!!」


 ゲートから超合金のロボットが射出される。人が乗り込んで操縦できそうなフォルムには漢のロマンが詰まっていた。


 フィールドに降り立った《カスタマイザー》と《サジタリウス・ジェネラル》の視線が中央でバチバチとぶつかり合う。


「フン、5500パワー。《サジタリウス・ジェネラル》は7000ガードじゃ。バトルでは破壊できまい」


「慌てるなよ。ここからが本番だ。いくぞ、《カスタマイザー》! 最後のカーネルをお前に預ける!」


 ブラフトが拳で心臓を叩くと1枚の紅に輝くカードが飛び出す。


「うおぉぉぉぉ! 核張カーネル・エクステンド!! 受け取れ、《カスタマイザー》!」


 《カスタマイザー》の額から光が放射される。その道を通じてカーネルが取り込まれると眼光に意思が宿る。


「ブラフト選手、ここで渾身の核張カーネル・エクステンド! プレイヤーの命がアバターに宿る。まさに、人機一体の奥義!」


「これでオレとお前は繋がった! 《改造人機かいぞうじんき カスタマイザー》の真の能力、【核醒かくせい】効果を発動!  手札1枚を捨て、山札から《改造獣機かいぞうじゅうき レーザー・ユニコーン》を《カスタマイザー》のベースに置く」


 ゲートから機械仕掛けの一角獣が射出される。空を踏みしめて《カスタマイザー》の元へと駆け寄って来る。


「ヒヒィィイン」


「合体だ!」


 《レーザー・ユニコーン》は四肢を折り畳みながら頭部と胴部に分裂する。胴部は形を変え、《カスタマイザー》の右腕と入れ替わる。


 その手中に《レーザー・ユニコーン》の角を刃に見立てた剣が収まる。しかし、《カスタマイザー》の全長を考えれば刃渡りは短い。せいぜいナックルガード付きのダガーが良いところである。


「《レーザー・ユニコーン》をベースとしたメタルタグアバターのパワーは3000アップ! よって、《カスタマイザー》は8500パワー!」


 ナックルガードに仕込まれたトリガーを引くと、刃を覆う青白いレーザーが雲を割いて夜天を貫く。


「なんじゃとッ!」


「バトル! 《改造人機かいぞうじんき カスタマイザー》で《弓星導きゅうせいどう サジタリウス・ジェネラル》を攻撃!」



『ユニコーーン・レーーザーーブレーーーード!!』



 《サジタリウス・ジェネラル》は咄嗟に手甲のボウガンを盾にする。しかし、超高温の刃は溶解炉の如く鎧を溶かして切り捨てる。半身を失い、体が維持できなくなると細切れのデータとなって霧散した。内に宿っていた最後のカーネルも真っ二つにされ、砕け散った。



 (LOSE)ケイロン VS ブラフト(WINNER)



「これでケイロン選手のカーネルは0! ブ、ブラフト選手の勝利ィィィイイ!!」


 試合終了を告げるブザーと共に花火が上がる。歓声は広い海の果てまで響いた。



 ザー、ザー……ザーー――――



「あっ……!」


 動画が砂嵐に覆われてアオバは身を起こした。音だけでもと耳を澄ませるがぶつ切りにしか聞こえなくなってしまった。


 随分、古い動画なようで、七、八年前、もしくはアオバが生まれる以前に撮影されたものかもしれない。それでも色褪せないものが確かにあった。


 DIVE――世界で知らぬ者はいないと評されるカードゲーム。相手の七つのカーネルを先に破壊した方が勝ちというシンプルなルールに対し、日々増えていくカードプールから無数の戦術が生まれ、より高次元なゲーム性を確立していた。


 無論、アオバもDIVEについては知っていた。だが、エンターテインメントショーとして放映されたり、プロリーグが発足されていたことまでは把握していなかった。


「……ブ、ラフト選手、ワールドチャンピオンシップ出場おめでとうございます」


 ノイズから映像が復調した。


「ありがとうございます」


 ブラフトは絶え間ないカメラのフラッシュを浴びながらスポンサーロゴが並ぶステージに立つ。周りには記者とドローンが記事の見出しになる発言を求めてマイクを向ける。


「ついに『七つの海を統べる者ワールド・ダイバー』まであと一歩という所まで来ました。今の心境をお聞かせください」


「早く他の大陸の代表とDIVEがしたいです」


「それは気が早いですね。優勝した際の願い事は既に考えていますか?」


「強い奴とDIVEするのが好きだから『七つの海を統べる者ワールド・ダイバー』の称号が得られたら満足だけど、そうだな…………もっと世界を面白くしてみせるよ」


「ありがとうございます。最後に世界の視聴者に向けて一言お願いします」


「DIVEに人種も、年齢も、性別も関係ない! 一戦交えればどんな奴との間にも兄弟の輪が繋がっていくと思っている。もっと強い奴と戦いたい。もっと凄い奴と兄弟になりたい。我こそは腕に自信のある猛者たちよ! 次は君の挑戦DIVEを待っている――――」


 映像が再びノイズに包まれていく。


 アオバは端末のホログラムスクリーンごと閉じた。


 興奮冷めやらぬ感情をどうにか収めようと外へ向かった。戸を開け放つと夜の森のざわめきが吹き込んでくる。火照った体にはちょうどよい。


 ふと、視界を遮る熱帯林の先に広がる海まで鳥のように飛んでいく姿を想像をした。DIVEが行われていたパシフィス大陸は水平線の遥か彼方にある。


 メールは突然送られてきた。端末の宛先を知っているのは身内に限られているので迷いなく開封してしまった。


 まさか一本の動画で心奪われるなんて思いもしなかった。


 再びホログラムスクリーンを立ち上げるが、一向に映像が復調する気配を見せない。


 幻を見たのかと少し不安になった。しかし、あの熱気が嘘だとは思えない。


 仰向けになって暗幕が垂れさがった夜空に煌めく星々を見上げる。


 息を飲むカードバトルに星の数よりも多くの観客が熱狂したに違いない。勝者は勝鬨を上げ、敗者は涙を呑む。その果てに待ち受ける『七つの海を統べる者ワールド・ダイバー』という称号。そこへ辿り着いた時、一体どんな景色が広がっているのだろうか?


 興味という名のガソリンがアオバの内なる聖火台に放り込まれてしまった。この炎は収まる気配がまるでない。心臓の鼓動を感じる手を星空の中でひと際輝く月へと伸ばす。


「ボク…………いや、オレも『七つの海を統べる者ワールド・ダイバー』になりたい!」

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