▼15「冬休み」

 冬休みになった。約2週間の長期休暇だ。

 当然のことだけれど、その間、学校に行くことはない。

 あの教室で、彼女の声を聞くことも。


 ◇


 休日だと言うのになんとなく心が晴れなかった。

 気が付けばここじゃないどこかを眺めていて、時間が過ぎていることに驚く。

 そんな自分に気づいてからは、受験勉強に明け暮れた。

 疎かにしていた分を取り戻すためではあったけれど、頭の中を知識で満たして何も考えないようにしたかった意味もあった。

 部屋にこもってペンを握った。母に何度か食事に呼ばれても返事をしないことがあった。両親がいない日には何も食べない時もあった。

 それだけ勉強に熱中していた。というわけでもなかったと思う。

 ただただ、日々が早く過ぎることを願っていただけだ。

 勉強は、単に時間を無駄にしてしまわないようにやっていただけ。


 ◇


 年末も僕はほとんど部屋から出なかった。

 例年なら年越し番組を見たり、ダラダラとお雑煮やらそばを食べたりして、年越しの瞬間を待ち望んでいた。

 でも今年は眠くなったら寝た。日と月と年を跨ぐ前に。

 初夢は、安立さんが出て来たと思う。ちゃんとは覚えていなかった。


 ◇


 年始以降も変わらない。

 年が明けた喜びよりも、月が替わった焦りの方が強かった。

 受験が迫っているからじゃないのは分かっている。

 いつも僕がカレンダーで見つめる日付は別の日だった。


 両親には心配された。けれど受験を言い訳にすればすぐに納得した。

 僕は、妄想だと割り切っていても、あの声に縋っているようだった。

 でも、楽しかったのは事実だ。

 それぐらいに彼女と会話をする日々はかけがえのないものだった。

 それでもあれは妄想。

 そう割り切った。会話以上を求めないように自分に言い聞かせた。

 でも、これまでの会話の中で、もしかしたら妄想ではないのかもしれないという考えも持ち上がった。

 ただ、どちらにしたって変わらない。

 どうしたって、彼女には会えない。

 どうにかする手段は、考えればあるのだろうか。

 分からない。考えようともしていない。

 そういう性格は、あの夏休みからも変わっていないのだろう。

 言い訳ばかりの面倒臭がり。

 自嘲しながらも、状況が異常なのだからと自分を守っている。

 それに感じる負い目も少ない。

 諦めの方が圧倒的に大きかったから。

 だから、お互いの気持ちを確かめ合うことはしなかった。

 あの教室の中で、僕たちの頭の中は筒抜けだ。


 彼女の声を聞く度、浮かべる想いがあった。

 僕が話す度、浮かんでくる想いがあった。


 でもそれは聞こえないふりをしている。

 いつまでそうするんだろうか。

 と言っても、終わりはもう分かっている。

 僕はまたカレンダーを見つめる。

 2か月先の卒業式の日。

 手を止めていることに気がついて、急いでノートへ向かう。


 冬休みが明けたら、どんな話をしよう。

 あと、どれだけの話が出来るのだろう。


 気を抜けば、そればかり考えていた。

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