▼13「クリスマスイヴ」
今日はクリスマスイヴだ。朝から教室内もその話題ばかりで、中には早速プレゼント交換している人までいた。
なんてことを浮かべるから、当然僕たちも流れに乗ってしまう。
『三戸くんは何か予定はないの?』
一応家族でケーキは食べるけど、それくらいだね。生憎と恋愛経験0な僕に浮かれた話なんてあるわけないのだ。悲しくなるね!
『中学生ならそんなに少数派でもないんじゃない?』
そうなのだろうか。でも山本くんは彼女いるらしいし、友人たちの中でも恋愛経験マウントは少なからずあったよ。
『そう言うのは、有利な人たちの声が大きいから多数派に見えるだけよ。ええそうよ。あたしたちは決して負け組じゃないわ……!』
それはまるで自分自身を鼓舞するような言いぶりだった。もしかしたら安立さんも、過去に山の上から見下されたことがあるのかもしれない。
『ええ、屈辱だったわ。……ちなみに山本くんの彼女は1組の砂川さんよ』
と、あまりにも突然に、僕も知らない情報が飛び出て来た。中野くんがどれだけ聞いても教えてもらえなかったのになぜ安立さんが知っているんだ……。
『女子サイドはすぐに回ってくるからね』
どうやら安立さんの友達が、山本くんの彼女の友達らしい。いやほとんど関係ないよねとツッコんだけれど、その程度の繋がりでも耳に入ってくるほど、女子の情報網は広いのだとか。
すぐ流れるしすぐ拾われる。中学生にして既に情報戦が行われているというわけだ。恐ろしや。
そう言えば、安立さんの方は予定あるの?
話を振り出しに戻して尋ねる。
『あたしは、鈴の家に数人で集まって小さめのパーティーをするわよ』
友達とパーティーか。それは随分と楽しそうだ。
『三戸くんはそういうことしないの?』
しないね。誘われた記憶すらない。まず開催しようとする声も聞かないよ。
『まあ、敬遠する人は多そうよね。お金はかかるし飾りつけもちょっと面倒だしね』
特に中学生だとバイトもほとんど出来ないし、お小遣いだけじゃ厳しいだろう。しかもクリスマスとなればプレゼントがメインな部分もある。金銭面で悩むこと間違いなしだ。
『そこはさすがに金額を揃えて、皆が無理しないようにはしてあるけどね。それに今回の場合は鈴の家の人が手伝ってくれるから、飾りつけとかケーキの用意は楽をしちゃっているのよね』
なるほど、それなら節約しながらも十分に楽しめそうだ。
そういうイベント事に僕は今まで縁遠かったけれど、少し興味も湧いてきた。高校生になったらバイトでもして友達と企画するのも悪くないかもしれない。
『良いと思うわよ。やっぱり人生は楽しまないとね』
……うん、そうだね。
何気なく放たれた安立さんの言葉が、不意に重く胸に圧し掛かった。
その感情は安立さんにも伝わったのか、お互いに思うことはあるも会話を止める。
それから僕は、気を紛らわせるように視線を窓の外へと移した。
寒々しい景色だ。
雪は積もらなくて、今日なんかは降ってすらいない。枯れた木が乾いた風でかさかさ揺れていると、なんだか寂しさを感じた。
僕にとっては特に気にならないけれど、恋人がいる人にとってはもう少しムードが欲しいなんて思うのだろうか。
『……どうなんでしょうね。でもあたしは降っていた方が嬉しいわ』
そっか。それじゃあ僕も、降ってくれた方が嬉しいかもしれない。
とは言え、雪は降ってこない。
探してみても目に入るのは特に代り映えのしない淀んだ空だ。
……安立さんも今、外を眺めているのだろうか。
『眺めているわよ。少し見えづらいけどね』
僕の思考に返事が来る。
それだけは嬉しくて、もっと会話をしたくなる。
更にはその先も求めてしまって、それで、ばかばかしくなる。
クリスマスイヴ。
予定はないけれど、安立さんと過ごせるならどれだけ良いだろうか。
けれどもどうしようもない諦めが、僕の体を押しつぶしている。
『……あたしも、三戸くんと過ごせたら良かったわ』
そんな照れ臭い言葉は、胸を締め付けるばかりだった。
だから僕は返さない。
どうしようもない欲求が浮かぶ。必死に押し隠そうとしても、今日という日のせいかやけに想いが膨らむ。きっと相手にも聞こえているんだろう。でも、問いかけはやってこない。僕も聞こえているが問いかけない。
これは、妄想だから。
そう言い聞かせながら、机に身をもたれかけていると、不意に現実の声に耳を引き寄せられた。
「じゃあ連絡事項は以上だ」
それは3年1組の担任教師の声。現在は終礼の最中だった。
朝礼の後すぐに終業式が行われ、それからまだ日が昇り切っていない時間帯から、もう下校の準備が始まっている。
ついさっきまで、長期休暇中の注意事項を語られていたが、僕はその半分も聞いていなかった。
『……もう、帰る時間ね』
どうやらこの時間ももう終わり。秒針は休まず回っている。
そうして、先生は締めくくるように言った。
「明日から冬休みだが、事故には気を付けるようにな」
最後に先生は、チラリと視線を動かす。
それに僕も釣られた。
僕の席から右に二つ、前に一つ離れている席。
そこは、いつも空白だった。
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