敵の狙い

 通された部屋は、随分と豪華な部屋だった。



 全ての物がきっちりと整えられ、掃除も隅々すみずみにまで行き届いている。



 部屋の雰囲気に合わせたカーテンや壁に飾られた絵画も、普通に見るならさぞ楽しむことができただろう。



 そう。

 それはあくまでも、普通ならだ。



「まったく、なんなのよ。」



 桜理は部屋の真ん中で仁王立ちになって、憤然としていた。



 事の発端は、昨日の夜も深まった頃のことだ。



 そろそろ、桜の言葉を聞くために各国から人々が訪ねてくる。

 それに備えて、自分は夜遅くまで桜の大木に寄り添って様々な景色を見ていた。



 繋がっている魂を通して見えたものを、桜の言葉として訪れた者たちに告げる。

 しかし、決して細部までは教えない。



 例えば、その人の身近に裏切り者がいたとしても、伝える言葉は身辺に不穏な動きがあるということくらい。



 見たものをそのまま伝えると、いらぬいさかいを生むからだ。



 桜を通して見た光景を整理した上で選別し、それとなく示唆する。

 それが自分の役目。



 しかし、桜を通して得られる情報は膨大だ。

 見るのは簡単だが、整理や選別にはどうしても時間がかかる。



 結局、昨日も仕事を切り上げたのは皆が寝静まった後だった。



 そして、護衛と共に暗い廊下を進んで自室へ。

 そろそろ眠ろうかとベッドに向かったところで、いきなり背後に誰かが立った。



「皆さんを危険に遭わせたくないなら、お静かに。」



 後ろの男は、囁くようにそう言った。

 その瞬間、桜の能力を借りて屋敷中に意識を這わせた。



 屋敷中に男の手下と思われる人たちがいる。

 しかも、かなりの数だ。



 ここの守衛たちのことは信用しているので、別に叫んでもよかった。

 しかし、ここには自分や守衛たちの他にも多くの女性たちがいる。



 自分が従わなくて彼らが暴力的な行動に出た時、守衛たちはともかく、他の人たちが心配だった。



 男に導かれてサレイユを離れ、移動魔法とやらで何度も移動と数時間の滞在を繰り返すこと半日。



 先ほどようやく、この大きな家に着いたのだ。



 桜理は窓ガラスに手を当てて、外の景色を見る。



 綺麗に整備された場所だった。



 きちんと舗装された道を縁取るように木々が植えられていて、遠くに噴水とベンチをえた広場がある。



 周囲にもここと同じくらいの規模の家々が立ち並んでいて、所々に人の姿も見えた。



 とはいえ、この場所には街らしい喧騒もなければ、逆に寂れたような印象もない。

 もしかしたら、別荘地か何かなのかもしれない。



 本当に、ただの観光で来たならなごめた景色だろうに。



 そう思うと、無性に腹が立ってきた。



「ってか、あんなことを言われたら大人しくついていくしかないじゃない! 用があるなら、早く済ませなさいよね!」



 一人で愚痴っていると、ふいに部屋の扉が開いた。



「やれやれ。」



 入ってきた男性は、桜理の様子を見て溜め息を零す。



巫女みこというほどだから大人しいかと思ったら……とんだじゃじゃ馬娘だ。」



 男の物言いに、桜理はむっとする。



 百歩譲って、自分が歴代の巫女たちより大人しくないことは認めよう。

 しかし、初めて会った人間にじゃじゃ馬とまで言われる筋合いはないと思う。

 何かしたといっても、道中の腹いせに見張りを引っ掻いてやっただけではないか。



「ちょっとあんた。私になんの用なのよ?」



 納得がいかない言われようよりも、とにかく早く帰りたい桜理は、男性にそう言うだけにとどめておいた。



 さっさと用を終わらせて帰してもらえるなら、それで十分だ。



 しかし。



「別に、あなた自身に用はありませんよ。」



 彼はさらりと、そんなことを言った。



「は…?」



 一体どういう意味だろうか。

 眉をひそめる桜理の前で、男性の唇が不気味に弧を描く。





「用があるのは、あなたに引き寄せられてくるものにです。」





「!?」



 桜理は目を見開いた。



(まさか……)



 脳裏で、淡い栗毛色の髪が揺れる。

 それと同時に、自分の選択がとんでもなく間違っていたことを知った。



 血の気が音を立てて引いていき、急激に心臓が大きく鼓動を刻み始める。

 意識してもいないのに、体が震えた。



 自分に引かれて寄ってくるもの。

 そんなもの、一つしかない。



 激しく動揺する桜理に、男性は笑みを深めた。



「その顔だと、心当たりがあるようですね。」

「………っ!」



 指摘されて、桜理は思わず歯噛みする。



 男性は桜理から期待した反応を得られて満足したのか、その場からくるりときびすを返した。



「どんな大物がかかるのか、楽しみです。」



 扉の向こう側に、男性の姿が消えていく。

 細くなっていく扉の隙間で、男性の口の端がまた吊り上がった。



「待って!」



 叫ぶも意味なし。

 扉は無情に閉まり、向こう側から鍵をかけられる音が響いた。



「あ…」



 静まった扉の向こう側を、桜理は蒼白な顔で見つめるしかなかった。



 心臓が未だに鳴りやまない。

 嫌な確信が警鐘を鳴らしていて、地面がぐらぐらと揺れる錯覚が全身を襲う。



(どうしよう……)



 頭の中に、自分に向かって笑いかけてくる実の姿が浮かぶ。



 実のことだ。

 自分が消えたとなれば、どんな手段を使ってでもここを探し当てて助けに来る。

 それは、疑いようもない事実だ。



 桜理は震える手を祈るように組んだ。



(ああ……神様!)



 心の底から、そう願う。



 それが実にとって一番の皮肉になるとは、知るよしもない―――


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