ユエとの邂逅

「………」



 拓也と尚希は、その場で立ち尽くすことになっていた。



 二人の視線の先では、リビングへと続く扉に半身を隠して、まるで小動物のような目でこちらを見上げる少女の姿がある。



「えっと……どうするんだよ、これ?」



 拓也が困惑しきった声で呟く。



 実の声が届いてから慌てて帰途につき、途中で尚希と合流して家に飛び込んだらこの状況である。



「実が言ってたのって、この子のことか?」

「多分な。実の服を着てるし。」



 尚希は拓也の問いに答えながら、実の制服を羽織った少女を見下ろした。



「実の奴……どうしろってんだよ。」



 頬を掻く拓也。



 確かに家に一人置いていくとは言っていたが、まさかこんなに小さな子供だとは思わなかった。



 勘弁してくれ。

 子供の扱いには慣れていないのだ。



 向こうから寄ってくるようならまだしも、この少女のように身構えられては、自分からはどう距離を詰めればいいのか分からない。



 ここで、今まであまり周りと関わってこなかったことが裏目に出るとは。



 うなる拓也の隣で、すっと尚希が動き出したのはその時。

 尚希は少女の前に静かに膝をつくと、彼女と目線を合わせる。



「大丈夫だよ。」



 穏やかで優しげな声で、尚希は微笑んだ。



「実に言われて、オレたちを待ってたんだよね? 今まで一人で待っていられて、偉かったね。オレたちは実の友達だから、君の敵じゃないよ。信じてくれるかな?」



 少女はきょとんとした様子で、尚希を見つめる。

 尚希がそれに破顔してその頭をなでると、次第に彼女の表情がやわらいでいって―――



「うん!」



 にっこりと、少女は笑った。



(さすがすぎる……)



 鮮やかに少女の警戒心を解いた尚希の手腕に、拓也は何も言えなくなってしまう。



 ひねくれていた幼い頃の自分が、唯一気を許したくらいだ。

 人の信頼を得る尚希の技術には、目をみはるものがある。

 これも、代々商売人であり領主でもある血筋のせる技と人徳なのだろうか。



 そんなことを考える拓也をよそに、尚希と少女はあっという間に打ち解けたようだった。



「君、名前は?」

「ユエ。」

「ユエ? ……エーリリテから、聞いたことがある気がするな。」



 尚希が記憶を手繰たぐりながら呟くと、それを聞いたユエの表情がパッと輝いた。



「エーリリテお姉ちゃんを知ってるの?」

「お、やっぱりか。もちろん、仲良しだよ。」



 すっかり意気投合したらしい二人は、非常に楽しそうに話している。



 拓也としては早いところ事情を聞いてほしいのだが、二人の様子を見ている限り、本題に入る雰囲気は一向にない。



 しばらくは黙って見ていたのだが、落ち着かないこちらの気持ちとは対照的にのんびりとした二人の会話に、苛立ちが募っていく一方。



 とうとう―――



「尚希!!」



 怒鳴ってしまった。

 なんの前触れもなく響いた怒号に、ユエの肩がびくりと震える。



「今は、無駄話してる場合じゃ―――」



 拓也の抗議の声は、勢いよく振り向いてきた尚希に遮られてしまった。

 そのあまりにも鋭い眼光に、拓也は狼狽うろたえて言葉を飲み込む。



〝お前、何空気読まずに怒鳴ってんの?〟



 こちらをきつく睨む瞳が、そう語っている。



(ええー…。今のって、おれが悪いのか?)



 状況から判断するなら自分の方が正しいと思う拓也は、尚希の怒りにただ戸惑うしかない。



 正直なところ、そんな話は後でやってくれと言いたい。



 結局、その本音は言えずに口を閉ざした拓也だったが、結果的にこの行動は間違いではなかった。



 依然として拓也を睨む尚希の腕を、ユエがそっと掴む。

 尚希はすぐに表情を一転させ、ユエに温かな笑顔を向けた。



「ああ、ごめんね。あのバカのせいで。怖かったよね。」



 優しく言う尚希だったが、ユエはそれに首を横に振った。



「違うの。」



 ユエの表情に笑みはなく、不安と焦りに揺れる大きな瞳が鏡のように尚希の顔を映している。



 それは、先ほどまでのこちらを警戒する不安げな表情とはまた違うものだった。



「早く……早く行かないと…っ」



 尚希のスーツを握る小さな手に、きゅっと力がこもった。


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