桜理はどこへ……

「……はっ!?」



 一瞬、何を言われたのか分からなかった。



 じわじわと染み込んできた言葉の意味に、湧き上がってきたのは苛立ちではなく、今までのものを凌駕りょうがするほどの焦り。



「分からないって、どういうことだよ!?」



 想定外の展開に、焦燥感で混乱しそうになる思考回路。

 それを心の中で叱咤しながら、実はアティの木の肌にすがって問い詰める。

 だが、アティは困惑した息を吐くだけ。



「こんなことは、われも初めてだ。もしかしたら、相手は我の能力を知っているのかもしれぬ。我が繋がりを辿れぬように、何かしらの細工をしているのだろう。いくら地図からも隠された場所とはいえ、ここに出入りする人間はゼロではないからな。そういうやからがいても、おかしくはない。」



 どうやらアティ自身も、お手上げ状態ということらしい。



「………」



 実は沈黙する。

 しかしその沈黙とは正反対に、頭の中は恐ろしいほどにフル回転していた。



 アティを頼れないとなると、自力で桜理を捜し出すしかない。



 微かに残っている桜理の気配を辿れるだろうか。



 いや、アティが辿れないと言うのだ。

 途中まではよくても、きっとどこかから彼女の気配を消されているだろう。



 アティの能力を知っている者が関わっているのだとすれば、ここに出入りしたことのある人間を当たれば、そのどこかに桜理がいるかもしれない。



 しかし、それをするには時間がかかりすぎる。



「どうにか……ならないのか…?」



 なんでもいいから、何か方法がないだろうか。

 自分が無茶をしてどうにかなるなら、いくらでも魔力を使うのだが……



「……そうだな。かなり望みは薄いが、賭けてみるか。」



 実の思考を全部読み取っていたアティが、ふと呟いた。



 実は勢いよく顔を上げる。

 わらにもすがる思いだった。



「実。われに同調してみろ。」



 アティはそう告げた。



「同調?」



 訊き返す実の中で、アティが頷く気配がする。



「そうだ。うぬが我に同調したら、宝樹石の力を限りなく汝に傾ける。我の代わりに、桜理の気配を辿ってみるのだ。汝ほどの実力と想いなら、もしかしたら桜理まで辿り着けるかもしれぬ。」



「分かった。」



 実はすぐに頷いた。

 少しでも可能性があるならば、それを拒否する理由はない。



 実はざらついた木の表面に手をそっとつける。

 目を閉じて、呼吸を深く繰り返す。



 触れた手を通して感じる、木の鼓動。

 それに自分の鼓動を近付けていくように、精神を静めていく。



 徐々に徐々に、二つの鼓動を近付ける。

 そして鼓動が完全に重なった瞬間、莫大な魔力が流れ込んできた。

 それと同時に、普段アティが見ているであろう様々な景色も一緒に脳内になだれ込んでくる。



 本題はここから。

 実はさらに集中する。



 アティから流れ込んできた情報の中から、桜理の気配を探す。



 多くの情報が行き交う暗闇を、ともすれば莫大な情報に掻き消されてしまいそうなほどに微かな桜理の気配を追って、深く深くその先を辿っていく。



 確かに、桜理の気配はひどく薄かった。

 桜理の気配を追おうとすれば、ひどいノイズに邪魔される。

 誰かに遮られているのは明白だった。



 しかし、これで諦めるわけにはいかないのだ。



 集中する実は、外界から自分を隔離していく。

 ノイズの中を掻き分けて、その中に紛れている桜理の気配を必死に集める。



 これしか確実な方法がない。

 そんな崖っぷちに追い込まれた気持ちが、自分の能力を極限にまで高めていた。



 集めて辿る。

 粘度の高い水の中を進むように、その作業を繰り返す。



 ――――――ザザッ



「―――っ!?」



 突然、実は目を見開いて木から手を離した。



「どうだった?」



 アティが問う。



「その顔、見えたのだろう。」



 実は木につけていた方の手を反対の手で握って、地面を睨んでいた。

 その顔は、心なしか青白い。



 魔法の反動が一気に実の体を襲っているせいもあるだろうが、それだけではないようにも見えた。



「桜理……は……」



 実は小さく呟く。

 開いた唇は、自分でも驚くほどに震えていた。



「この国に、いない。」



 まさかと思うような現実だった。



 地図から消されているこの島は、地理的にはアズバドルに属する。

 桜理の気配はこの周辺はおろか、この国にもないのだ。



「ほう。では、桜理はどこにいる?」



 興味深い口調で、アティが問う。

 実は唇を噛んだ。



 必死に掻き集めた、桜理の気配の欠片。

 それを辿って行き着いた先。

 見えた風景。



 そこは―――





「ここからずっと北西、レイキー国。」




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