05 取り残された二人

 俺はリースさんに視線を向ける。


「リースさんは後ろに下がって、魔法で支援をお願いします!」

「え、えぇ! でも……え~っと、マイオス? だったわよね」

「俺はマイオス・ブロンド! 集会場でも自己紹介したでしょ!」

「お、覚えているわよ。援護は任せて! でもマイオス、貴方一人で戦えるの?」

「……だ、大丈夫! やれるだけやってみるよ」


 俺は手に持つグングニルに力を込める。


(厳密にいえば、俺だけじゃないけど)


 元々、このグングニルは呪いだらけの闇落ちした武器で、使用者を死に追いやると言われていた呪いの武器だった。

 なかば無理やり押し付けられるように鍛冶ギルドに渡ってきた武器だけど、俺の力で武器についていた呪い付与効果を消し去り、更に武器性能を最大限まで高めているんだ。


 ……だからこそ、このゲイボルクを使えば俺でも戦えるはずだ。


≪まかせなあんちゃん! 俺にかかればあんな魔物の集団なんて、一瞬で血の海だぜ!≫


 ……まだ怖い言動は抜けきっていないけど、この陽気な話し方も鍛冶ギルドに来た時の陰湿な話し方とは正反対なもので今の窮地から脱する勇気を俺にくれる。


(……心強いな! それじゃいくぞ!)


 ダンジョンの深部に来るまではリースさん以外の勇者パーティの面々に前線は任せていたので、あまり俺が戦う事は無かった――けどっ!

 二人になった今、背後にいるリースさんを守る為に、俺は眼前に潜む魔物集団に向かって駆け出した。




◇◇◇





 ――グサッグサッグサァ!!

 俺、というよりほぼゲイボルグの動きにより次々と魔物の心臓を突き刺していく。

 大量にいた魔物の集団は次々とゲイボルグの突きによって絶命していく――




 ポタっ……ポタっ……

 ゲイボルグから魔物の血が滴り落ち、気が付くと辺り一帯が真っ赤に染まる血の海になっていた。


「……本当に周りが血の海になっているんだけど」

≪かぁ~! たまらないねぇ! 久しぶりに味わう血の味は格別だ!≫


 元々赤い槍を更に赤く染めた魔物達の亡骸は次々と消滅しドロップ品に変わっていく。


「――大地に満ちたる命の鼓動、汝の傷を癒せ――”ヒール”」


 そして、ず~~~~っと背後で詠唱を唱えていたリースが詠唱を終え、治療魔法を俺に使ってくれた。

 体が暖かい感覚に包まれ、疲労感が抜けていくのを感じる。


「あ、ありがとうございます! リースさん」

「……や、やっとできたわ」


 ――ドシィーンッ!

 すると、遥か後方で待機していた巨大なゴーレムの巨神が動き出す。

 体には分厚くて漆黒の鎧を装着しており、見るからに堅そうだ。


「……こっちにくる! いくぞゲイボルグ!」

≪まかせな!≫


 迫ってくる鎧ゴーレムに近づいた俺はゲイボルグで鋭い突きを繰り出す。

 が――


 ――ガキィーンッ!

 分厚い鎧を貫くことが出来ずに止まってしまう。


「……固っ!」

≪これはっ!? ……まさかエクスと同じアダマンタイトで出来ている鎧じゃないのか!?≫

(アダマンタイトだって!?)


 アダマンタイトは超硬度金属で並大抵の武器じゃ傷一つ入らない素材だ。

 でも――


「それならこれを使うまでだ!」


 俺は眼鏡を外してゴーレムに視線を戻す。


「……見えた!」


 先ほど、ゲイボルグが貫けなかったアダマンタイトの鎧にも破点はしっかりと浮かび上がっていた。


「いくぞ! ゲイボルグ!」

≪よくわからねぇが、まかせるぜ! あんちゃん!≫


「グオォォォッ!」


 ゴーレムが向けてくる大きな手を避けながら、俺は浮かび上がった破点はてんに向かって駆け出し――


「そこだ! ――”破点はてん”」


 ――勢いよくゲイボルグを突きつける。

 すると、あれほど強固なアダマンタイトで作られた鎧には瞬時にひび割れが入り―――


 ――バリィィィィィィンッ!!!!

 超硬度金属であるアダマンタイトは俺の攻撃によりすぐさま粉々に四散する。

 鎧が砕け散り、あらわになった岩肌に向かってゲイボルグで追撃を食らわせる。


「これで最後だ!!」


 鎧を失ったゴーレムの岩肌はゲイボルグで容易に貫通でき、ゴーレムの核を一撃で突き刺した。


「グアアァァァァァァ!!!!」


 轟音のような断末魔が鳴りやんだ後、ゴーレムはその場に倒れ消滅する。

 数多くのドロップ品を落とし、俺達がいる大きな場所にいた魔物は全て消滅させることができた。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息を整えながら、リースさんの方へと振り返る。


「……大丈夫だった?」


 すると、俺に駆け寄ってくるリースさん。


「……マイオス、あなた……すごく強いのね」

「そ、それほどでも。このゲイボルグのおかげさ」


 もしゲイボルグが無かったら死んでいただろうな、と思いながら俺は謙遜する。

 そして、俺は周りを見渡しながら呟く。


「……魔物もいなくなったし、ちょっと座って休もう。これからの事も決めたいし」

「そうね」


 それから静まり返った広場の壁に移動して腰を落とす。


「ふぅ……疲れた~。一時はどうなるかと思ったよ」

「私もよ。……でも、こんなことになるなんて……え、えっと……」

「……?」


 俺は口ごもるリースさんが気になり視線を向ける。

 俯くリースさんは顔を左右にブンブンと振った後、勢いよく俺に顔を向ける。


「……私が生きていられるのもマイオスのおかげよ。本当にありがとう」


 ふいに見せてきた優しい笑顔と純粋な感謝の言葉にドキッとしてしまう。


「あ、いや! リースさんの回復も助かったよ。ありがとう!」


 俺は慌てて話題を逸らす。


「……あぁ……さっきは何とか使えたけど、マイオスも途中でも見てて分かっているでしょ? 私はこんな性格だから聖霊から見放されていて……なかなか詠唱しても聖霊の加護を受けられないのよ」


 あ、自覚していたんだ。

 ……と、口に出てしまいそうになるのをグッと堪える。


「……そうなんだ。……あ、そうだ! ちょっとその杖、貸してくれる?」

「……え? いいけど、何をする気よ」

「俺に任せてよ。こう見えても俺は鍛冶師なんだ」


 俺はリースから杖を受け取ると、杖と対話しながら杖の性能を向上させる。

 ひとまず詠唱時間を必要としない無詠唱の付与効果を杖に付けておこう。


「ほら、これで魔法を使いやすくなったと思うよ」

「……何か杖が光っていたけど、何をしたのよマイオス?」

「まぁまぁ、何か魔法を使ってみてよ」

「……? えぇ」


 リースは杖を広場の中央に向けて――


「……っ!? ”ホーリーアロー”」


 ――詠唱せずに杖を向けた方向に光の矢を放ち、遥か遠くの壁に突き刺さりすぐに消滅する。


「……っえ!? なにこれ! 詠唱を唱えなくても魔法を使えたわ!!」

「でしょ? よかったじゃん」


 あまりにもビックリしすぎて俺の声を聞かずにリースさんは立ち上がり、次々と魔法を使い始める。


「あ、そんなに魔法を乱発しちゃ――」


 ――バタンッ!

 俺の忠告も空しく、リースさんはすぐに魔力を使い果たして倒れてしまう。


「……だ、大丈夫?」

「私としたことが……少しはしゃぎすぎたわ」

「もう……仕方ないな」


 俺も立ち上がってリースさんに近づき、一応持っていたマナポーションを倒れているリースさんに飲ませる。

 魔力が回復したリースさんは起き上がる。


「……あ、ありがとう。マイオスには恥ずかしいところを何回も見せちゃったわね」

「いや、気にしていないから大丈夫だよ」


 俺が答えると、リースさんは杖に視線を落とす。


「……でも、何で詠唱を唱えなくても魔法が使えるようになったのかしら?」

「あぁ、それは杖に無詠唱の付与効果を俺が付けたからだよ」

「付与効果……って?」


 よく分からない、といった表情を浮かべるリースさんに俺の力を簡単に説明する。


「俺には武器に様々付与効果を付けたり外したりすることが出来るんだ。更に武器の威力や性能を最大限に高める事が出来るんだよ。……さっきもリースさんの武器に無詠唱の付与効果を付けた事で、その杖を使えば無詠唱で魔法が使えると思うよ。……でも、使い過ぎは気を付けてね。さっきみたいにまた倒れちゃうから」


 リースさんは空いた口を微かに震わせながら、すぐに勢いよく話し出す。


「それ、すごいじゃない!! これで私も詠唱せずに魔法が使えるようになったって事ね!」

「……そうだけど、魔法の使い過ぎは……」

「ふふん! また魔物が現れたら私に任せなさいマイオス! すぐに倒してやるんだから!」

「……あ、はい」


 ルンルン気分のリースさんは自分の世界に入っているのか、俺の言葉は届かないみたいだった。

 なので、俺はこれからの事を考える事にした。


「でも、これからどうすれば――」


 俺が呟いている途中で目の前が光り輝く。


「うわっ!」


 光が収まると、そこには人化したエクスが現れる。


「お兄様!!」

「えっ! エクス!? ――うわっ!!」


 急に現れたと思ったらエクスが俺に抱き着いてきた。


「な、なんでここにエクスが!? アバランスさんと一緒に地上に行ったんじゃ?」

「そうですが、隙を見て離脱したのです! ……魔物の大群に遭遇する少し前に、アバランスに不穏な心境を抱いていたのを感じ取ったので、あらかじめお兄様に移転ポイントを設置していたのです!」

「転移ポイント? ……よくわからないけど、そうだったのか……俺達もこれからどうしようか悩んでいたところなんだ。来てくれてとても心強いよ!」


 俺も抱き着いてきたエクスを強く抱きしめる。

 とても剣とは思えないほどの柔らかい体に驚きつつも、隣のリースさんから向けられる視線が痛い。


「……ちょっと銀髪娘! 私もいるんだけど!」

「……なんですか、貴方もいたのですねリース」

「いちゃ悪いのかしら!?」

「ふん! お兄様をおとしいれたパーティの仲間なんて信用できません!」

「何よ! 私もおとしいれらた側なんだけど!?」


 リースさんとエクスはお互いに睨み合う。

 この二人、仲悪いなぁ……。


「まぁまぁ……二人とも。まずはこのダンジョンから脱出しないと――」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 二人をなだめようと声を掛けた時、地響きが鳴り始める。


「……っ!? なんだ、この揺れは!」

「……まさか」


 俺が慌てていると、エクスの表情が曇る。


「エクス? まさかこの揺れって……」

「……えぇ、ちょっと上で暴れ過ぎましたか」


 すると、エクスから不穏すぎる言葉がこぼれるのだった。

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