猫のなき真似

霙 雪菜

愛しかたを知らない人ども


ヌルヌルしていそうな、変な光り方をしている表紙を見つめる。

付箋が張ってあるページを開けば、インタビュー記事が。

黒い字が紙の上を支配しており、その指示者は私だった。

売れてるのか分からない、B級雑誌のなかに私がいる。

少しでも売り上げに貢献できてたら嬉しいな、と思いつつコーヒーを飲みきる。

楽屋にはフワフワで、このままでもいただける、高級パンが一斤。

差し入れだ。

家に帰ったらすぐ食べよう。

とりあえずは身だしなみだ、と髪を梳かそうとして気づく。

そうだ、また何処かに置き忘れてきたんだった。

最近は良く物を失くす。

と言っても、ブラシとかコンパクトミラーとかメモ帳とかばかりを。

多分自分の不注意だ、と言い聞かして

手櫛で整える。

ドラマの台本と参考にしている原作コミックスを鞄に詰め込み、部屋からでた。



夜の道を私は歩いている。

車の走る音とネオンライトで

騒がしい街と、ドラマ・映画・CM等と最近引っ張りだこな私。

バラエティー番組はまだだからいつか挑戦してみたいな。

例えば、今夜のように街をブラブラ散歩するだけの番組とかね。

まぁ、世間での私の印象は[フラミンゴの羽根]らしいし、バラエティーデビューは難しいか……。

彼氏面してくる彼は『今日は休みや~。』と言っていたし、安心して帰れる。

真っ黒のスカートを柔らかな風がご機嫌に揺らす。

「……わあ、これいい!!

あ、でも、ペアリングか……。

渡す人、居ないしなぁ……。」

私の足を止めたのは、宝石店で。

青い石のついた指輪を眺める私。 

女優たるもの、高い鉱物の一つくらいは持っておきたい。

じっと見ていると後ろから声をかけられた。

「水希。そんなに真剣にショーウィンドー見つめてどうしたの?  

なにか欲しいものでも?」

「うわあああああ!!」

振り向くと西山泰良がいた。

スラリとしている高い背に、肩につくくらいの長い髪……。

水のように透き通った、儚げな青年だ。

「ビックリしたな~…。

あ、あれ…?

もう収録終わり?

私は今日は終わりだけど。」

「うん。一発OK出たから…。

あとは家に帰るだけ。」

「そかそか。

それは良かったね。」

彼は今流行りの男性ユニット、ray°のメンバー。 

他メンバーは馬谷陸と白石亮、そしてリーダーの八ツ木頼都だ。

一部の人にしか言ってないが、泰良と私は幼馴染みだ。

「……綺麗な宝石だな……。買うのか?」

私は慣れてしまっているが、ファンだったら即死レベルの距離感で、話を戻す。

「いや、別に…。 見てだだけよ。」

「そうなのか。

……そうだ、これから暇か?

良ければ今からなにか食べに行かないか?」

「……うーん……。 良いよ。」

そんなわけで、夕飯を食べに行った。

私達はいつも通りのことをしたつもりだったが、その数日後。

案の定だった。


インタビュー責めをくらい、慌てふためく私。

を目の端に押さえつつ知らん顔する人々。

『西山さんと二人でいるところが目撃されてますがご関係は?』

『西山さんと八ツ木さんと三角関係にあるとされてますが、実際は…?』

どうやら、いつの間にか週刊誌にすっぱ抜かれてたらしい。

ムムム…。

この後マネージャーさんにもキツく叱られると思いつつ切り抜けようとする。

それをピタリと止めたのは彼だった。

「ちょっとすんませんね~。

ここ、通ります~。」

嫌悪感を覚えるも抵抗できなかった。

人混みをかき分け、私の腕を掴む。

そして足早に楽屋に入り、鍵を閉めた。


彼…八ツ木頼都と私は別に、付き合ってるとか好きあってるとかじゃ、ないのに。

平気で彼氏面をするので、私はうんざりしています。

だから、私には泰良以外の男が近寄らないのです。

三角関係とかでは、ないのに。

私の意思と発言権がまるでない。

自分の理想で動いていて、私にはYesしか与えない。

訴えたくても、私は人気者だから下手に動けなくて。 負の悪循環。

嫌だ、嫌だと思って、

それでお終いなのだ。

こんな人なのだが、世間では《男らしくて良い》だとか、《光属性持ってる感がたまらない》だとか言われている。

たしか、恋人にしたい芸能人TOP10にもランクインしていたな…。

まぁ、とにかく外面だけは良い。

「…ありがとう…。」

じっとりした目に見つめられつつ、

口を開く。

何か言わなきゃ、駄目だから。

「えぇねん、えぇねん。

全く、有名女優になると大変やな~。」

しれっと言うけどさ。

「そうなんだよね…。」

誰のせいだと思っているの。

それじゃあまるで、泰良が悪者みたいじゃんか。


  


代わる代わる姿を変えては私を苦しめた。

おかしいよね……。

私はこんな道を未だに歩み続けている。

いや、進むしか方法はない。

吐きかけて、目が腫れるほど泣く夜を幾度越えてきたのだろうか。

そうして手に入れたものは、何もなかった。

あったとしても誇れるものではない。

鏡に映る私。

自分以外の何者でもないはずなのに、自分じゃないみたい。まるで偽物。

痛みすら、短所すら愛せたら幸せなのにね。

洗面台の前に立って水を被り、

少し錆びたハサミを取り出して

髪を切る。

次の役が長髪女子だなんて、知ったこっちゃない。

濡れた顔にヘバリつく、薄茶色。

紅い、自慢の目はやけにじっとりとしていた。


 

私は休暇を取り、家出する勢いで出発した。

TVを忘れたかった。

頼都から、泰良から、離れたかった。

ただそれだけのことだ。

この事はマネージャーにしか話していない。

だって、⦅私だけ⦆の休みだし。

タイミングよく来た電車やバスに乗って、終点に着いたら乗り換えを繰り返す。

ホームの電光掲示板が目に痛くて。

液晶板に映る私にもray°にも嫌気が刺して、足を速める。

人混みに紛れて又、涙を隠す。

改札すら、私を止めてはくれぬのか。



終点の、とある無人駅を降りる。

掃除の行き届いてない、

埃まみれの町だった。

寂れた商店街のウインドウに映る、哀しい人。

染めたわけではないのに、色落ちしていく髪が目をひく。

いつしかベビースターラーメン色になってしまっていた。

ヘアメイクさんに酷く驚かれた事が脳を掠める。

ずっと映りこんでいる自分を見ていたら段々、デジャブを感じてヒヤリとした。

ブルブルと頭を振り、その場を立ち去っる。

ふと、上を見上げれば電柱工事をしている人と目が合う。

男はこちらの存在を認識すると人当たりのよい顔でニコリと笑った。

まるで絵画から切り取って張り付けたみたいな薄平たい、嘘っぽい造られた表情で。

華奢な体で必死に電柱を直す作業をしていた。

私も手を振り返し、笑い返した。

お返し程度の、あっさりしたのを。

倍にはしてやらない。

この町には信号がなかった。

そして、私の周りには男しか居なかった。

水溜まりが私を濡らして、緩やかなスカートが行く手の邪魔をする。

短くなった髪は逆に苛つかせるだけで。

安っぽいピンが仕事を放棄し、

雨の残りに落っこちていった。




心に渦巻く気持ちを全部鍋に入れ、蓋をして弱火で煮込む。

出来上がったのはどろどろの感情。

それをまな板に移して持ち前の明るさと周りの印象でコーティング。

彼女にバレないように何十に。

でも、溶けやすいから特定の熱で剥がれてくる。

完璧に剥がれ落ちた頃にはこちらが不利になる…。

そんな男だ。

俺も見習いたいくらい歌が上手くて、

正直羨ましい。



その日は酷く雨が降っていた。

それでも平常通りゴールデンバラエティー番組[ray°にお任せ!]を撮り進め、終える。

と、すでに外を出たはずの奴に

出待ちされていた。

「なぁ、ちょっと話あんねんけど。」

腕を掴まれ路地に引き寄せられる。

来た。

水希とデートをしたのは彼を誘き寄せる行動故だ。

何も行動が遅すぎたわけではない。

素直に諦めてくれるか不明だが、

もしかしたら…。

という作戦は、

虚しく散っていくのであった。

頼都はマジのトーンで話し出す。

「あの娘が失踪したのは、お前のせいや。」

「え…??」

関西弁で捲し立てる。

「やって…。

俺という男が居るんに、

お前が幼馴染みの延長線上をしとるせいで水希は記者から逃げる羽目になったんやろうが!

水希が、可哀相やろ。

好きでもない奴に好かれるなんて、結構疲れるんやで?

知らんやろ?」

彼は何を言ってるんだろう。

失踪…、だって……?

それに、自分が今までやって来た行為が理解できていないのか。

その癖、目元は潤んで隈が出来ていた。

「だから、何?

僕と水希には何もないし…。

って言うか、まず付き合ってないでしょ? 君と水希は…。」

「煩いねん!!」

彼は人の正しい愛し方が分からないみたいだ。

愛を纏ったナイフで水希をズタズタにしといて、

馬鹿みたいに心で泣いている水希を知らないで。

よくもまぁ、そんなことが言えるな。

彼女を舞台から飛び降りさせた原因者は、僕に掴みかかってきた。

僕達は大粒の雨のなか、争い続けた。

何時間と続く葛藤の末、

そして僕は、負けた。

当たり前だ。

幼少期から野球をしてた彼と文系の僕じゃ、体格から違うのだから。

「これで、分かったやろ?」

何が。君は何も知らないクセに。

加害者の瞳の奥は薄暗かった。

先程までの輝きは棄てられていた。

それで奴はその後なにかを言ったのだが、この大雨だ。

音がうるさくて聴こえなかった。

胸ポケットに手を掛けて、やめていた。

きっと、濡れていて煙草が吸えないんだ。

哀色に染まった、僕の勝負服。

目の器から雫が零れたのに気づかなくて。

どうせ、行き着く先は同じホテルなのにな。




彼女に一目惚れした。

心が今までにない程ヒリついて、変な汗が出てきて、声が出ない程に。

ドラマを観て、相手役が自分ならどれ程いいか悩む程に。

彼女は日を増す毎に美しくなっていく。

それに比例して自身は苦虫を踏むような日々を送った。

彼女は知らない男たちに群がられていた。

どこの馬の骨が分からない俳優や底辺芸人…

とにかく彼女を守っていた。

内気でよく騙されやすい君を見ていた。

そう、彼に気づくまで。

それから彼らが一気に邪魔者と化した。

彼女の全部を知っていたつもりだったのに。

許さない。

あの娘の全てを知ってるなんて…。

到底、許せない事だ。



「どこだろう…、ここ?」

迷い込んだ先は、やけに広くて静かな公園だった。

人気がなく、死気が立ち込めていた。

まるで私だけが、取り残されたよう。

太陽が雲の影から、私を見ているだけ。

目立つ遊具も特に無く、ただひたすらに寂しさが残っている。

出口を探していると、飛行機の頭をぶった切ったような物があった。

階段で上に上がれるようになっている。

興味が湧いた私は、軋む階段を慎重に踏みあがっていく。

そこには本格的な運転席が。

「はぁ…、凄い。」

子供騙しではない。

ハンドルと椅子に虫が這っていた。

最近子供が遊んだ形跡もあり、

団栗やら落ち葉やらが散乱していた。

なぜかここだけはちゃんと生気が通っており、異質だった。

異質な飛行機…。

それは、千葉にある東京ディズニーランドと同族であって、

一生届かない夢や、捨ててしまった答案用紙の親戚だった。

雨風にさらされ、汚れきった窓をぼんやり見た後、降りる。

手すりの茶色くなった錆が手につき、

暫く鉄の匂いがとれなかった。

あまりにもこの世界には、知らないものが多すぎて困る。

いつか、情報過多で死んでしまいそうだ。

何も知らない方が、幸せなことだってあるのにさ。



公園を抜けて、商店街に再び戻ってこれた。

埃被った看板に止まった烏が鳴いていた。

酷く疲れていたし、それに眠かった。

私はシャッターの閉まった店の前に座り、寝た。

夢の中で私は女優賞をとっていた。

気がおかしくなる程の人とフラッシュ。

いつもの倍高いヒールと、どっしりと重いトロフィーのせいでふらつく。

ダラダラと、熱のない汗をかいて。

夢の中でも、私は悲劇のヒロイン症候群なのだ。

『誰も私を愛さない。』

昔演じた娘もこんなことを言ってたっけか……。

何時間寝たのだろう。

ふと誰かに体を揺らされ起こされる。

「…なぁ、なぁって。

水希? 起きぃーやーって。」

「…ん、んんぅ…?

…え、あ…? 頼都…?」

それは、確かに彼だった。

場所は教えてないのにな。




結局、作戦は失敗に終わった。

あんな言い方、無いじゃないか。

鍵を使って、乱暴にドアを開け入る。

予算がないのか、壁の薄いビジネスホテルだ。

メンバーの二人と顔合わせしたくなかったので、一人一部屋で助かった。

たぶん、あいつは今ごろ水希に会いに行ってるはずだ。

助けたくても助けられなくて、悔しい。

第一、僕は彼女が失踪したことや居場所を知らなかったのだ。

ベタついてイラつく服を脱ぎ捨て、風呂場に一直線。

勝負服は天然のシャワーを浴びたおかげで濡れている。

衣装が濡れていては他人に探られると思い、拾い集めて洗濯機に放り込む。

洗濯機が回っている間に水溜まりができた廊下を拭く。

粗方終われば、今度は人工のシャワーを浴びる。

争いでついた傷が湯で染みて、

少し痛んだ。

サクッと体を洗うと、脱衣所に出る。

そして、

タオルで体を拭いているとき気づく。

「しまった。

ここ、乾燥機無いのか…。」

たぶん、この時間から干しても間に合わない。

無いと怪しまれるな。

明日もこれを着ていくのに…。

数分間、悩み尽くしたあと、

「コインランドリーに行こう。

24時間だし、やってるだろう…。」

と決心した。




「ここは…?」

彼に連れてこられたのは、人っ子一人居ない、水族館だった。

彼の頭部だけは何故か湿っていた。

しかし、指摘する気力は持ち合わせてなかった。

「…心を落ち着かせるなら、やっぱこういうところやろ。」

「…そうだよね。 ありがとう。」

入場料を支払うと、ゆっくり歩みを進めた。

電球がジッーと嫌な音を立てていた。

照明に照らされている看板は古いのか、所々字が剥げている。

ちっぽけな水槽に魚が少し。

海という広い世界から切り離されても尚、彼らは悠々と泳いでいる。

むしろ、世界が小さくなってよかったとばかりに生きている。

ここに住んでいる生命は皆、ショーもなく自由に生活していた。

人目を気にせず、カッコつけず、自然に。

じっくりと1つの水槽を覗き込んでいたら

「ん、まだここ見とったんか?」と

頼都に声をかけられる。

「え、あ、うん。」

「あっちにも、可愛ぇお魚さんぎょうさんおったで。

行こうや。」

「うん…。」

彼は失踪したことも、髪を切ったことも、何もかもを聞いてはこなかった。

本当は全て、全て、もう嫌なのに。

声が枯れるほど泣いた夜を思い返すから。

でも、私はNoって言えない。

いつも、いつも、口をあぐあぐするだけ。

だから、私は何も言えない。

そんな彼お勧めの水槽を覗く。

踊るように揺れる水草。

観賞の対象じゃない海草にだってよく見りゃ魅力があるのだ。

泳ぐ彼女らは私のことを見てみぬフリがうまい。

ここには真実しかない。

魚たちは何も知らないのだ。

酷く羨ましくて、なんだか悲しくなってきた。

深世界を進み抜け、休憩スペースでひとやすみ。

セブンティーンアイスを2つ購入すると、1つを私に投げ渡した。

チョコスプレーの入ったバニラアイスだ。

よく分かっているよ、

気味悪いぐらいには。

この海の箱庭には私達しか居ない。

「地球が出来立ての、生命が居らん砂浜のようなもんやね。」と見たこともないのに彼は言う。

「……気、和らいだか?」

こんなことで救われるなら苦労しないと思いつつ「…うん。」とYesを出す。

甘ったるいアイスが、酷く染みた。




ガコンガコンと他人の服が回る音がする。

慣れない地でようやく見つけたコインランドリーは夜特有の、静かで冷えた空気が巡回していた。

夜のコインランドリーって、ゲームのセーブポイント、ようは神聖な場所っぽい感じがするよなぁ…。

椅子の金属部分に触れたら、寒気を感じて心がまた痛んだ。

まだだいぶかかりそうだと思い、外の自販機に向かう。

小雨になってきていたが、まだ肌寒い。

お金を入れ、ホット缶コーヒーを買う。

ところで、世の中には可笑しな珈琲とやらが存在するらしい。

何でも、白いマグカップに夜空を切りとって作られた珈琲が注がれているそうだ。

そして、ミルクや砂糖を入れてしまうと星は消えていくみたい。

ブラックで飲みきると願いを叶えてくれる、そんな素敵な珈琲だとどこかで聞いたことがある。

(どうもそのどこかが思い出せない…)

もし、その星屑が入った珈琲を飲めば彼女は救われるのかもしれない…。

…不可能に頼るほど、僕は弱い。

一気に缶コーヒーを飲みきると、備え付けのゴミ箱に捨てた。

ガコンという音だけが、

唯一現実味を帯びていた。


無事乾燥が終わり、安心して帰路を歩く。

そのときだった。

「あ、ねぇ、貴方。

めちゃくちゃ今、困ってるでしょ~?」

等と声をかけられた。

後ろに誰か居たなんて気配を、感じられなかった。

少し怯みつつも無視を決め込む。

こういう時はこれが一番だと事務所の先輩も言っていた。

が、懲りずについてくる。

「ねえって、聞こえてます~?

もしも~し!

小生は幽霊でも、妖しい者でもない…

いや、怪しいか。

とにかく、小生は不審者ではないです~。

小生は暴露系youtuberのキリサキって言うんですけど~、知りません?

ねえって。西山泰良さ~ん?」

「……。」

「あ~、ちょっと待って下さい。

行かないでよ~。」

お上に訴えたってどうせ、揉み消されるだけだし…。

何か良い方法…。

うん、…暴露系?

…それだ!!

一瞬にして沈んでいた気分があがり、頭が動き出す。

「って、ブォア!!

ちょっ、いきなり止まらないで下さい!

 まぁ、いいや。

やっと止まってくれた~!」

学生めいた喋りをする彼をよく見る。

キリサキは趣味の悪い傘を差した、全身真っ黒ファッション男だった。

あと目に入るのは銀の時計だ。

ブランド物の、普通の若者なら着けないであろう渋い時計。

購入年齢層が違いすぎやしないか?

アイドルの僕が言うんだ、間違いない。

見た目も僕より年下そうだし。

「小生はね、ただ、貴方を救いたいんですよ。」

「救う…?」

「はい!勿論です。

裏社会で女優の月宮水希さんとray°さんのメンバー二人の三角関係は結構有名ですよ。

是非この事件を、取り上げたいなと思いまして…。

…見てるだけで小生は、小生は…

心が傷んで傷んで…。ウウウ…。

で、小生もお役立ちしたいなと思った次第です!」

変人だが良い子そう。

でもなんだか、裏がありそうだな…。

しかし、ワガママ言ってられない。

「…ありがとう。 本当に嬉しいよ。

でも、なるべく被害を抑えたいんだが…。

出来るか? 金はいくらでも出す。」

事実だ。本当に沢山ある。

いや、彼女を救うためなら借金してでも払う。

なのに彼は

「えっ!? お金?

とんでもない。

貴方は人救い、小生はネタを視聴者さんに提供できるとwinwinなのに…。

そういうのは要らないです!」

と拒否。凄く手をブンブン振る程に。

「…………なるべく手は尽くします。

これから過酷な道になるかもしれませんが、頑張りましょう!」

「あぁ。よろしくな、キリサキ。」

「はい。

協力して…、八ツ木頼都を芸能界から追い出しましょう。」

キリサキは背筋が凍るほどの目つきで言った。

きっと昔、おそらくは頼都に何かをされたような目で。



次の日のロケは打ち切りとなった。

何故か?それは頼都が居ないからだよ。

失踪事件だ何だと騒ぎ立てるかと思えばそうでもなかったので安心した。

本当、アイドルってこういう所良く守られてるよな…。

馬谷陸と白石亮には色々聞かれたが「何も知らない」と答えておいた。

二人は僕らと違って素直だからね。

今日の取材はなし、休みだ。

以降、第二の作戦に関しては

昨日キリサキと連絡先を交換していた為捗った。

彼の本名は桐崎純と言った。

名前は出さないのかと訊ねれば『人の裏をあかしているのに名前が純粋の純だなんて綺麗な名前、背負えませんよ。』

と返された。

う~ん、至極全う。

仕事は優秀で僕が情報を送るだけで編集から何やら全てやってくれた。

一体、何がしたいのか分からないが

ただ、ありがたかった。

こういう時詮索するのはあまりよろしくないのだが、調べてみると彼は高卒で大学中退らしい。

あと、登録者数は約30万人いる。

しかし、視聴回数も計算すれば認知してくれているものはもっと多いだろう。

何者なんだ? 彼?



この日は動物番組の撮影だった。

勝負服にコロコロをかけている時、メールが届いたので確認する。

送り主はキリサキで。

マネージャーに用事ができたと告げると、急いで外に出た。

「え?もう出来たの? 早いね。」

キリサキが指定したのは老人ばかりが集まる喫茶店だ。

どうも彼は趣味が老人クサイところがあった。

と、黒くて四角い電子板を取り出す。

「はい! 後はこのアカウントにあげるだけです。

…あ、協力者としての泰良さんの名前は出してないです。

一応、ね?」

「そうだな、ありがとう。」

「じゃ、見ててくださいね~。」

彼がポチポチ弄くって変な音が鳴った。

「はい、投稿完了!

泰良さん、お疲れ様です。

後は彼の出るとこ勝負ですね。」

「そう…なのか?」

考えている内にドリンクが運ばれてくる。

キリサキは、

「プラスチック削減でしかたないんですが…。

小生、紙のストローってすぐ柔らかくなって嫌なんですよね。」

とブエッとした顔でアイスカフェオレを飲んでいた。


そして、数日が経った。

CM取りに苦戦し、想定の倍かかった。

「スタジオを早く使いたいの。

急いでとって!」とすら遠くから聞こえた。

投稿してから、一緒の撮影は初めてで。

それに、彼は脱退の危機に追い込まれていると噂を耳にした。

特に問い詰められることはなかったが、窶れていたのが見てとれる。 

この空気は空気清浄機では綺麗に出来なさそう。

二人もどこか怯えてる。

今とってる間にも再生数は増えて、ネット記事でコメン卜欄で叩かれて。

もしかしたら緊急謝罪会見なんて開いたりして……。

もしそうなったらと考え、ゾッとする。

事実とはいえ、僕が追い込んだも同然だから。

そんなこんなで撮影を終える。

顔を強ばらせつつに無事。

いつもよりゆっくり着替えて、周りを気にしつつ外に出る。

馬谷陸と白石亮は不安そうに僕らを見ていた。

車の音が、僕を惨めにさせた。

大通りを外れた、石畳の階段辺りで、いつのまにか頼都に追い付かれていた。

そして、僕の横に並んだ。

憔悴しきってて、でもどこか温もりがあるような顔をしていた。

彼は例の件を出して暴れ散らすと踏んでいたのに、少し違うことを口にした。

「…………泰良、すまんかった…。 

すっかり、目ぇ覚めたわ。

ほんと、俺ってアホやった…。

俺は確かに、水希と付きおうとるつもりやった。 

あぁ…。

この件はちゃんと謝罪する。

水希にも、世間的にも。

なんなら、本当に脱退する覚悟だってある。

そしたら、リーダー権はあんたに譲るわ。」

「…そうか…。」

彼は重い熱病から解放されたみたいだった。

やはり、暴露の衝撃は強かったようだ。

デビューしたての、あの頃のリーダーに戻っていた。

でも、そこまでしなきゃ駄目だったなんてな。

しかし、まだ彼は何か言いたそうにしていた。

「何…?」

「あんな、それでな…。

あの動画見て、おかしなことがあってやね…。


あることないこと、書かれとんねん。」

「は……?

そうなのか…!?」

そんな馬鹿な…。

「やって、彼氏面してもうたことは事実や。

でも、彼女の悪口言うとる奴を消したり、私物を盗んだりしたことは一度もあらへん。

しかも、snsでおかしなコメントしたり…。 」

「嘘だろう……?」

僕はそんなこと彼に言ってないし。

あの後、一回動画を確認したのに…。

「お、憶えがないだけとか……。」 

「いやぁ、ほんまにないねん。

月に誓って。ray°に誓って。」

もしや僕ら、キリサキにハメられた…?

「頼都の他に水希を付け狙ってた奴がいたってことになるの?」

「…そうなるなぁ…。」

「じゃあ、もしそうなら…。

普通気づくはずだろう!

守ってよ!

彼氏面してでも良いからさ…。」

「泰良を引き離すことにいっぱいいっぱいで、その可能性は思いいたらんかったんや。

ほんまにごめん。」

「……ッ、本当に…、 …うん?」

何かがおかしい…?


まるで連続通り魔にでもあったみたいだ。

背中に熱さを感じたと思ったが早いか、僕は浮遊感を得た。

一瞬のフリーズの後、真っ逆さま。

石畳の階段から転落していた。

2人揃って。

チカチカと目の前に電気が走った。

熱いものがダラダラと滴る。

濁ってかすんだ、焦点の合わない目で

とらえた人物は。

「は……。」





例の動画があがってから2人とは連絡がとれなくて。

2人は失踪事件として受理されている。

脱退秒読みとか聞いたからますます不安になって。

でも今は、下手に動けない。

何故なら不用意の外出禁止にされたから。

事務所総出で私をマスコミから守ってくれたし、友人らは酷く心配してくれた。

でもメッセージを全部読む気にはなれず、5通程度で私用携帯の電源を切った。

それでも私の仕事は止まらない、

寧ろ忙しくなるばかりで。

私は何だか、全てを失った気分に襲われた。

申し訳無さが心を埋め尽くす。

そして、憂鬱な気持ちで有りながらも映画は無事完成した。

ありがとう、関係者の皆さん。

そんなとき監督に、完成品を主役の私に一番に観てもらいたいと頼まれた。

多分、気を遣ってくれたのだろう。

しんみりとした映画館にマネージャーと共だって訪れる。

頼んだクセに監督は今日来ないらしい。

少し腹がたったが、観た。

自分で言うのも何だが感動的だ。

涙が出そうなのを、ポップコーンを食べて誤魔化した。 

何だか、感傷的になっている。

ダメだダメだダメだ…。

反対から読んでも同じ意味を持つ。

復唱して心を鎮めた。

そうだと知らず、猫のように柔らかな私は画面の中を飛び回っている。

私はこのようにもう、軽やかに舞えないのだ。



「この映画、売れると良いわね。」

とEDに入って、

マネージャーさんが言った。

「…そうですよね。

ありがとうございました。」

「あら、良いのよ…、お礼なんて。

これは貴女の実力なんだから。

 私は監督に連絡いれてから帰るわ。

貴女は、もう帰るの…?」

「じゃあ、もう、帰ります。」

「そう、物騒だから大通りから帰りなさい。」

「はい。」

そして、真っ黒のスタッフロールに一人きりになる。

言われた通り帰ろうとして、映画館を出る。

まだ昼過ぎだってのに、気分が上がらない。

気圧のせいかもしれない。

久々の、外に出れる休日だってのにね。


ぼんやり歩いていても、男の存在に気付くわけで。

モサモサとした髪で、日影の者みたい。

靴と靴紐の色がミスマッチで、隣をなるべく歩きたくないなと人に思わせる天才そうだ。

彼は私を見つけるなり、パァッと明るくなった。

「おぉ~!これはこれは、

月宮さんではないですか~。

奇遇ですねぇ~。

こんにちは、小生、泰良さんの友達の桐崎純です!

その彼、今連絡が取れないんですってね。

心配になって、小生もかけたんですけどね、電波の届かないところにいるっぽくて…。

不安ですよね。お気持ち、お察ししますよ…。


あぁ、そんな俯かないで…。

よ、良し。

美味しいカフェに案内しましょう…!

なんと、今流行りのお洒落かき氷がありますよ~。

さあさあ、行きましょう~。

え。なにかご予定が…?

ない、ですよね…?

それとも、お嫌い…でしたか…?

え、好き…?

なら、よかった…。

じゃあ、向かいましょう。

こちらです。」

「え…。」

一方的に、半ば強引に、言いくるめられた。

本当に、ワケが分からない。

そして彼は見た目に反して、よく喋った。

泰良の友達と言うが、本当だろうか…。

「別にこの後の予定もないし、良いか…。」とついていくことにした。

せっかくの休みだし、友達の友達なら、怖くないはず…。




元からこの土地には詳しくないのだが、彼と歩いている道は不安要素たっぷりだ。

右へ左へ、よく曲がるし。

そして何より、会話が減った。

聞いても生返事ばかりで。

さっきまでは壊れかけのラジオのようだったのに。

ジメジメした地面にドブネズミが這っていて、空はどんよりと重い。

灰色の空に烏が1羽。

「あ、あの…。」

「………………。」

桐崎はついに何も返さなくなった。

一言も発しないし、返事もくれない彼に痺れを切らし、

「あの、桐崎さん。

この辺で、本当にあってますか?

もしかして、迷子ですか…?」

と訊ねた。

優しく、怒らせないように。

刺激しないように。

(もう、慣れたものだ…。)

と、彼はゆっくりと振り返った。

人とは思えぬ目付きをして。

そして、私は次の言葉に酷く驚いた。

失神しかけるほどに。

「時に、月宮さん。

貴女、まだ気が付かないんですか。

…服の一部が真っ赤ですよ。」

「え…?

うわっ!? …ナニコレ…? 血じゃん。

私は痛くないし、一体誰の血…?」

お気に入りのワンピースにベッタリついた、目の色みたいな紅い色。

その色味はまるで瞳の色を写した赤で。

現在の目の色を確認したくなる程。

何だか、ゾクリとした。

そして、話しかけてきた彼に目を移す。

が、居ない。

嫌な予感がした。

「……もう、大丈夫ですよ~。

小生が貴女を今、楽にしてあげますからね~。

…あぁ、本当だよ。ご心配なく。


ねぇ? 水希さん?」

服に気をとられているうちに後ろに回られていて。

私の抵抗虚しく、口元に薬品の匂いがした。

目元から雫が落ちたことを最後に、

それから先は……良く覚えてない。

なんにせよ私が、幸せの道を歩けていないことに代わりはないのだ。



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猫のなき真似 霙 雪菜 @Mizore-Yuk1Na

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