晴れのち曇り


「わあああ!海だ!」


砂浜に沙夜ちゃんの声が響き渡る。

まだ梅雨が始まったばかりだからか、人はいなかった。

それでもキラキラと目を輝かせる沙夜ちゃんを前に、私の頬も緩むのが分かった。

「もー、沙夜ちゃんはしゃぎすぎ!」

「だって、海ですよ!あーんなに行きたかった海にいるんですよ!」

「だからって、海なんてさ、」


いつでも来れる。そう言おうとして口をつぐんだ。

この子は来れなかったんだ。今まで来れなかったから海に来てこんなに喜んでいるんだ。

だったら、沙夜ちゃんのために私が出来ることは。

「じゃあ今日は沙夜ちゃんが海を楽しめる様に私がサポートするよ!」

「わあ!楽しみです!」


電車に乗って、ちょっと歩いてやっと着いた海。

入院していて何もかもが久しぶりだった沙夜ちゃんは、


駅の改札も、


散歩してるワンちゃんも、


ガードレールでさえも。

いつも窓から見てたから、こんなに近くで見られるなんて嬉しいと言っていた。

私からすれば何気ない学校への道でさえも、

沙夜ちゃんは目に入る全てのものに

喜びを感じるんだろうな。


「ねえねえ、穂乃果さん!私海に入りたいです!」

「えっ、水着あるの?」

「あ…じ、じゃあ足浸けたいです!」

「タオル持ってきてるからそれくらいだったら良いよ」

「ありがとうお母さん!」

「誰がお母さんだって?まだ高2なんだけど!」

「あはははっ!」


穂乃果ちゃんがこんなふうに冗談を言うことなんて滅多になかったから

ちょっと嬉しいななんて思ったり。

足を浸けて体を震わせた沙夜ちゃん。まだ梅雨だもん、冷たいに決まってるのに。

でも、楽しそうな沙夜ちゃんを止める事ができなくて。

ニコニコしている沙夜ちゃんを見てこれが幸せなのかもしれないと思った。


「穂乃果さんも入りましょうよ!」

「え、私!?私は良いよ冷たそうだし」

「まあまあそんなこと言わずに!」

「うわあ!」

沙夜ちゃんに手を引っ張られて入った海はやっぱりすごく冷たかったけれど、

沙夜ちゃんもきっと今みたいな温かい気持ちに包まれていたのだろう。


「今日は付き合ってもらってごめんなさい。」

来る途中にコンビニで買ったおにぎりを食べていると

沙夜ちゃんが急に話し出した。

「穂乃果さんはレンタル部として会いに来てくれているのに、

学校がお休みの日まで付き合ってもらっちゃって。」


ずっと前にも同じことを思った。

沙夜ちゃんのレンタル部として出会った事は決して消えない

私たちの足枷になることを。


沙夜ちゃんと普通の友達として接したい。そう伝えるだけなのに、口から出たのは

「大丈夫だよ」

だけだった。

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