暁のマルコ

ひま☆やん

暁のマルコ

 月曜の朝、いつも通りの時間に目を覚ます。窓からカーテン越しに差し込む光が、今日も良い天気だと教えてくれた。今週も穏やかな、良き一週間になる事を祈ろう。

 パジャマから学校の制服に着替え、ダイニングのドアを開く。

「おはよう」

 母と父に目覚めの挨拶を交わす。

 何気ない日常。これがいつも通りの、朝の日課だ。

「おはよう、マルコ」

 母が新聞を読みながら微笑を浮かべ、返事をする。

「ヴヴヴヴヴ」

 父も変わらず、挨拶を返してくれる。

 いつもと変わらぬ朝だ。だが、それが良い。

 母は毎朝、新聞を三紙読み、テレビのニュースもチェックを怠らない。会社では仕事をバリバリこなすキャリアウーマンだと聞いている。

 こうして自宅のダイニングにいる時ですら、一切隙を見せない。間違い無く地上最強の女であろう。私も地上最強の美少女を自負しているが、母には勝てる気がしない。

 だがいつの日か、きっと母を越えてみせよう。

 父は三千年以上前からヒトになる為の修行を続けている。長年かけて全身を不自由な形に整形し、長く伸ばした髪にはバラストを結わいている。

 手枷や足枷で自ら体の不自由を課している上、ヒトの言葉を話す事も出来ないが、意思の疎通は取れるので問題無い。

 家事の達人なので我が家の生命線となっているし、ご近所さんとの付き合いも上手くやってくれているようだ。父は偉大なり。

 食卓につく前に洗面所で顔を洗い、髪にブラシをかける。身も心も引き締まるようで気持ちが良い。これも朝の大事な儀式だ。

 食卓につくと、父が既に私の分の朝食を並べてくれていた。やはり日本人の朝は白米に味噌汁だろう。これに納豆やお新香が加われば最強の朝食だと思うのだが、母は私の主張に賛同しつつも、毎朝パンを食している。

 まぁ、母は朝食を摂りながら新聞を読み、テレビのニュースもチェックしているのだから、片手で持てるパンの方が都合良いのだろう。人それぞれだ。

 私も朝食を摂りながらテレビのニュースを視ていたのだが、殺人・放火・強盗など、朝から物騒な話題に事欠かない。

 いつの世も、ヒトは愚かで浅はかな生き物だ。一時の快楽や欲望を満たす為に、他者の命や財産を奪うなぞ、言語道断だ。私がその場に居たならば、迷わず鉄拳制裁するだろう。

 だが母に言わせると、それらも全ては因果律によって動いているのだそうだ。罪を犯す者は罪を犯す為にこの世に生を受け、虐げられる者は虐げられる為にこの世に生を受けるらしい。

 最早私の理解が及ばない領域だが、母ほどの偉大なヒトには全てお見通しなのだろう。私も早く、その領域にまで進みたいと思う。精進するしかないな。


 食事を終えると、学校へ向かうには丁度良い頃合いだ。このまま家を出ても良いのだが、敢えて朝のティータイムを満喫する。

 心に余裕を持つ事、それこそが人生を豊かにする。これは母の教えだ。学校迄の移動時間を考慮し、遅刻にはならぬよう時間調節を行う。

 何も、焦る必要は無い。全ては計算通りだ。

 さぁ、そろそろ学校へ向かおう。

「マルコ、これを忘れてはいけない」

 母がそう言って、私の口にトーストを咥えさせた。

「美少女が学校に向かう時は、トーストを口に咥えるものだ。素敵な出会いがあると良いね」

 母はそう言ってニッコリ微笑んだ。これも毎朝行う日課となっている。

 遅刻遅刻と言いながら学校へ行く道を急ぎ、曲がり角で偶然異性との遭遇を果たす。最早これは、古典的に完成された運命的出会いと呼べるだろう。

 その時はいつ来るのか、誰にも分からない。分からないからこそ、常日頃から備えるべきなのだ。

 さて、行こう。ガレージへ行き、ヘルメットを被ってライディンググローブを着ける。

 私の愛車は暖機の必要が無い。スタンドを払って颯爽と跨り、直ぐにエンジンをスタートさせた。

 Vツインエンジンの独特な振動を感じ、この排気音を聞くとテンションが上がる。コイツとなら何処までも行けそうだし、誰よりも速く走れそうな気分になる。

 だが、目的地は学校だ。私は何よりも安全運転を心掛け、スムーズに走り出す。

 しかし、不思議なものだ。私も既に高校二年生。毎朝母の教えに従って、こうしてトーストを咥えて学校に向かっているのに、運命の出会いは未だ訪れない。出会いをもたらす神様は、何か私を試しているのだろうか?

 イヤ、焦ってはいけないな。人智の及ばぬ神の領域に、どれだけ思いを巡らせたとしても、答えは出ないだろう。

 神様が微笑むのは、決まって無垢のヒトだ。私は無垢の乙女でいなければならないのだ。志は高く、それでいて純真無垢でなければ、真の美少女ではない。

 焦ってはいけない。焦りはヒトの心を狂わせる。狂気の華なぞ、誰も愛さないだろう。私は野に咲く、可憐な華であるべきなのだ。スピードを上げたい気分になるが、グッと我慢する。



 今日も無事に学校へ到着した。最短ルートを最適な速度で、模範的な安全運転で移動したのは上出来だろう。

 駐輪場に愛車を停めて、ヘルメットとグローブを外す。ミラーで簡単に身だしなみを確認したら、後は教室に向かうだけだ。トーストは既に完食している。

 だが、私の前に立ちはだかる者が現れた。

「マルコ、よく来たな!始業前に俺と一勝負してもらおうか!!」

 野球部のキャプテン、髑髏ヶ原すかるがはらだ。懲りないヤツだ、また私に敗北しに来たのか?

「髑髏ヶ原!私は逃げも隠れもしない!お前の挑戦、受けて立つ!!」

 ヤツとの勝負は、これで何度目だろう?一つ確かな事は、私が常勝無敗という事だ。


 野球部のグラウンドに移動して、私はピッチャーマウンドに立つ。

 ヤツとの勝負はただの一球だけ。私が投げたボールをヤツが打てば、私の敗北となる。

 ご大層なお題目や、細かい勝利条件なぞ必要無い。シンプルなルールこそ美しいのだ。

 バッターボックスに立つ髑髏ヶ原を見定める。小細工は必要無い。私はただ、ストレートを全力で投げるだけだ。これまでも、そうして勝って来たのだから。

 小細工を弄するのは、己に自信が無い小心者だけだ。私には小細工なぞ必要無い。

 だが、ヤツは不敵な笑みを浮かべて、こう言った。

「マルコよ、今日こそはお前のボールを打ってみせよう!俺はこの勝負の為に、樹齢八千年の霊木から削り出した、この霊験あらたかな特別製バットを用意したのだ!!」

 何だと!?髑髏ヶ原め、とんでもない武器を用意したものだ!!

 だが、焦る必要は無い。相手がどんな武器を手にしようと、私が取るべき行動はただ一つ。この一球に全身全霊を懸ける、ただそれだけの話だ。

 全身の筋肉が奮い立つ。血液が沸騰しそうな程にテンションが上がる。勝負に挑むヒトは崇高で、とても美しい。己が魂の全てを懸けるのだ。

 髑髏ヶ原も構えを取った。目つきからヤツの本気度が伝わる。恐らくこの勝負に命を懸ける程の意気込みなのだろう。相手にとって不足無し!いざ、尋常に勝負!!

「うおぉりゃぁっ!!」

 ストライクコース目掛けて、全力でボールを投げた!ヤツはこの球を打てるのだろうか!?

「ハイィヤァッ!!」

 ヤツは絶妙なタイミングでフルスイングする!!そしてバットがボールにジャストミートしたその瞬間、髑髏ヶ原のバットは粉々に砕け散った!!

 私の勝ちだ!!私の全力投球は、八千年の歴史に打ち勝ったのだ!!これは人類史に残る大偉業と言えるだろう!!また私が、新たな伝説を生み出したのだ!!

 いつの間にか集まっていたギャラリーからも賞賛の声が上がる。歴史の生き証人達よ、君達は実に運が良い。今見た光景を、末代まで語り継ぐがいいだろう。

 敗北のショックに項垂れている髑髏ヶ原に駆け寄り声をかける。

「髑髏ヶ原、お前はよく頑張った。お前が今見せたスイングは、日本のプロ野球界でも通用するレベルだろう。だが、私は地上最強の美少女だ。メジャーリーグレベルが最低ラインだと心得ておくがいい」

 そう言って、髑髏ヶ原と握手を交わす。全身全霊を懸けた勝負の後に残るのは友情だ。そこには男女の垣根なぞ無い。

 嗚呼、なんと美しい事か。お互い青春の1ページに、また新たな一節が刻み込まれた瞬間だ……。

「マルコ……、お前の全力投球、最高にシビれたぜ。だが、これで終わりじゃない。俺はまた特訓を重ねて、いつの日か再度お前に挑むだろう!!」

 髑髏ヶ原の目が燃えている。敗北してもなお、ヤツの内に秘めた炎は燃えさかっているのだ。この炎は誰にも消せないだろう。

「いいとも。お前の挑戦、いつでも受けて立とう!」

 ギャラリーからも万雷の拍手と賞賛の声が止まない。朝から最高の勝負が出来て、私も心から満足している。今日は良き1日となりそうだ。



 学生の本分は勉学だ。私は常に授業は真面目に、真摯に受けている。

 地上最強の美少女である私には、苦手教科が無い。学問には先人の知識・知恵・経験が満ち溢れていて、実に興味深いものだ。

 アーカイブに触れると、情報の海に飛び込んだ様な気分になる。辺り一面、様々な情報が溢れている……。

 全てを知り、全てを理解するのに、どれだけの時間を費やさなければならないのだろうか?気が遠くなるような労力が必要だろうが、ヒトは情報に触れる度に成長するものだ。

 私の母は大学院まで卒業しているのだが、まだまだ人生で学ぶべき事はたくさんあると言う。母程の、イヤ、母を越える偉大な存在を目指すのなら、高校レベルの勉学はまだ易しいものだろう。日々是精進、学問に近道は無いのだ。

「マルコ、この数学テスト、僕と勝負をしてくれないか?」

 隣の席の男子学級委員、虚空蔵菩薩ちえのかみが小声で囁いて来た。常に中間テストと期末テストで学年1位を取り続けている秀才だ。

 このテストに余程自信があると見える。相手にとって不足無し!!

「良いだろう、その勝負受けて立とう!」

 私も小声で答えた。私は地上最強の美少女だ。その実力は、学業においても遺憾なく発揮される。さぁ、始めようじゃないか。


 終了時間になり、テスト用紙は回収された。

 だが、出された問題と答えは全て記憶している。虚空蔵菩薩もそれは同様で、早速二人で答え合わせを行った。

 結果としては、二人揃って自己採点は満点であった。この勝負、引き分けとなってしまったか。

 まぁ、学力テストは点数に上限がある以上、仕方が無い事だろう。数学のテストに芸術点や独創点なぞ無い。ここはお互いの健闘を称えて、今後もたゆまぬ努力を誓い合い握手した。

 お互いに最良の結果を得る事が出来たのだ。それだけで充分ではないか。

 友よ、お互い更なる高みを目指そう。学問とは果てしなく遠く険しい道なのだ。探究心こそがヒトを成長へと導く。共に成長の喜びを分かち合えるよう精進しよう。



「マルコ!俺と勝負をしてもらおうか!!」

 次の休み時間には、空手部の極道きわみちが私に勝負を挑んで来た。この男とは何度目の勝負になるのだろう?

 だが、ヤツは私に考える暇も与えず襲い掛かって来た!!

 美少女にとっては、段取りも重要な事なのだよ。それをすっ飛ばして襲い掛かるなぞ、不作法極まりないではないか。

 いいだろう、相手をしてやる。少しばかり、私のイタズラ心がくすぐられた。

「ぬぅんっ!!とぅりゃっ!!」

 ヤツの拳が、蹴りが虚空を貫くが、私の体には一切触れさせない。フッ、その調子では、千年経っても私を倒せぬぞ?

 どうした、極道よ。私は此処に居るぞ。そうだ、お前の目の前だ。

 私のシャツの袖先一つ、スカートの端一つでも触れる事が出来たなら、お前を一人前の武人として認めてやろう。

 極道との勝負はダンスに似ている。男女が呼吸を合わせて、流れるように様々な動きをギャラリーに見せるのだ。

 イヤ、『魅せる』だな。その証拠に、教室に居る全員が、歓声を上げながら私達の勝負の行く末を見守っている。ギャラリーの期待に応えねば、真の美少女を名乗る資格は無いだろう。

 優雅に華麗に、美しくなければならない。地上最強の美少女である私なら適役だ。さぁ極道よ、お前もギャラリーの期待に応えるがいい!!

「ハハハッ、極道よ、最高に楽しいじゃないか。前回の対決時よりも、動きが冴え渡っているのではないか?だが、私を捉えるには、まだ修行が足りないようだな!!」

 極道の豪腕を指先で華麗に受け流し、私はカウンターでヤツの急所に寸止めした。実力差は明らかだったようだな。精進するがいい。

「……参った、俺の負けだ」

 教室内は拍手喝采、一流ミュージシャンのライブ会場の様な盛り上がりを見せる。

「極道、今回も私の勝ちだが、お前も確実に前回より実力は上がっている。たゆまぬ努力を忘れるな」

 そう言って、極道と握手を交わす。これも友情だ。

 まったく、美少女というのは忙しいものだ。次から次へと男達が寄って来る。

「……俺もまだまだ、修行が足りないな。段位を上げて喜んだものの、お前の相手をするには、まだ及ばなかったようだ。だが、俺は更なる高みを目指す!いつの日か、また再戦を申し込ませてもらおう!!」

 この男も、瞳の奥に燃えさかる炎を宿している。髑髏ヶ原も虚空蔵菩薩も、この極道にしても、強い意志を持って己を高めようとする男は良いものだ。

「極道、お前の思いは確かに受け止めた。更なる修練を積み重ね、より強くなったお前と再び相まみえる日を楽しみにしているぞ!」

 私は勝負を挑む者からは逃げたりしない。これは地上最強の美少女である私の責務だ。責任を背負わない者に権利は与えられない。自由になりたくば、権利を放棄すれば良いのだ。

 私は自分が美少女である事を自覚している。地上最強の女、マリアの血を受け継ぎ、美貌も受け継いだ。この上なく恵まれた家庭に授かった『命』として、生まれながらに背負っているものがあるのだ。

 颯爽と教室を出ようとしたら、女子学級委員の絢爛けんらん神楽かぐらに呼び止められた。

「嗚呼マルコ、貴女は何処へ行くの?また新たな挑戦者をお捜しなのかしら?」

 他の同級生も極道も、私に何か期待するかの様な視線を向けている。

 私は微笑を浮かべて、彼女達に答えた。

「詮索はよしてくれ。乙女は人知れず、お花摘みに行くものだよ」



 昼休み。束の間の休息。食事は健康の礎だ。

 私は学校では、いつも学食のスペシャルランチを食べる事に決めている。副菜の豪華さとボリューム、栄養バランス等、全てにおいて『スペシャル』と冠するに相応しい逸品となっているからだ。

 だが、一つ問題がある。スペシャルランチは1日二十食限定となっており、毎日熾烈な争奪戦が繰り広げられているのだ。

 学食とは言え、商売である以上仕方が無い事だろう。数量限定にしなければ採算が取れないものと思われる。

 正に選ばれし者のみが得られる特別なメニュー。地上最強の美少女である私に相応しい昼食と言えるだろう。

 今日も昼休みを告げるチャイムが校内に鳴り響くと、学校中の教室からスペシャルランチを求める者が躍り出た!

 皆、スペシャルランチを狙って殺気立っているようだ。一触即発、わずかな油断も命取りになるだろう。私も後れを取る訳にはいかない。

「マルコ!お前もスペシャルランチを狙っているのだろう?栄光の座、俺に譲ってもらうぞ!!」

 隣のクラスの食堂じきどうが、雄々しく声をあげる。ヤツもこの争奪戦で常連になっている男で、我が宿命のライバルだ。

 だが、そう易々と栄光の座を譲るつもりは無い!学食目指して全力疾走する!!

 何だこれは!?学食へ続く道に、いつの間にかトラップが仕掛けられている!?一体誰が、このような罠を仕掛けたのだろう!?

 竹槍・吊り天井・落とし穴に地雷まで仕掛けられている。だが、私の行く手を阻む事は出来ない。今の私は、飢えた狼だ!野生の獣だ!!

 数々の罠を潜り抜け、学食の前に辿り着いた!だが、私達の前に立ちはだかる者がいる!!

「マルコよ、よくぞ此処まで辿り着いたなぁ!だが、今日のスペシャルランチはフライの盛り合わせに、デザートとしてプリンが付いている。これは絶対に譲る訳にはいかんなぁ!!」

 三年の満腹みつはら先輩だ!これはかなりの強敵だぞ!?この学校で、過去最高のスペシャルランチ獲得数を記録している伝説の男だ!!授業には出ずに、学食のみで目撃されているとの噂もある。

「満腹先輩、学食は貴方のテリトリーかもしれない。ですが、スペシャルランチは1日二十食限定の品。貴方以外の十九人に、私が入れば良いだけの事です!!」

 そう宣言した。だが、先輩も黙って通してはくれない。

「そうはいかんのだ、マルコよ。今日は俺が可愛がっている、柔道部の後輩にスペシャルランチを食わせてやりたいのだ。お前達が座る席は残されていないって事だよ!!」

 何と言う横暴!!何と言う暴挙!!だが、大人しく従うつもりは無い!!私の栄養補給がかかっているのだ!!

「満腹先輩の後輩を思う気持ちには、深く感銘を受けます。ですが、私も大人しく栄光の座を譲るつもりはありません!!地上最強の美少女として、何としても此処を通らせて頂きます!!」

 そう言って、構えを取った。満腹先輩と食堂との三すくみになっている……。

 満腹先輩とも食堂とも拳を交えた事はあるが、今私が置かれている状況は、非常にマズい。1対1なら単純に対戦相手に集中出来るのだが、満腹先輩にも食堂にも隙を見せる訳にはいかないのだ。

 最初に動くのは誰だ……?ピンと張り詰めた空気に変わる……。私達三人の殺気が、空間を歪めているかの様な錯覚を感じた……。

「行くぞっ!!」

 最初に動いたのは、意外にも食堂だった。ヤツは満腹先輩に、無謀にも柔道の構えで組み付いた!!

 そんな馬鹿な……、満腹先輩は高校生でありながら、実質的には柔道十段を超える実力者だぞ!?お前の腕では勝ち目が無い!!

 だが、ヤツは必死に満腹先輩に食らいつく。そして微笑を浮かべながら、こう言った。

「マルコよ、ここは共闘作戦と行こうじゃないか。満腹先輩に、俺達二年生の意地を見せてやろう!!共にスペシャルランチを勝ち取ろうじゃないか!!」

 嗚呼、なんという事だろう!!食堂は己だけではなく、私の事まで気遣ってくれているのか!!早く学食に入らねば、スペシャルランチの権利を失うかもしれないというのに、この男はライバルである私にも、共に勝利を獲得しようと言ってくれている!!これこそが友情の素晴らしさだ!!

「食堂、その気遣い感謝する!!地上最強の美少女である私と組めば、お前にはもう恐れるものなぞ無い!!共に倒そう、満腹先輩を!!」

 二人がかりで満腹先輩に組み付いた。先輩も必死に振り解こうとするが、私達も我武者羅に食らいつく。

 身長2メートル、体重百五十キロという、超高校生級の体格を持った満腹先輩も、私達二人を同時に相手するのは厳しいようだ。

「よし、後は私に任せろ!竜巻真空投げを食らわせてやる!!」

 そう言って、満腹先輩を豪快に投げ飛ばした!!百五十キロの巨体が宙に舞う!!おそらく飛距離五十メートル程は行ったはずだ。また私が、新たな伝説を作ってしまったか。

 イヤ、この偉業は食堂との共闘で為し得た事だ。友よ、心から感謝しよう。

 食堂と互いの目を見て微笑み合った。言葉を交わさずとも、互いの思いは一緒だ。強敵を倒した達成感と高揚感。どんな言葉で飾ろうとも陳腐になるだろう。

 私達は無言でハイタッチをして、学食に入った。

「あらマルコちゃんに食堂君。ゴメンなさいね。スペシャルランチ、ついさっき売り切れちゃったよ」

 学食のおばちゃんにそう言われ、言葉を失った。

 何という事だろう!私達が歴史に残る大勝負を繰り広げている間に、他の生徒に先を越されてしまったのか!?勝利の女神は気紛れだ!気紛れ過ぎる!!

 だが、落ち込んでいる暇は無い。過ぎ去った時間は戻らないし、私達人類は未来に向かって突き進むしか無いのだ。

「それでは……、カツ丼とラーメンを頂こう。どちらも大盛りで頼みます」



 食事を終えて一息吐いた。スペシャルランチを獲得出来なかったのは残念だが、食堂との共闘で得たものは大きかったと思う。

 友との共闘、友情の素晴らしさ。共に力を合わせて強敵を倒した達成感は、何物にも代えられない。私はその余韻に浸りながら、校庭を散歩していた。

 嗚呼、校庭の片隅に咲く花壇の花も、小鳥達のさえずりも、まるで私を祝福してくれているかのようだ……。

 すれ違う人達全てが、私に笑顔で挨拶してくれる。最高に良い気分だ。

「マルコ、こんな所に居たのか。ちょっと食後の腹ごなしに付き合ってもらおうか!!」

 そう声をかけて来たのは、三年の魔神十字さたんくろす先輩だ!この学校では最強の男だと噂されており、留年を重ねて既に三十歳を過ぎているとも聞いている。

 私も地上最強の美少女を名乗る以上、この先輩との対決は避けて通れないだろう。面白い。相手にとって不足無し!!

「魔神十字先輩、貴方と拳を交える事を光栄に思います!地上最強の美少女として、喜んでこの勝負、お受けしましょう!!」

 魔神十字先輩と向かい合い、構えを取る。先輩の威圧感は途轍もなく強烈だ。身長3メートルを超える巨体に、押し潰されてしまいそうな錯覚を感じてしまう。

 鍛え上げられた全身の筋肉は、学生服をパンパンに張り詰めており、その豪腕から繰り出す強烈な一撃は、校舎の壁すら容易く打ち抜くだろう。決して油断してはならない。

 だが、恐れるな。私は地上最強の美少女なのだ。過去にどんな強敵と闘っても、勝ち続けた実績があるではないか。

 魔神十字先輩は確かに強いだろう。だが、相手も同じ人間、同じ高校生なのだ。学年が一つ違うぐらいはハンデにもならない。何としてでも勝ってみせよう!!

「はあぁっ!!」

 真正面から先輩の鳩尾目掛け、全力パンチを叩き込む!!何て筋肉だ!?まるでコンクリートの塊を殴ったような感触だ!!

「フッ、効かんなぁ?マルコよ。その程度の打撃で、俺は倒せぬぞ?」

 先輩はそう言って、拳を振り下ろした!!

 間一髪、その攻撃をかわしたのだが、地面にはまるで、隕石が落下したかのようなクレーターが出来た。この攻撃を一度でも食らえば致命傷になるだろう。だが、当たらなければどうという事は無い。

 休む暇も無く、強烈な打撃を立て続けに繰り出す魔神十字先輩。紙一重でそれらをかわし続けるが、衝撃波で私のシャツが、スカートが、ズタズタに切り裂かれてしまった。

 ギャラリーの前で下着を晒すのは不本意だが、今は些細な事を気に掛けている場合では無い。乙女に相応しい純白の下着なので構わないだろう。

 それよりも魔神十字先輩だ。間違いなく、過去経験した事が無いレベルの強さだ。この強敵を、どう攻略するべきか?

 ……イヤ、考えるな、感じ取れ。母も言っていたではないか。修練を積んだ者は、考える前に自然と体が動くものだと。

 先輩の動きを見るのではない。感じ取るのだ。大自然の息吹に呼応して、荒々しく『気』が流れているのが分かる……。

 先輩が荒れ狂う嵐ならば、私は全てを受け止める地球。イヤ、全てを包含する宇宙だ。深遠なる大宇宙では、地上の嵐なぞそよ風にすぎない。全ては私の手の内、恐れる事は何も無い!!

「はあっ!!」

 魔神十字先輩の猛攻をかわしつつ、カウンターを入れる!

 的確に、効果的に、急所を狙って打撃を加える!一発で効かないなら二発、三発、何度でも打ち込んでやる!

 諦めるな!弱音を吐くな!数え切れない程の連撃を叩き込んでやれ!地上最強の美少女である私になら、それが出来る!!

「ぐあぁぁぁ~っ!!」

 激しい攻防の末、私の攻撃に耐えきれず、魔神十字先輩は苦悶の表情を浮かべ、断末魔を上げながら倒れた。

 ……勝った。私が勝ったのだ!校内最強の男である魔神十字先輩に、地上最強の美少女であるこの私が勝利したのだ!!

 ギャラリーからの拍手喝采が止まらない。教師も含めて学校中から祝福されているようだ。それは当然だろう。あの生ける伝説、魔神十字先輩に勝利したのだから。

 いくら私が地上最強の美少女だとは言え、誰がこの結果を予想出来ただろう?圧倒的に体格の勝る相手を叩き伏せたのだ。また私が、新たな伝説を作った瞬間だ。

 ギャラリーの声援に応え、拳を高く突き上げアピールする。最高に良い気分だ!

「マルコ……、見事な戦い振りだった。さすがは地上最強の美少女を名乗るだけはあるな……」

 魔神十字先輩が息も絶え絶えに、そう言った。先輩、無理をしてはいけない。私が与えたダメージ量は、常人ならば十三回は死に至る程のものであろう。

 だが、先輩はふらつきながらも上着を脱いで、私に優しく羽織らせてくれた。

「可憐な乙女が衆人環視の中、下着姿を晒してしまってはいかんな……。その上着は返さなくとも良い……」

 先輩の一言に、思わず赤面してしまった。

 そうだ、激しい闘いを終えた今の私は、ほとんど半裸状態ではないか。闘いに集中している間は気にも留めなかったが、急に羞恥心が込み上げて来た。

「先輩……、ありがとうございます。とても良い勝負でした」



 午後の授業。私は魔神十字先輩の上着を身に着け、授業を受けている。

 先輩の上着はとても暖かい。サイズ的にも、私が着るとコートの様な着丈になるので具合が良かった。

 先輩との激闘を思い返していたのだが、我ながらよく勝利出来たものだと感心している。一歩間違えば死んでいたかもしれないのだ。

 だが、私は地上最強の美少女だ。勝つべくして勝ったとも言えるだろう。

 しかし……、先輩に優しく上着を羽織らされた時には、不覚にも胸がときめいてしまった。あれ程荒々しく猛々しい魔神十字先輩が、意外にも紳士的だったのだ。今思い出しても、顔が熱くなる……。

 この気持ちは『恋』なのだろうか?私は魔神十字先輩に恋しているのだろうか?

 ……否。私は先輩と闘って勝利したのだ。私が恋するのに相応しい男は、私よりも強い男であるべきだ。

 この学校で最強の男である魔神十字先輩を倒したという事は、校内に私が恋する相手は居なくなってしまったのだろうか……?

 うむ、今は居ないのだろう。

 だが、これから誰かが、新しく最強の座に現れるのかもしれない。

 その時がいつ来るのか分からないが、きっと今、こうして私が勉学に励んでいる間にも、修練を積んでいるのやもしれぬ。

 私も負けていられないな。たゆまぬ努力、飽くなき強さへの探求、燃えさかる情熱を持って、地上最強の美少女であり続けなければならない。

 もしかしたら、私が今迄に倒して来た相手の中から、新たな最強の男が現れるのかもしれないのだ。過去の対戦相手全てに敬意を持つべきだろう。



 放課後。私は部活動に参加していないので、特段用事が無い日は、速やかに帰宅する事にしている。

 さすがに今日は、魔神十字先輩を倒したのだから、これ以上私に勝負を挑む者も現れなかった。

 地上最強というのは、得てして孤独になるものらしい。私の母は地上最強の女であるが故、中々結婚する事が出来ずに苦労したと聞いている。

 だが、そんな母にも父との出会いがあった。若かりし日、最強の男を求めて世界中を旅した際、人里離れた未開の大地で、孤独に黙々と修行を続ける父と出会ったのだそうだ。

 母は父を相手に、百日間に及ぶ不眠不休の激闘を繰り広げたそうだが、どうしても父を倒す事が出来なかったらしい。

 父は一切攻撃をせず、防御すらもせずに母の攻撃をひたすら受け続け、耐えしのいだ。それでも、どうしても倒す事が出来なかったと言うのだ。

 そこから先はスピード婚。嫌がる父を無理矢理日本に連れて帰り、強引に日本国籍も取得させて結婚したのだそうだ。母の行動力には脱帽するしかない。

 父も最初は環境の変化に戸惑ったそうだが、今では立派に主夫をやりながら、ヒトになる為の修行を継続している。愛とはそういうものなのだろう。

 私にもいつの日か、母が父と出会ったように、どうしても勝てぬ相手と巡り会う日が来るのだろうか……?

 きっと来るだろう。世界は広いのだ。まだ見ぬ強敵は、星の数ほどいるだろう。

 今の私は自宅と学校を行き来する程度の、まだまだ行動範囲の狭い高校生なのだから。この町を出れば、この国を出れば、この星を出れば、また新たな強敵と巡り会えるだろう。


 突然、町中にサイレンが鳴り響く!一体何だ?何が起こったというのだ!?

「緊急警報!緊急警報!所属不明の飛行物体が接近しています!一般市民は速やかに避難して下さい!繰り返します、所属不明の飛行物体が接近しています!危険ですので、一般市民は速やかに安全な場所へ避難して下さい!」

 所属不明の飛行物体だと!?一体何が来たというのだ!?

 逃げ惑う人々の間を潜り抜け、私は迷わず前へと進む。

 空を見上げると、遠くから何かが迫って来るのが見えるのだが、あれは一体何だろう?飛行機でもないし、ミサイルでもなさそうだ。

 得体の知れぬものへの恐怖心から、一般人は完全にパニックになっている。君達は早く逃げるがいい。ここからは命のやり取りが始まると、私の本能が訴えている。此処は危険だ。戦う牙を持たぬ者は速やかに退避せよ。

 そしてソレは、私の前に落着した。何とも異様な物体だ。何を目的に作られた代物なのか、見た目ではサッパリ分からない。迂闊に近寄る事すらも憚られるな……。

 だがソレは、突然機械音を唸らせて形を変える。出来上がったのは人型……、これはロボット兵器なのか!?中に何者かが搭乗しているのだろうか!?

 判別不能な機械音を発して、首を左右に振っている。辺りを見回しているようだ。

 そしてヤツは突然、逃げ惑う市民に向けて発砲した!!

 何と言う事だ、よりによって、戦う牙を持たぬ一般市民を真っ先に攻撃するなんて!!

「おい貴様、止めるんだ!!逃げ惑う一般市民を攻撃するなぞ、言語道断!!お前の相手は地上最強の美少女である、この私がしてやろう!!」

 そう言って、本気の全力パンチを叩き込んでやる。釣り鐘を叩いた様に大きな打撃音が響いたが、ヤツの装甲はとても硬く、ダメージを与えるには力不足らしい。

 だが、ヤツは攻撃のターゲットを私に切り替えたようだ。一般市民が避難する時間を稼げたのなら上出来だ。

 問題は、コイツをどう倒すのか?という事だが、私は地上最強の美少女だ。魔神十字先輩にも勝てたのだから、この得体の知れないロボットにも勝てるだろう!!

「はぁっ!!はっ!!」

 次から次へと、ありとあらゆる打撃技を繰り出す!出し惜しみはしない!持てる力、持てる全ての技をぶつけてやれ!!

 ヤツも腕を振り回し、機銃を掃射するが、そんなスピードで私を捉えられると思うなよ!

 今の私は怒りに震えているのだ。戦う牙を持たぬ者、無辜の弱者、それを真っ先に攻撃したコイツは、間違いなく『悪』だ!!

 私は面白い事は大好きだが、悪い事は許せない性格なのだよ。誰が何の目的でこんな物を作ったのかは知らないが、このまま見過ごす訳にはいかない!!

 しかし……、コイツの装甲は、一体何を使っているのだ?何度打撃を加えようとも、わずかなへこみすら与えられないじゃないか。

 雨垂れ石を穿つという言葉があるが、コイツの装甲に私の打撃は通用するのだろうか……?

 迷うな、突き進め。己の信念に従って行動しろ!私は正義だ!弱者を守る正義だ!正義が負けるはずがない!悪は完膚なきまでに叩きのめしてやれ!!

「マルコぉぉぉっ!!」

 背後からの雄叫びと、強烈な闘気を感じて振り向いたら、魔神十字先輩が駆けつけてくれていた!

 それだけじゃない。髑髏ヶ原、虚空蔵菩薩、極道、食堂に満腹先輩もいる。みんな、応援に来てくれたのか!!

「マルコよ!義により我ら、助太刀する!」

 嗚呼、何て素晴らしい事だろう!激闘を繰り広げたライバル達が、『友』として助けに来てくれたのだ!!私は地上最強で、地上最高に幸福な美少女だ!!

 歌え、凱歌を!奏でよ、勝利のメロディーを!天上の神々や天使達も祝福してくれているだろう。天は我に味方した!!

「みんな、ありがとう!心から感謝する!!」

 私は孤独ではない。共闘してくれる仲間がいるのだ。友がいるのだ。一人では困難な事であっても、友となら成し遂げられるだろう!必ずやこの闘いに勝利してみせよう!!

「マルコ、この闘いは野球勝負じゃないから、俺も禁じ手を使うぜ!ヤツのボディに、この重爆釘バットを叩き込んでやる!」

 髑髏ヶ原がそう言って、不敵な笑みを浮かべる。この男、そんな武器も持っていたのか。頼もしい限りだ。

「マルコ、僕の計算ではヤツの構造上、応力が集中するポイントが数カ所ある。そこを集中的に攻撃すれば破壊可能なはずだ」

 虚空蔵菩薩がそう言った。さすがは学年1の秀才だ。作戦参謀として相応しい能力を持っている。

「打撃技なら俺に任せろ!徒手空拳において、空手こそが最強の武術だと証明してみせる!」

 極道がそう言い、グッと拳を握った。この男の愚直な打撃は、こういう場面で頼りになるだろう。実戦空手の神髄を見せてやれ!

「あのデカブツの中にどんなヤツが乗っているのか知らんが、目の前で俺が美味そうに飯を食ってやる!食欲を抑えられずに飛び出て来たら、みんなでタコ殴りにしてやろうぜ!」

 食堂は何処で用意したのか、食欲をそそる、とても美味そうなトンカツ定食を両手に携えている。さすがは食堂だ!この戦場いくさばで心理戦を挑むとは、私には思い付かなかった!

「見たところ、ヤツの重量は30トンを優に超えているだろう……。だが、俺も重量級同士の闘いには慣れているのでなぁ!相手にとって不足は無い!」

 満腹先輩も心強い!柔よく剛を制すと言うではないか。私が満腹先輩を投げ飛ばしたように、満腹先輩もあのロボットを投げる事が出来るはずだ!

「フンッ、徒党を組むのは好きじゃないのだが、今日は特別だ。お前達、覚悟は良いか?マルコを中心に、全員一斉に飛びかかるぞ!!」

 魔神十字先輩!学校最強の男が共に戦ってくれるのだ!もうこの戦いは、勝ったも同然だろう!!

「みんな……、本当にありがとう!さぁ、共に倒そう、悪のロボット兵器を!!」

 我らに正義有り!力持ちて正しき者、勝利こそが必然だ!!

 虚空蔵菩薩は皆に敵のウイークポイントを教え、髑髏ヶ原がバットをフルスイングし、極道は拳を乱れ打つ!食堂が挑発的に、さも美味そうに飯を食らい、満腹先輩はヤツの腕を取って投げの体勢に入っている!

「ぬぅおりゃぁっ!!」

 魔神十字先輩は、ヤツの機銃を力ずくでねじ曲げた!もの凄いパワーだ!これで、一般人への被害を食い止められるだろう。私も心置きなく戦える!

「マルコ、飛べっ!天高く舞い上がれっ!!」

 魔神十字先輩が体勢を低くして、両手を差し出した。私はそれを踏み台に、空高く舞い上がる!!

 先輩の力も加わり、成層圏まで飛び上がりそうな勢いだ!まるで私は天使の様ではないか!イヤ、正しく天の使い!我ら正義の使徒の、怒りの一撃を食らうがいい!!

「食らえぇぇぇっ!!」

 全体重を乗せた、全身全霊を込めたキックを、ヤツの脳天に食らわせる!!乙女の体重は国家機密レベルの極秘事項だが、とにかく、通常の三倍以上は威力の高まった一撃だ!この緊迫した状況でも、食堂は三角食べを死守している!!

 すると、ようやくヤツの動きが止まった。体の節々から火花を飛ばし、ガクガクと震えたかと思うと、膝を折り、崩れるように倒れた。食堂はまだ飯を食っている。

 勝った……のだろうか?皆遠巻きに様子を窺っていたのだが、再び動き出す気配は見せない。

 恐る恐る近づくと、何か雑音混じりの音声が、スピーカーから再生され始めた。

「ガ…ガ…ガガガー、ピー、あ~、諸君、このメッセージを聞いているのなら、コイツを倒したという事か。どうやら私の計算違いだったようだな。私が送り込んだ汎用人型兵器の試作機を倒したのは褒めてやろう。だが、ゲームは始まったばかりだ。既に私は、汎用人型兵器の改良と量産に入っているだろう。全世界の民に告げる。これは宣戦布告だ。我が組織が保有する圧倒的な化学力と戦力で、全世界を支配してやろう。この世界に必要なのは、絶対的な強さを持つ指導者なのだ。覚えておくがいい。これは全ての始まりに過ぎない」

 音声はそこで途切れた。

 すると魔神十字先輩が、

「全員離れろっ!!」

 と叫んだ瞬間、ロボットは盛大に爆発した!!

 コイツ、自爆装置が仕込まれていたのか!?先輩のお陰で間一髪、皆爆発には巻き込まれずに済んだようだ。食堂も食事を終えて箸を置いた。

 どうやらコイツは、無人兵器だったみたいだ。パイロットが居たなら引きずり出して鉄拳制裁してやるところだが、無人機が自爆されてはどうしようもない。

 しかし……、正体の分からぬ音声からは、何やら不穏な発言が聞き取れた。

 汎用人型兵器の量産、そして宣戦布告か……。これは警察の手に負えないだろうし、かと言って放置する訳にはいかないな……。

「みんな聞いてくれ。私はこれから旅に出ようかと思う。世界を支配すると言う謎の組織を放っておく訳にはいかない。これは正義を信条とし、自他共に地上最強の美少女として認められている私の役目だ。いつの日か、真の平和を取り戻した時に再会しよう!」

 そう言って、歩き出す。一先ず自宅に戻り、旅の支度を調えなくてはならないな。母も父も、きっと笑顔で見送ってくれるだろう。

 そう思ったのだが、食堂に引き留められた。

「マルコ、水くさい事を言っているんじゃねぇよ!俺達も一緒に行くぜ!」

 食堂……、お前、頬に飯粒が付いているぞ。

「食堂、これから先は修羅の道。倒すべき敵が何処に居るのかも分からないし、命を落とすかもしれないのだぞ?」

 私がそう言うと、食堂は微笑みながら、こう言った。

「覚悟はとっくに出来ているさ!みんなで一緒に行こうぜ!俺達全員、友達だろう?」

 食堂だけじゃない。髑髏ヶ原も虚空蔵菩薩も、極道も満腹先輩や魔神十字先輩だって、皆私に微笑み、一緒に行くと言い出した。

 嗚呼、何と素晴らしき友情だろう!私はこれまで、数々の修羅場を潜り抜けて来たが、その結果最高の友を得ていたのだ!!

 人生は素晴らしく、とても美しい!この瞬間よ、永遠であれ!!この素晴らしき友と一緒であれば、私は何処までも行けるだろうし、どんな強敵にだって勝てるはずだ!!

 今この瞬間から、私達は世界の命運を懸けた戦いの舞台に立ったのだ。必ずや、世界征服を目論む悪の秘密組織を倒してみせよう!!これが全ての始まりだ!!

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暁のマルコ ひま☆やん @himayan

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