第4話『オルタナティブ・コース』

 その空を、誰よりも覚えてる。

花が咲き乱れ、蒼く突き刺したような空に包まれた、あるキヲク。

それはまるで、夢の様な一日だった。

その側にいたのは――


 「おらっ! さっさと歩けよ、このバケモン!」

そんなことを言われながら、僕は引きずられていた。

……おかしい。何かが違う。予定が違う。

こんなこと、全く想像できないじゃないか。

「ちょ……ちょっと……! 自分で言うのもなんだけどさ。僕、結構な化け物だよ?  ポジティブな殺人装置だよ? キミの事なんて……たぶんすぐ殺せるよ?」

「あぁ⁉ 知るか! 殺すなら殺せッ! 意外とそっちの方が楽だ! まぁ、俺を殺すほどの余裕が、お前にあるかって話だけどな!」

「えぇ……」

確かに、そんな気にはなれない。

気分の問題かと思うかもしれないが、案外人間的な思考で言うと、そんな感じなのだ。

「なんだ、それ。それじゃあ人間の頃と変わらないじゃないか」

あの、虐げられていた日常と。何も。

***

 「……で、そいつの情報を詳しく聞かせてくれないか?」

デオン隊長が、横になっている俺の目の前で、ガキどもの情報を聞いている。

「そいつは俺も聞いておきたい。大体、戦術的覚醒を果たしたガキとか聞いてないぞ? レイ、どういうことだ」

「どういうこともこういう事もないよ。ダグマが船に戻った後に、そいつは現れたんだから」

「で、そいつの能力は分かるか?」

「はいデオン隊長。奴の能力は、おそらく”煙”に由来するものです。すぐに逃げましたが……足元に漂うケムリが見えました」

「なるほどな……おっと、見えてきたぜ?」

窓の外を見る。

そこには、逃げている二人の子供がいた。

(……ぶち殺してやる)

***

 そいつは、空から降ってきた。

巨大で、黒い雲から、僕の真上を堕ちて。そいつは、降ってきたのだ。

「よぉ、ガキども。そろそろ、おねんねの時間じゃあないか?」

「おねんね? オムツ着けた赤ん坊は、この地獄を耐えられませんよ。おじさん」

エルダは挑発的に、道をふさいだ男に歯向かっている。

僕はただ、黙っているだけだった。

「何、ただのガキに用はねぇんだ。俺が興味あるのは――」

その瞬間、僕は視認できた。

二、三本のナイフのような何かを突き出して、こちらに向かってくるのを――

(早い……!)

「よ……っとぉ! 防ぐかい。この、三つ切りの刃を」

「当たり……前だっ!」

煙を固め、刃を空間に固定した。

これでこの三つのナイフ状物体は、こちらに攻撃を仕掛けられない。

そして僕は、新たに攻撃を仕掛けた。

奴の体を――そのまま殴り飛ばした。

だが……

「へっ……戦い慣れはしてねぇか。ならどうして戦術的に……」

「くそっ」

奴は後退して、様子を伺ってやがる。

……なんだか……こいつ……

(腹立つな、クソ)

「さて、そっちの能力が知れた所でだ。俺の能力もお披露目しようか」

「お前の能力……貴様、ギフティアか!!!」

「知ったように喚くな……癪に障る」

怒りを露にしながら、尚も戦闘態勢へと移行していた。

「次は……こっちの番だ」

黒い風が、なびいている。

男は殺す気のようだった。


 飽き性な痛覚が、僕の頬を殴ってくる。

いや、突き刺す感覚だった。

「痛った……ァ!」

その拳は――男のものだった。

なんとなく『デオン』という名前が浮かんできたので、デオンと勝手に呼称しようと思う。

デオンの一発だった。

「オイ、何痛がってんだよ。立てよ。オラ立てよ!!!」

腹に、重い一発が染み出た。

いや突き刺した。

 ゴロリ、と道を転がる僕。

「痛てぇ……一点じゃなくて、複数に痛い……なんだコレ、食い破られるみたいだ……」

まるで嚙みちぎられるような感覚が、僕の体を襲った。

(一発KOって所だな……コレ。まともに喰らってたら、確実にやられるぞ)

蹴られた箇所は、応急措置的に煙化させて直した。

「なるほど……殴る感覚が薄いワケだ。お前、煙の能力だろ?」

厭味ったらしい声に、睨みつけて返す。

「ほう、態度もなってねぇのか。……これじゃあウチで使えねぇな、レイ」

小さくつぶやくと、僕の方へデオンが向かってきた。

 「お前ら、これから生きるつもりか?」

「はぁ? 当たり前じゃん」

「当たり……前だろう……!」

痛みで途絶える呼吸を捕らえて、なんとか声を紡いだ。

「なるほど、じゃあ死ぬしかないな。お前ら」

「おま、え……なに言ってんだよ? このオッサン」

「……あのな、戦場において最も死すべき人間は”無能な働き者”なんだよ。そういう人間はな、死ななくてもいい人間を死なせる。起こらなくていい問題を叩き出す。とにかく、社会において一番邪魔な存在なんだよな。で、お前はこの絶体絶命で生き残ろうとしている。それも、レイやダグマ、そして俺にここまでの強さの見せつけられながら」

「何を言いたい……」

ザっ……と音を立てながら、デオンは止まった。

「分かってるくせによ、だから無能なんだ。。お前たちが生き残る可能性は、万に一つと無い。客観的に見て、お前たちの勝率はゼロだ。勝算も何も、あったものじゃない。なのにもかかわらずだ。ここまで反抗的な態度を見せるのは何故だ。おとなしく殺されればいいのを、ここまで対抗してきたのは何故だ。答えは簡単、無能だからだ。無能だから、俺の強さを測れない。レイの強さを測れない。ダグマの強さを測れない。測れないから、勝算があると思い込む。他には、まぁ何か生き残りたい理由があるとかだが、所詮お前らみたいなガキには大した理由なんてねぇよな。あるわけがない。だからさ、ここで死んでもいいと思うんだ。お前ら」

 「…………」

確かに。

ここで死んでもいいかもしれない。

認めよう。僕には生きる理由がない。

もともと死んだような人間だ。

この、荒れ狂った街を歩いていたのだって……ただの気まぐれだった。

言ってしまえば、その行動原理は通り魔や露出狂となんら変わらないものなんだと自覚する。

僕は、闘争と破壊を求めていた。

だが。

その先に何を求めていたのだろう。

その先に、何が待っていたのだろう。

家族だって……あの、冷たい目をした家族だって死んでるかもしれない。

――あぁ、そう思えばあの時。のは、少し勿体なかったかもしれない。

認めよう。いいや、認めざるを得ない。

僕は怪物なんかじゃない。

ただの、薄汚れたケムリ人間だ。

「か――」

「ふざけんじゃねぇ! このクソ爺!!!」

 息を漏らした瞬間、僕を連れて行った少年が叫んだ。

「あのなぁ! 人に生きる意味を問うとか、お前どんだけ徳の高い人間なんだよ。ぁあ⁉ こちとら能力差があるからって、諦められるような生き方してねぇんだよ! ……人間ってのは、意味があるから生きるんじゃねぇ。生きるから意味が見いだせるんだ! 見ろ、この死体の山を! こいつらにどんな意味があるんだ!!! ねぇだろ! お前たちが積み上げてきた死骸に、死体に、残骸に。意味なんてあるのか⁉ そいつらに意味があるっていうのか⁉ あるわけがねぇ。あるのは、死という悲しすぎる現実だけだ。いいか? 殺しってのは、人に無意味を押し付けるってことだ。自分の利益の為にそいつを無意味無価値とすることだ。発言権を剥奪することだ、生存権を剥奪することだ。そいつを平然とやってのけるてめーらは、大人でも人間でもねぇ! ただの、怪物だ!!!!!!!」

その言葉は、なぜかスッと心に入っていった。

そうか。

生きる事そのものに、意味があるんだ。

よかった。

そんなことを思っていると……

 「フッフッフ……あーっはっはっはっはっはっはははははははは!!!!!!! よくわかったな小僧、いやクソガキィ! そうだ、そうだとも。俺は人間なんかじゃねぇ。そんな下らない枠組みに捕らえられねぇんだ! 俺は、正真正銘の、怪物なんだよなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

その言葉と共に、デオンの体を起点として、ナイフで包まれたドーム状の包囲網が展開された。

「もはや計画など、どうでもいい!! 今は、貴様ら生意気なクソガキどもを教育し て更生させないと気が済まぬわ! 死と、暴力と、恐怖をもってして、貴様ら社会の癌を摘出して見せよう! 貴様らと社会の為に――死ねぇ!!!」

「はん……俺らが為に死ねって? バカもここまでくると重症だな。まったく、おじさんボケ始めてるんじゃねぇのか? ……しょうがねぇ、あれ突破するぞ。バケモン」

「……分かった!」

ドームを見据え、力強くうなずいた。

「おっ、いいじゃん。そういう眼、俺は嫌いじゃないよ。……まぁ、初対面の印象がアレだから、その印象どおりで安心してるだけかもだけど」

「アハハ……とりあえず、あのクソ雑魚おじさんをぶっ殺せばいいのかな」

「おう、その通りだ。……やっぱり、お前はこうじゃないとな」

「うん、じゃあこうしとくよ。……ええっと」

「ああ、名前。時間なかったもんな……えっと。俺は、エルダ。佐々木エルダだ」

「僕はレンマ。兎崎とざきレンマ」

「そうか、じゃあよろしくなレンマ」

「よろしく、エルダ」

その笑顔が、とてもまぶしかった。

きらきらとした笑い顔は、まるで太陽のように僕を照らしてくれていた。

彼なら、きっとできる。

いや――僕らなら、きっとできるはずだ。

「じゃあ――早速、殺し合おうか。怪物さんよぉ!!!」



To Be Continued……




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