第3話『戦術的』

 「誰だ、お前は」

ベランダの上から、レイがそう話しかける。下の男に。

「えぇ? 僕のこと? それってつまり、僕の事? あっは知らないの? 君たちが殺した、この街の住人なのに」

軽さを感じながらも、張り詰めるような殺意が彼に漂っている。

いや本当に……誰なんだ……

***

 地面に突き刺さった足が、痛みを伝えている。

いや……やめよう。人間の感覚を語るのは。

僕はもう、人間じゃないんだから。

「お前、ここの人間か? というか、本当に人間という分類なのか?」

「うん? 人間だよ、さっきまで」

当たり前の事実を僕は話した。

「なるほど……いや、なるほどぉ……まさかの収穫だよ。まさかこの街で、戦術的覚醒に相まみえるだなんてね……!」

霧を固め、男は僕に向けて突き出してきた。

だが、もう遅い。

「一秒」

その瞬間に、僕の煙は離散していた。

「なんだと……!」

「ははっ、無駄な話だよ。僕に攻撃は当てられない。なにせ僕は、超越者なのだから!」

次の瞬間に現れたのは、男と人質の立つベランダだった。

「ちぃ……!」

突如に対処する男。霧で出来た剣は、よく見ると大量の粒で出来上がっていた。

「分かるかい? キミも人ならざる力を持ってるみたいだけど……僕には到底及ばないって話さ!」

「なるほど……お前は、僕の知るギフティアの領域にいない……! じゃあこれは、この力は……戦術的覚醒者を超えた異能ギフトだというのか!」

「えぇ~! わっかんなーい!!!!!」

そうして、競り合いは続いていた。

霧の剣を、煙の僕が霧散し避ける。

余りにも、余りにも皮肉な光景を、差し止めたのは――

「邪魔なんだよ、キメぇんだよ!」

男の拘束を解き、飛び出すように離れる少年。

(なにするつもりだ――)

その思考が追い付かないうちに、彼は僕の腕をとっていた。

「ちょ、君――」

「なにやってんだよバケモン! こっから逃げるぞ!」

引っ張られていく力は強く、霧散する余裕すら僕から奪っていった。


 「……いよぉ!」

と、少年と共にベランダを飛び出して――いや飛び降りる僕。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 落ちる、これ確実に落ちる!」

「ならなんとかしろよケムリ野郎! ここから生きて帰りたいんだったらなぁ!」

「へっ⁉ 生きて……帰る……」

「最も、帰るところなんてないんだけどさ」

その言葉を受けて、僕は少しだけ思っていた。

僕は……生きることを考えてたっけ……?

分からないな。

僕には、分からない。

「とりあえず、この場はなんとかしろよ! こっちはノープランで飛び出してんだぞ!」

「えぇ……」

ドン引きしつつ、僕の体を急速に煙と化させて、体を流動とした。

そうすることにより地面への衝撃を減らせるように、クッションの様な役割を期待して変動させる。

着地するタイミングで、半流動体になるようにしていく。

それが最善の行動だと思っていた。

「ん……!」

着地した衝撃を、僕だけの体に受け止めるようにした。

痛い。

「ありがとう、もう逃げるよ」

そして僕の手を引いて、通りを逃げていった彼と僕。

「ちょっと……! あの人は大丈夫なの!」

「え……? うん、逃げてってエイジに言われたから!」

「お前たち……でいいよな? 今すぐ逃げろ! どこか、どこか遠くへ!」

そうして僕は、主導権もないままに逃げることになった。

***

 「オイ……待ってくれよ……なぁ、待ってくれ――!」

言い終わる前に、レイと名乗った男は後追いを始めた。

俺はその肩を、難なく止める。

「なぁ、ガキ二人くらい逃がしてやってくれよ……」

「あれは……あの力は、まさしく真なる因子の継承者! 原初のせ――」

うるさかったので、がごっと一発殴っておいた。

「……痛いなぁ。痛いよ、エイジ。僕たちの仲じゃないか」

「何言ってんだ、お前。俺たちは殺し合う仲だろうよ。……なぁ、レイ。あんたが俺に少なからず縁を感じているなら、一つ頼まれてくれないか? 子供は殺すな。俺は、大人はいくらでも殺していい。生きてたって、可能性は終着しているからな。だが、子供は違う」

「どう違うってのさ?」

「子供は、未来だ。俺達みたいな、クソ野郎にゃ見れないような未来を、あいつらは作れるんだ」

「はん。未来の可能性に賭けようって話ね。……綺麗事いってんならぶっ飛ばすぞ」

「…………」

黙った俺を、まるで呪うように見つめるレイ。

「未来は今、この瞬間にのみある。それも、平等にだ。お前にも、俺にも。あいつらにも。現在、僕の目の前には最悪で最強で最良の未来が広がっている。神は、実在したんだよ。僕の願いを叶えてくれた」

「お前の願いなんて、興味ねぇよ。あるのはただ一つ、地獄を作った罪だ」

「……罪と罰なんて、簡単に割れるさ。だって人が作ったものだもの」

「お前とは平行線が常のようだ。どうだ、一つ。さっきの続きで殺し合わないか?」

「いいねぇ……いいよ、エイジ。お前は僕の手で――殺してやる」

そういうと既に――俺の腕を潜り抜けて、ナイフがそこにあった。

「遅いな」

「ちぃ……!」

それは、難なくよけれた。

「醜いねぇ。そこまで生き残ろうとするのかい?」

「生憎とな!」

そして、俺の銃剣を突き刺す。成功した。

「ぐ――」

何も言わせない。言わせる時間があるなら、俺はこいつの腹に一発でも弾丸を打ち込んでやる……!

「があああああああ!!!!」

油断したのか、体を透過させない。

そして弾が切れる。

俺は、少し離れたところへと飛んで行った。

「なるほど……お前もまた、尋常ではないな」

「俺が言えるか分かったものじゃないが……あまり人間をなめるな。人類の叡智がこの世界を広げてきたことは、原生の時代から変わらない」

「原生……あはは、そうか。知らないのか。そうかそうか……をっ!」

「はぁ? なに陰謀論言ってんだおま――」

その言葉を待っていたかのように。

空から何かが、零れ落ちた。


 それは、雲というにはあまりにも黒かった。

漆黒に染め上げられ、人類の愚劣を最新兵器として繁栄している。

砲塔は幾つもつけられており、轟音が耳を裂きそうだ。

「おうい! 大丈夫か、レイ!」

「……! デオン隊長!」

雲の中から、一人の男が手を振っている。

あれは誰だろう。

単純な疑問が、俺の脳裏を支配していた。

そして、男が飛び降りる。

「デオン隊長……!」

「ダグマから話は聞いている。一人でよくやった、レイ。後はこちらで対処しよう」

「じゃあダグマは……!」

「あぁ、生きている。二人とも、よく無事だった」

「よかったぁ……」

崩れるように、レイは地面に座り込んだ。

「おいあんた、一体――」

「すまないね」

その一瞬を、俺は忘れないだろう。

なぜって、さ。

「が……あ……なに、を……した……!」

一瞬にして俺の膝は、地面に根を下ろしていた。

「こっちも仕事なんだ。最も、故意に命を取ろうとはしないさ。そりゃ俺たちの目的とは違う、もんでね」

「く……そぉ……」

そして、俺の視界はブラック・アウトした。

***

 しばらくした後。

「さて……ほんじゃま会いにいきますか」

デオン隊長、と呼ばれた男。

かつて、とある小国をという理由だけで壊滅させたという、伝説の男だ。

そんな男の、今回の狙いは――ただ一人だった。

「俺たちに歯向かったっていうガキ――と、レイの話にあったその特異なギフティアに」

To Be Continued……


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