第2話『史上最悪のハッピー・バース・デイ』
さてと。視点は、もう一人の伝説に移ることになる。
凡人でありながら後にレンマと肩を並べ、英雄としても悪魔としても語られる少年の始まりの物語を今、語ろう。
***
畜生、畜生、畜生。
どうしてこうなる。どうしてこうなる……!
空が焼け、光が指さない午後五時。
俺は今、その中を走り回っていた。
家族が生きてるかもわからない。
そもそも、自分が生きてるのかさえも。
ただ今は、現世に惨めったらしくへばりついてる生命で、何とか駆け抜けるだけだ。
畜生。
本当だったら、こんなはずじゃなかったのに。
今日は俺の誕生日だった。
朝、目覚めてすぐにおめでとうが聞こえて、昼間は友達の家でパーティをしていた。
それがどうだ⁉ 今、現在のこの景色は⁉
これが神様からのバースデイケーキなら、謹んでお断りを申し上げるよ!
「畜生……神、様なんて……ゼェ……信じるんじゃ……なかった……」
そもそもとしておかしな話なのだ。
会ったことも、見たこともないような存在に己の命を祈り平服するなんて。
今日から無神論者で生きてやる。
だがそれも、こんな茶番劇を逃げ切ってからだ。
(いつもの道はダメだった……とすると、真反対の橋を渡らないといけないのか……!)
俺の街は、四隅に外の街やらに繋がる通路が一つづつある。
曰く、この街を支配していた四人の領主がそれぞれ作ったものだそうだ。
で、俺の向かっているのは東にある『リオネール大吊橋』だ。
魚市場をこの街に根付かせ、漁業を活性化させた『リオネール卿』という貴族の名が由来だそうだ。
だが……望みは薄いと考える。
(連中……明らかにバトル慣れした奴らだった。出会った人次々と殺されてる。間違いなく、奴らは素人じゃない)
あれほど大量の空域戦艦を用いた大規模なテロだ。
きっと、四隅の出口は塞がれているに違いない。
(くそぉ……だとしたら、また”ふりだしにもどる”じゃねぇか……)
俺――佐々木エルダは空気を噛んだ。
大通りは危険すぎる。
奴らの攻撃は、あまりにもド派手すぎだ。
最も、平和的思考を入手している俺らにとっては、そんな荒唐無稽ささえ毒となる。
つまり、恐怖だ。恐怖を与える事には、成功しすぎている。
(戦闘において、もっとも過激かつ重要視するべきは圧倒的な”恐怖”ッ!! まったく、今週号のバーグに連載されてた『大槌先生』を読んでおいて正解だったぜ!)
最も、ただの漫画雑誌を読んだ程度じゃ、戦う力なんて手に入らないんだけど。
俺は大人だ。それぐらいは、弁えている。
だからこそ俺は――路地裏で人が殺されていくのを、ただ黙ってみていたのだろう。
そういう風に格好つけるから。
惜しくない命だった訳じゃない。むしろもどかしかった。
ただ、足が動かない。ガタガタと震えて、動かないだけだ。
「くそぉ……うご……けっ!」
脚を叩く。何度も叩く。
けれども、まるで腐ったように。死骸のようにソレは動かなかった。
「どうしてだよ……なぁ、どうして……」
思考がまとまらない。意識が混濁していく。
そうか、これが混乱か。
やがて、見ていた殺しが止んで、兵士たちが俺の方へ向かってくる。
「……まったく、無茶言うぜ。この中から、”戦術的覚醒”の可能性を探れだなんて」
「文句を言うなダグマ。これも、仕事の内だ」
「んなもん、千も百も承知だよ。俺が言いたいのは、その仕事に無理があるって話だよ。目撃者を逃がさず、かつ”覚醒”の可能性を探るなんて、まぁ不可能に近いと、そう思わないか?」
「思わない。お前は、少々殺しすぎだ。命を軽く見てる訳じゃないと思うが……その即座に殺そうとする癖は、いい加減にしてほしいものだ」
遠くからだからか、話している内容があまり聞こえない。
何を言っているのか、という感情だった。
そして兵士どもは、俺の方に近づいてくる。
(……おのれ神っ!)
終わりか。絶体絶命か。
そんな焦りがなぜこうしたのか、俺を通りに出させた。
「お……生き残り発見」
「だな。今度は簡単に殺すなよ?」
二人は一切として俺と目を合わせない。
そして俺を見る目は、明らかに人を見る目じゃなかった。
あれは、敵を見る目。
死骸を見据える、そんな目をしていた。
「あたりめーよ。今度は指令を守るさ。要は……楽に殺さなけりゃいいんだろッッ!!」
銃剣を持ち、俺の方へ走ってくる一人の男。
その動きは爬虫類と相似しており、恐怖さえ感じた。
「はぁ……殺すんじゃないぞ。捕らえる事が優先だ!」
「あたぼうよ!」
(まったく……デオン隊長といい、どうしてウチのチームはこう戦闘狂が多いんだか……)
まずい……俺は、男に背中を見せないように、後ろ走りで逃げ出した。
ちらちらと男と背後を見ながらの全力疾走。
これが、俺の生存戦略だった。
「あーひゃひゃひゃ!!! 変な恰好で逃げるなぁ!」
後ろ向きで逃げる僕をあざ笑う男。
あぁそうだよ、こりゃ二重で滑稽だよ。
逃げ切れるわけじゃないってのと、生きるのに必死で後ろを向けないってのでなぁ!
幸いにも、通りに障害物は見当たらない。
よかった。いいや、よくない。
もしこの先に障害物があるとすれば、俺の人生は終わってしまう。
全く……とんでもなくスリリングなゲームだぜ……
「ちくしょう……逃げるしか、ないのか……」
意識が混濁していく。ぐるぐる、ぐるぐると。
いや、これが焦りなのだろう。
脳みそがフル回転しているのを、肌で感じる。
そりゃそうだ。
なんせ、これが最期かもしれないからなぁ!
ふと後ろを見たとき、それは一瞬にして視認できた。
「あれは……」
追ってきているやつとは、全くとして異なる服装の兵士。
あれは……王国の……
「キミっ! 早く逃げて!」
そういわれるや否や、僕はすぐそこにある路地に隠れた。
「ちっ……逃げるなっ!」
路地に入ろうと、進路を変更する男。
だがそれを、断固として拒絶する影があった。
その影は、一般人を考えればあまりに強大だった。
服の上からでもわかる筋肉を携えており、手には銃火器を持っている。
腰にはサーベルが収められており、まさしくこの国の……ベルナス王国の兵士だった。
「王都から久しぶりにこの街に来たが……可笑しいなぁ。こんなにも荒れた街じゃなかったはずだぞ」
「へっ、そうかい。あいにくこっちは下っ端でね! この街に来るのは今日が初なんだ!」
「……どこの国の回し者だ、コラ。悪いけど、この街は俺の故郷なんだよ……こういうの、迷惑通り越して不愉快なんだわ」
一層雰囲気を物騒に変えて、兵士はそう凄む。
「アタマ悪いんか? いや、それとも学がないだけか……反王政の”F.M.E.”って言えば、ちょっとは伝わるかね? 兵隊さん」
「なに……? F.M.Eだと……? バカな。あれはもう、数年前に壊滅したはず……」
「ノーコメントとしておくぜ、兵隊さん」
F.M.E……なんだ、それは。
聞いたことのない名前だった。
いや、兵士の男は知っている風だったが……
反王政、と言っていたな。ならば、このテロ行為にも奴らなりの意味があると……?
わからない。くそっ。
「まぁ今回来た目的については、上に口止めされてるんで言えないが、目撃者した”一般人”は皆殺しにしろと命令されてるもんでね……死んでくれねぇか、兵隊さん。と、そこのガキ」
気が付くと。
兵士の腹部に、短刀が刺さっていた。
「まったくダグマは危なっかしいな。一対一で君が勝てるわけがないじゃないか」
音もなく。
声だけを発して、そのもう一人の男は兵士とダグマと呼ばれた男の間に立っていた。
虚を、突かれている。
俺も、兵士も。
気が付くと、兵士の男がズザリと吹き飛ばされて、遠くの方で尻もちをついていた。
「おう、助かったぜ」
「助かったぜ、じゃないでしょうまったく……今後はせいぜい、一人で突っ走らないで貰いたいね」
「ぐ……っはぁ……一人じゃ、なかったのか……」
起き上がりながら、腹部より血を垂れ流している。
「うるさいですねぇ……少し、黙ってもらえませんか?」
明らかな敵意で兵士を見つめる男。
その冷たさは、見られていない俺でさえ凍らせるようだった。
「うるさい……か……こんな風に街を壊したお前たちに、そう言われる筋合いはない……!」
腹の刃先を抜き捨て、苦悶を浮かべながら立ち上がった兵士。
サーベルを構えた姿は、まさしく勇姿と言わざるを得なかった。
「ほう……あの短刀を、そうやって耐え凌ぐか……」
見ると兵士の体に、複数個所に先補とまで見えなかった切り傷が見える。
「おい……お前……!」
「大丈夫だ、少年。このくらい」
「ふぅむ……僕の毒が廻って、動くこともままならないはずなんだが……なるほど全身に巡らせて一時的な抗体を身に着け、順応したか」
「毒を喰らわば皿まで。俺の好きな言葉だ」
「だがそれも、ほんの一時的なものでしかない。いずれは、全身に廻った毒に耐えきれなくなり、体は朽ちていくだろう」
「ここで死ぬなら、本望だ」
「ふむ……おいお前。名を、名乗ってはくれぬのか?」
「……いいだろう。松島エイジだ」
「ほう、了解した。僕の名前は木気味レイだ。早速、死んでもらえるかい?」
「お断りだ!」
こうして。
ただ、こうして始まってしまったのだ。
兵士と二人の男による、絶望的な争いが。
兵士――エイジは、走ってレイの方に向かう。
だがそれを許すほど、ダグマという男は甘くなかった。
進行方向にエイジと同時進行で走ってくるダグマ。
銃剣を抱えるように持ち、エイジへと突っ込んでいった。
「ドラァ!」
再び腹部を狙ってきたダグマだが、エイジは二度目を許す男じゃない。
即座に飛び上がって、ダグマの後ろを取った。
「卑怯とか、言わないでくれよ? これって殺し合いのはずだからさぁ」
「ちっ……レイ!」
「言われずとも……!」
先ほどの短刀をいくつも携えて、レイも突撃してきた。
だがそれもまた二度目だ。
「次は無い。と、思うんだな」
両手の腕の自由を奪い、刃の動きを牽制したエイジ。
「なめるな!」
と、服の中にしまっていた一本の短刀を素早く口にくわえ、吹き矢の要領でエイジめがけて吹き飛ばす。
エイジは危険を察知し、二人への絡め手を忘れて後退した。
そしてまた、ダグマが後先を考えず突撃してくる。
(くそ……やっぱり、アイツにも二対一はきついのか……勘弁してくれよ)
このままエイジが負ければ、確実に俺はあの二人に殺されるだろう。
例外なく。
なら……俺は、どうすればいい?
俺ができる戦いは……どこにあるというんだ……
……無理だ。
絶望して空を見る。と、そこには……
「あっ……」
ベランダに、後付けの倉庫の様なものが見える。
距離……位置……誤差修正……完璧だ。
今あれを落とせば、奴らのうち一人を殺して一対一にすることができる。
「エイジ……さんっ! 逃げてください!」
「あっ? 君! ……えっ、そういうことなの?」
「そういうことです! さっさと逃げてください! なめろうになりますよ!」
そうして……俺は、上にあった倉庫とありったけの荷物を……ブチ落とした。
ガラリという音が鈍い。ドガドガと壁を伝っていく。
進行方向は……ばっちりだった。
後はこれが……どちらかに当たることを祈るだけだ。
「……! ダグマ、危ない!」
レイがそういった瞬間、倉庫や荷物は地面に着地した。
着地地点は、ちょうどダグマとレイの真上。
勝った。
これで、上手くいけば二人ともぶっ殺すことに成功する。
だが……結果としては、こうだった。
「ダグマ……! おいダグマ、大丈夫なのか⁉」
瓦礫のように積みあがった荷物に向かって、レイは叫ぶ。
そのうちに。
ガラガラと音がしたと思うと、瓦礫の頂上に満身創痍のダグマが起き上がってきた。
「チ……ィ、あの、ガキか……なるほどえげつない手を思いつくもんだな……手前の望み通り、こっちは脱落だよ。糞が」
「ダグマっ!」
瓦礫を駆け上がり、ダグマに近づくレイ。
「ダグマ……あぁ、ダグマ。大丈夫なのか? ケガしてないよな?」
「……バカ。怪我しかしてねぇだろ。とりま俺はリタイアだ、ここで」
「よかった……脚は、大丈夫?」
「大丈夫……とは言い切れねぇ。しゃーないからさ、あれ、頼んだわ」
「……うん」
レイがうなずくと、その体が霞んでいるように見えた。
いや。
実際に霞んでいたのだ。霧状になっていたから。
身に着けていた衣服は何ともない。なにせ、彼が置いてったのだから。
「このくらいの霧状化だったら、服の透過までは要らないんだな」
「……うん。そうみたい」
手元からは、何やら薄い青色の気体がダグマの脚の方へ流れている。
やがて……ダグマは立ち上がった。
「あんがと。この礼は、生きてたらな」
「一応直してはおいたけど、あくまで応急処置だから。すぐに本部に戻ってね」
「おう。ほんじゃあ、後詰め頼んだわ」
「あぁ……頼まれた」
ほんの、一瞬だった気がする。
ほんの一瞬で、奴は人間を捨てていた。
ダグマはすぐに逃げ出した。
あの体だ。逃げ出せたことさえ、奇跡だろう。
それよりも……
「お前……その
「特異体質さ」
「は?」
「……特異体質、ギフティア。それが僕らの名称さ」
「ギフティア……なんだ、それ?」
「ハンデをくれてやろう。僕の能力について、開示する」
「は? だから何を言って――」
「僕の属性は”水”。そしてその本質は分散、つまり”霧状化”が僕の正体さ」
そう言い終わると、彼は先ほど立っていた瓦礫のそばから。すらりと消えて――
「その能力は、体と周囲の物体を霧状へと変化させ、自由意思で空間に浮遊させること。例えば、このようにね」
俺の後ろに、立っていた。
「え……」
虚。
を、突かれて――
「更に、僕の能力には続きがある。体の霧状化を利用した……構造変化」
巨大な霧で出来た剣が、僕の横に襲い掛かろうとしていた。
水滴のように柔らかそうな見た目をしていながら、俺の生存本能はその危険度を発信している。
あれは……本物だ。
「さぁ、これで形勢逆転だ。クソガキ」
今までに見たことのないような邪悪な笑みで、俺を見据える。
もう……終わりなのか。
(俺の誕生日と命日、一緒になるのかな……?)
そんな絶望を抱え始めたとき、一時の爆音が耳を貫いた。
地面の音だ。何かが、突き刺さった音。
そんな音を立てて、俺たちの目の前に現れたのは……黒い煙だった。
シュウ……と音を立てて、空気を汚していく。
何が落ちてきたのか、一瞬理解できなかった。
やがて、煙がある程度消え去って、解像度が上がる。
あれは……ヒト?
そんなことをふと思いながら。
死の恐怖が真横にあるというのに、目が離せない自分がいた。
「ありゃ一体、何なんだ……!」
そういい終わると、そいつは、大きく高笑いしながら煙を歩いてきた。
「ハハ……あはははははは!!! あーっはっはっはっはっはっはっは!!!!!! やぁやぁやぁ、皆様方。命拝借、いやお手を拝借……なーんて言ってみたものの、やっぱり飽きたのでいつも通りで行かせてもらおう。……ねぇ、すっごい楽しそうだからさ、僕も混ぜてよ」
それは、人間ではなかった。少なくとも。
煙のように、というか煙そのもので形が不鮮明なのに対して……その実が鮮明だ。
いや、元があるようにも感じられる。
ならば。
ならばあれは、人だったもの、なのか?
そんな予感がすらりと横切るのを感じる。
ただ言える事がある。
アイツが、少なくとも俺たちの”敵”でるという事だ……
「まったく……今日は最悪の誕生日だぜ……」
状況はまた、二対一に回帰している。
バケモノ二人と、人間二人。人間の方は、一人役立たずだ。
……くそぉ。
俺たちの生存は、はっきり言って絶望的となっていた。
ベランダから地獄が見えている。
――それが、僕らの最期なのか?
To Be Continued……
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