第3話 アサガオ

「花がひらく音って聞いたことある?」

 花屋での邂逅を経て、僕たちは学校でも話をするようになった。

 僕は今まで授業が終わるとすぐ帰宅していたので知らなかったが、春原はいつも放課後の教室で受験勉強をしているらしい。まだ二年生なのに真面目すぎる。

「いや、ないかな」

「私もない。でも花が咲くのってすごいエネルギーが要るんだって。命削ってるらしい」

 ここに書いてあったんだけどね、と彼女は英文がびっしりと並んだ問題集に指を置いた。

 しかし僕にはどこに何が書いてあるかさっぱりなので「そうなんだ」とコーヒー牛乳を飲む。

「うちのアサガオも頑張ってたんだな」

「そうだよ。それでも音一つ立てず、頑張ってる素振りも見せず、ただ咲く」

「背中で語るタイプか。かっこいい」

「口で言うより行動するほうがよっぽど難しいもんね」

「でももっと『咲いてます!』アピールしてくれたら花屋も賑やかになるのに」

「花がひらくときにファンファーレとか鳴ったら嫌じゃない?」

 春原は会話をしながらノートに解答を記入していく。

 よく喋りながら勉強できるな。さすが自ら「放課後いつも勉強してるから、ちょっと喋ろうよ」と誘ってきただけはある。器用なやつだ。

 ちなみに僕は早く帰りたかったので適当な理由をつけて断ろうとしたが「逃げたらバイトのことバラす」と脅されたので仕方なく付き合っている。物騒なやつだ。

「そんなに勉強して、東大でも目指してるの?」

「ううん。藝大だよ」

「藝大?」

「うん、東京藝術大学。そこの音楽学部、東大より難しいんだって」

「それはやべえ」

 てっきり東大が大学のトップだと思っていた僕はかなり驚いた。春原はノートから目を離さないまま「そう、やべーの」と笑う。

「あ、そろそろ時間だ。帰ってピアノ練習しなきゃ」

「そっか。実技もあるのか」

「まあ実技試験もだけど、二月に発表会もあるんだよね」

 そういえば母親にピアノ習ってるって言ってたな。てか藝大の受験勉強と発表会の練習の両立って、どんだけハードな生活してるんだよ。

 僕には絶対無理だと思いながら「すごいエネルギーだな」と言うと、彼女はまた笑った。

「じゃあ私も咲けるかな」

「三回くらい咲けると思う」

「それ命足りてる?」

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