夏 八月十七日

「夜までこいつを預かってくれ」

「……脈絡って知ってる?」

 俺の住んでいる家は、ごくありふれた一軒家だ。

父さんがローンを組んで購入した、日本のよくある家庭のマイホーム。ごく一般的な住宅街に建ち、駅からもそう遠くなければ、高校も歩いて遠いというほどでもない距離にある家。おおよそ住むのに不便がない一軒家に、もう十五年近く住んでいる

 そんな我が家のお隣さんは、病院だった。二階はそれこそありふれた一軒家なのだが、一階には「山田内科医院」を構えている。お隣さんの山田家は代々医者業を営む家系で、それなりに通院患者も多い、町のお医者様だった。

 その所謂エリート家系には、それはもうその期待を裏切るような変人兄妹がいて、それが今、みゃーみゃーと鳴く毛玉を抱え上げて俺に差し出してくる二人組……山田兄妹だった。学校へ居る俺に緊急事態と称して、クリーム色の壁を持つ「山田内科医院」前に俺を呼びつけ、姿を現せば深刻さのかけらも無く、子猫を預かってくれと申しつけてきた。

「山田兄妹。俺はお前らが緊急事態だと言うから学校からわざわざ戻ってきたんだけど」

「は? お前静北だろ、徒歩十五分くらいで文句言うな。静南行くために俺は一体いくつの上り坂を乗り越えてると思ってんだ」

 正論のような詭弁のような、とにかくそんなことを言われても困るということを、「それが世の中の正論です」みたいな顔で告げてくる男。それが山田家長男の、山田海だ。俺と同い年の幼馴染で、何を食ったらそんなに白く細くなるんだという情けない身体に端正な顔立ちをした、賢い男。こいつのことは山田兄と呼んでいる。

 山田兄との思い出を振り返ると、ろくでもないことばかりが浮かんでくる。高校受験の夏休み……つまり中三の夏。夜中に突然、二人きりで市内鬼ごっこをやろうと言った山田兄に乗っかった結果近隣住民から警察へ通報されたり、嫌いな高校教師の筆箱の中身をすべてモヤシに変える手伝いをさせられたり、かと思えばラジオ体操に精を出し過ぎて一時間前からリハーサルに付き合わされたり。しかも要領よく逃げ足の速い山田兄は何事も無事切り抜け、俺ばかりがその尻拭いをする羽目になる。それでも山田兄に恨みの一つも抱えず関係を保てているのは、ひとえに俺の性格が良いだけの話だった。

「そうだよとっくん。兄ちゃんは下り坂でもペダルを踏む男なんだから、許してあげなよ」

 俺をとっくんと呼ぶ、真夏であるにもかかわらず長い髪を下ろしたまま、汗一つ見せない女は、妹の山田凛だった。山田兄の一つ年下で、一直線の前髪の下にある、釣りあがった三白眼がきつい印象を与える女子高生だった。こいつは単体ならば特に害はなく、兄同様賢く利口な女子高生なのだが、そこはこの兄あってこの妹ということ。山田兄のやることなすことには基本的になんでも面白がって参戦してくるので、二人が一緒になれば厄介でしかなかった。この妹のことをやまいもと呼んでいる。

「危ないから下り坂でペダル踏むのはやめた方がいいよ、山田兄」

「危ないって理由で何かを辞めるのダサくない?」

「いや、危ないのは危ないよ、兄ちゃん」

「そうか。ごめん凛ちゃん」

「いや、茶番はいいんだけど。で、その猫は一体どうしたんだよ」

 みゃーみゃー、抱えられた毛玉は控えめに鳴き声を上げる。おそらく生まれて間もない小さな猫で、まるで助けてくれと主張しているようで気の毒だった。

「一か月前くらいに父親が飼い始めた」

「名前はにょっきくんって言うんだよ」

「オス? で、どうしたんだ預かるなんて」

「父さんと母さんこれからオペで大学病院に駆り出されてさ。ほら、下川原さんが大腸がんで」

「早期で結腸右半切除だから、二時間もかからなそうだけどね」

「下川原さんの個人情報を開示するな。成功するといいけど」

「俺たち、これからゴジラの新作観に行かなきゃで。そうするとにょっきが一人寂しく待機する羽目になっちゃうだろ」

 にょっきと呼ばれた子猫は茶色い毛並みをフワフワと揺らしながら、何でもいいから抱き上げるのを辞めろと抗議するように鳴いた。あまり見すぎてしまうと情が湧いてきそうで、何の情も抱いていない山田兄だけを見つめることにする。

「いや、お前らが映画を我慢すれば済む話だろ」

「ゴジラ新作は公開初日に観るって凛ちゃんと約束してたんだよ」

「兄ちゃんが観たいって言ったから私は付き添うんだよ」

「……山田兄。お前は勉強をしなくていいのか?」

「俺のターン! ドロー! 親の学力を召喚! 俺の偏差値が二十回復! 必殺! お前が言うな攻撃~!」

 山田兄は某カードアニメの某バトルシーンの真似ごとのような発言をした。やまいもが「にいちゃんかっこいー」と棒読みに応答をして、くだらないなと欠伸をした。耳が痛いような言葉が聞こえたけれど、全て忘れたことにする。

 左腕に着けた腕時計を眺めると、針は一時過ぎを示していた。ナナシマさんはおそらく、今日も二時ちょうどに教室へ現れるはずだ。

 ナナシマさんは時間に正確な人だった。いつもナナシマさんを待たせないように午前中には家を出て、教室で漫画を描きながらナナシマさんが来るのを待っていると、ナナシマさんは決まって二時ちょうどに姿を現すのだった。

 ナナシマさんと約束をしてからちょうど一週間。ナナシマさんに漫画を見せるのは今日まで複数回あったが、俺たちの教室が二時台に夏期講習で使われている場合、ナナシマさんは姿を現さなかった。今日は確か、二時台の講習は全て別の階で行われるはずだ。だからナナシマさんはおそらく、今日も姿を現すだろう。想像して頭を掻くと手に汗が滲んで鬱陶しかった。

「なんで俺が……」

「とっくん、小さく弱い命は大切にすべきだよ」

「やまいも、お前はその小さく弱い命を置いて映画を観に行くんだな?」

「映画の寿命は儚いよ。とっくんは知らないの? もうポケモンの映画も公開縮小してるんだよ」

「だからって子猫を預かる理由にはならないだろ」

「夏なのにネチネチうるさいなあ、トモキ」

「……おかしいのはどっちだ……」

 はあ、と一つため息をついて、山田兄に抱かれた子猫の表情を見る。情が湧くから見つめてはいけないと思ったのは正しかったらしい。子猫の無垢な目は、俺の心を鷲掴みにした。このつぶらな瞳を見てしまったら、流石に俺もノーとは言えなかった。

「……分かったよ。でも俺これから高校で友達と待ち合わせしてるから、その予定を断ってからにさせてほしい」

「はあ? 無理でしょ。あと三十分で開演しちゃうもん」

「そうだぞ。映画は待ってくれないんだ」

「……そういうことを今更言うな!」

「みゃーみゃー」

「まあさ、メールでもなんでも入れりゃいいじゃん! 俺たち映画が待ってるんだよ!」

 そうして山田兄は勢いよく俺に子猫を押し付ける。それを思わず抱いてしまった俺を見て、二人はあくどい表情を浮かべた。冷や汗を浮かべたと同時に、二人は駆け足で自宅の庭に戻り、自転車を引きずり出して去っていった。

「……お前、可哀想だなあ」

 フワフワの毛玉に声をかける。ともかく、あんな雑な対処をされようと、なんだかんだ幼馴染だし、預かった命を蔑ろにすることなんてできない。

 この子猫が熱中症にならないよう、一度自宅へ戻り、玄関で靴を脱ぐ。階段を上って自室に入り、ドアを閉じてから子猫を下ろしてやると、やっと解放されたとでも言いたげに子猫はぴょこぴょこと歩き出した。かと思えば、いきなりの見知らぬ空間に不安を覚えたのか、再び俺の足首に擦り寄ってくる。その愛くるしいさまを見つめ、絨毯の上で胡坐をかくと、猫はひざ元に自ら飛び乗ってきた。

「どうしたものかなあ……」

 ナナシマさんに漫画を見せる約束が、今日は叶いそうにない。山田兄の言った通り、メールでも電話でも連絡を入れればいいだけの話だが、残念ながらナナシマさんの連絡先を一つも知らなかった。彼女をこのまま待たせることもできないので、うーんと頭を唸らせる。

「……連れていくかあ……」

 腕時計は一時十分を示している。山田兄が抗議した通り、幸いなことに静北高校は自宅から徒歩十五分ほどの場所にある。いくら炎天下とはいえ、子猫と少し歩く程度には問題がないはずだ。

「……みゃあ」

 頭の中で計算をしていると、膝上の子猫が鳴いた。喉でも乾いたのかもしれない。キッチンに向かい、食器皿に水を注ぐ。部屋へ戻ると、すっかり懐いていた子猫は寂しかったよとでも言いたげに鳴いた。子猫に水を差し出すとよほど喉が渇いていたのか、小さなピンク色の舌がちろちろと懸命に舐めている。

 よし、子猫が水を飲みきったら学校へ向かおう。夏休みの学校なんて夏期講習を受けている学生しか居ないし、これだけ小さければ万が一遭遇したとしても先生にもバレないはずだ。大体子猫を連れてきてはいけない、なんて校則聞いたことがないし。他に何も持たずに子猫だけを抱えて、いつも通りの恰好で学校に再び向かうことにした。

 眩しい太陽の下、腕の中に収まる子猫はずっとか細く鳴き続けている。出来るだけ日陰の道を選び、子猫の様子を気にしつつ辿り着いた静北高校。こんな日差しの下でも部活動に取り組む生徒の声が、グラウンドの方から聞こえて来る。あー夏休み。と、歌謡曲のタイトルのようなくだらない感想を抱く。

「お前、大丈夫か?」

「みゃーみゃー」

「暑いよなあ」

 猫と会話のようなものをしながら昇降口で靴を脱ぎ捨てたところで、子猫を抱えたままでは上履きを履けないことに気付く。子猫を手放すのは不安だったので、靴下のまま校舎内に突入した。汚れるだろうなあと思いながら、生ぬるい階段を一段ずつ上がる。

 三年六組の見慣れた教室の扉をガラガラと開けると、そこには自分の椅子の上に腰掛けて雑誌を読んでいる、ナナシマさんがすでに降臨していた。壁掛け時計は一時四〇分を表示しているが、五分進みが早いので、実際はまだ三十五分だろう。

「あれ、今日は早いね」

「ちょっと捗らなくて、もう来ちゃったの」

「勉強? そっか、受験生だもんな……」

 ナナシマさんは雑誌に目を落としたまま、俺の言葉には答えなかった。優等生なナナシマさんにも勉強が捗らないなんてことがあるんだなあと思いながら、ナナシマさんの持つ雑誌を眺める。見たことのない表紙だ。もともとあまり雑誌を読まない俺でも、それがファッション誌ではないことが分かった。一体何を読んでいるんだろう。ナナシマさんにそれを聞くかどうか迷った挙句、結局聞いた。

「ナナシマさん、何読んでんの?」

「落語昭和の名人傑作集……ってうわ。何それ」

 ナナシマさん、落語の趣味なんてあったんだ。感心するより先に、ナナシマさんは身動きせず俺の腕の中に居る生命に目線だけを向けた。

「あー……これね。親友に預かるように頼まれてさ。だから今日は漫画見せられないから謝ろうと思って来たんだよ」

「……学校に来たならノートも持ってくればよかったんだよ」

「……あ、ほんとだ」

 ナナシマさんは眉間をひそめたまま、抱いている子猫をじっと見つめる。ナナシマさん、猫嫌いだったのかな。会うようになってたった一週間じゃあナナシマさんのことなんて何も分かっていなくて、初めて知ることばかりだなと感じる。でも眉間に寄ったしわの一筋すら繊細で、鼻筋がすっと通っているのを上から見ると、やっぱりナナシマさんは特別に美しいなと感じる。ナナシマさんと一緒にいると、外見の美しさにいつまでも見とれてしまうので、麻薬のようだと感じる。

 そうして呆けていると、ナナシマさんは俺の腕の中で大人しくしている子猫を観察し始めた。興味を示しているところを見ると、嫌いというわけでもないのかもしれない。ナナシマさんは声色を普段の調子から少し変えて、慌てるように椅子から立ち上がりながら言った。

「ねえ、この子お腹空いてるよ」

「あ、え? ほんと?」

「この暑さの中、なんにもあげずに出てきたでしょ、ヒイラギくん」

「水は飲ませたよ。ほら、ナナシマさんも待たせてたし、家にキャットフードとか無いから、後で買いに行こうかと思ってて」

「私の事なんていいんだよ、そういう時は。……ええと、ここから一番近いコンビニは……」

 言葉数が増えたナナシマさんは、俺のことを責めた。罪悪感を抱く間もなく、焦っているナナシマさんを見て同じように焦る。子猫を抱えているままだと財布も取り出せないと思っていたところ、そういえば財布も持たずに外へ出ていたのだった。本当に情けない。

「ごめんナナシマさん、実を言うと俺、財布を忘れてしまって」

「なにを言ってるの。そんなことどうでもいいよ。とにかく私が色々買ってくるから、エアコンの温度下げて猫を下ろしてあげて。教室のドアも窓もちゃんと閉めて、逃げ出さないようにすること」

「……すんません、本当に……」

 謝罪を聞くまでも無く、ナナシマさんは教室の前の扉を施錠し、駆け足で後ろの扉から出ていった。猫を抱えたまま、ナナシマさんが去った後に後ろの扉を施錠した。ナナシマさんが言ったとおりに子猫を下ろすと、やっぱりみゃーみゃーと鳴きながら大人しく俺の後を追っていた。

 教室前のエアコンのパネルを操作し、風力と温度をポチポチとボタンを押して下げる。窓はすでに締め切っているようだった。靴下越しの、床の感触が気持ち悪い。温度を下げ終わって教室の後方に戻り、ナナシマさんの席付近の床にしゃがみ込むと、やっぱり子猫は俺の膝の上に乗り込んでくる。撫でようと子猫に触れると、子猫の方から身体を摺り寄せてきた。

「……ごめんなあ、俺、全然だめで」

「みゃーみゃー」

 子猫は俺の目を見つめながら鳴くから、「大丈夫だよ」とでも言ってくれているように勘違いしてしまう。

 それにしても、子猫は本当に元気そうというか、普通そうに見える。そりゃこの暑さだから、人間と同じように喉は乾くだろうと思ったけど、お腹まで空いているようには見られなかった。ということは、山田兄妹に抱かれていた頃からずっと、こいつはお腹を減らしていたのかな。山田兄妹もそんなこと全く気にしていないようだったし、気づいたのはナナシマさんだけだった。ナナシマさん、猫に詳しいのだろうか。

 頭の中でとりとめもない疑問が浮かんで、解決しないまま消えていった。ナナシマさん、やっぱりすごいなあ。俺はナナシマさんという人間の三分の一も理解していないのに、ナナシマさんは目の前の子猫を、ほんの少し様子を見ただけで理解してしまう。俺のこともきっと、いつの間にか見透かされてしまうんだろう。

「すごいなあ、ナナシマさん」

「開けて」

 子猫を撫でながらナナシマさんのことを考えていると、当の本人であるナナシマさんは戻って来たらしい。とりわけ大きいわけでもないのに良く通る声と、教室の後ろの扉をがたがたと乱暴に鳴らす音がして、ナナシマさんの帰還を感じ取った。子猫を抱え上げ、教室の後ろの扉の鍵を開ける。するとすぐにナナシマさんは扉を開いた。ナナシマさんの額に汗が見える。

 時計を確認すると先ほどから五分も経っていなかったから、ナナシマさんは相当急いでくれたのだ。それでもナナシマさんの涼しげな様相は相変わらずだから、ナナシマさんが美しくない瞬間なんて存在するのだろうかと思う。ナナシマさんは再び後ろの扉を施錠した後、右手に下げていたビニール袋からいくつか購入品を取り出し、扉から一番近い席の机に次々と置いていった。

 紙の皿を二つ取り出して、一つはチューブ式のキャットフードをその上に出す。もう一つはペットボトルの水を注いだ。その円滑な一連の動作を見つめながら、子猫を再び床に下ろす。ナナシマさんは机に紙の皿二つを置いて、俺との距離を取った。

「ありがとうナナシマさん」

「その子に食べさせてあげて。ほら」

 ナナシマさんは紙の皿を指さした。ナナシマさんは俺との距離を一向に縮めようとしない。ああやっぱり、ナナシマさんは猫が苦手だったのか。心の中で納得して紙の皿を二つ受け取り、しゃがみこんで足元に居る子猫の前に差し出す。

「ごめんなあ、たんとお食べ」

 言い終わる前に、子猫はキャットフードを懸命に舐めだした。水を飲ませたときよりも数倍勢いがよかったので、やっぱり本当にお腹が空いていたんだなと感心した。ナナシマさんの方へ体だけ向けて、俺は感謝を伝える。

「ナナシマさん、本当にありがとう。俺、なんも分かんなくてさ」

「……ちょっと、まっ、てねっ……ハックシュン!」

 ナナシマさんは手で口と鼻を覆い、盛大にくしゃみをした。音の大きさに驚いた俺の様子を見たナナシマさんは、俺のことをキッと睨んだ。ナナシマさんは指の隙間から見える鼻の先と、両方の白目を赤く染めている。

「……いま驚いたでしょう、ヒイラギくん」

「いや……アレルギーだったの?」

「……猫、大好きなんだけどね……ックシュン! 昔は、飼ってもいたのだけ、どっ」

 ナナシマさんは何度もくしゃみをする。思わずポケットに手を突っ込んでティッシュを渡そうとしたが、漫画も財布も忘れた男なので、当たり前のように入っていなかったし、ナナシマさんは既に自分のスクールバッグからポケットティッシュを取り出していた。

「……その子、まだ生まれてそんな経ってないでしょ」

「うん、確か飼い始めて一か月とかって言ってたよ」

「かわいいね」

 かわいい。ナナシマさんが動物に対してそんな感情を抱くということに驚いてしまった。なんとなく気恥ずかしくなって、机の上のペットボトルに目を向ける。奥に置かれたビニール袋の中に、まだ何か入っていた。立ち上がって袋の中身を確認すべくナナシマさんに近寄る。

「この中、まだ何か入って……って、なにこれ、ツマミ?」

「煮干し。あの子のためのと、そろそろおやつだったから私も食べようかと」

「ああ、なるほど」

「………猫は煮干しが好きだから」

 ナナシマさんの言葉がどこか意味深に思えて、その顔を見る。どうして猫は、なんて言ったんだろう。……ってまさか、ナナシマさんも食べるってことは、ナナシマさんも、もしかして……。

「ナナシマさんって猫なの……?」

「え?」

「煮干し、食べるんでしょう……?」

「……気づいた?」

「えっほんとに? 猫なの? ナナシマさん」

「ヒイラギくんって面白いのね」

 そんなことあるわけないでしょ。ナナシマさんがいたずらっ子のようにクスクス笑う。なんだか訳が分からなくなって、子猫が水を舐める音だけが響くこの空間のことに不安を感じた。

 そうしてナナシマさんの小さなくしゃみが、一つだけ響く。現実に急に戻された気がして、なんだよ、と、ため息をついた。

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