第19話 虚数の国

 密閉された空間で対峙した。

 しかも日巫女の管理空間に立つためには、物理的な攻撃力を準備しておく必要があった。その確保が出来なければ、この場所に立てるわけがない。

 日巫女は以前の童女のような愛らしい容姿をしている。透明感のある肌には静脈が透けて見える。漆黒の黒髪は纏めてもいない。歩くとふわりと蝶の羽根のように舞う。来ているのは光沢のある絹のようなワンピースで、今日は下着をつけているようなラインが見える。胸も少しは膨らんだような年頃に調整している。

 わたしは那由多の姿をして、わざわざ制服を選んだ。これは意固地のようなものがある。真弓のバラ撒いたこの姿での痴態は、磁空領域で全てが消去されている。やはり日巫女の演算能力は侮れない。

「不思議ねえ、どうして女性体に拘るの? 折角の男性体に戻れたのに」

「この姿のこと? 貴方が緊張してはいけないと思って。それに気に入ったのよ。この姿」とお尻を振って見せた。

「男はね、生きてる者を産めないのよ。どんなに美しい物を作れてもね」

「はは、そうだったわね」

 もう一つある。千晃の肉体に中和された真弓が存在する限り、深い悔恨が刻まれているはず。その感情は冷静さを欠く恐れがあるの。

 タンポポの綿毛のようなものが空中を漂ってくる。

 ふう、と日巫女が吹いて飛ばしてきた。キラキラと反射して輝き、バラバラにならずに飛んでくる。親指サイズの綿菓子のようにも見える。

「心配しないで。毒でもないし敵性Virusでもない。単なるdata logよ」

 掌を開くとそこに導かれて、すとんと降りてきた。即座にスキャンするが安全なもののようだ。それを少し舐めてみた。甘い。安全だとわかったので食べた。

 それはある天体のデータだった。

「ケプラー系衛星1649cなの。次に選ばれた人類の移住先よ。この地球は汚れすぎてしまった。もう手遅れになりかけ、じきに火星みたいになるのよ。それまでにここへ移住するのよ」

「無理よ。ここまでは300光年もあるわ」

「その無理を通すの。以前のデータが役に立つわ」

「以前?、次に?」

「そう。わたしの解析では、人類は火星から来たのよ。火星を核汚染で汚し切った挙句に。月を移住用コロニーとして、内部空洞で居住して数十年をかけてね。そして再び天体を汚して、また地球から立ち去るのね。そう、宇宙の悪性腫瘍の転移といったところかしら」

「迷惑な話じゃないの、それ。無意味だわ」

「でも貴方たちが望んだことなの。シリコンからわたしを創造したくらいよ。なのでわたしは300光年を超える方法を選択した」

「え。不可能だわ。3世紀もの間、宇宙船の中なの。搭乗している船員の精神は崩壊してしまうし、食糧もその期間では保存できない。それに中で農産したり、生殖していたとしても、生物の種としての連続性を保てないわ。無重力空間なのよ。冷凍睡眠、はっ、300年も保つわけないわよ」

「方法は、今の貴方がやったことじゃない」

 わたしは戸惑った。やったことと言えば。

「いい。貴方は自分の電子体のlayerに、千晃の肉体を再構成して受肉できたのよ。つまり同位体を3次元空間でも、有機的に造ることに成功した。4次元には時間の概念がないの。それが銀河の果てであろうと、肉体さえあればその素材を再構成してプリントアウトできるのよ」

「ケプラー1649cに知的生命体がいるの!」

「そう、いるのよ。あの星のデータを見たでしょ。赤色矮性の太陽のハビタブルゾーン内にある惑星、地球とほぼ同じ体積を持ち、海と大気を持っている。そして胎生の大型爬虫類までは確認できたの。哺乳動物はまだ大きな体躯を持っていないわね。だから素材として今度は、その胎生爬虫類を依代にするべきね」

「それは冒涜じゃなくて。その星にとって」

「人類にはDNAで繋がる進化の輪はないという前例があるから、もういいんじゃない。恐らく火星から持ち込まれたものはまだあるわ。例えば昆虫類よね。生命樹って生物学的モデルがあるじゃない。全ての生命は海から生まれて、体液の成分って海に類縁があるわ。けれども海に棲息する昆虫類は存在しないし、体液成分も違う。地上に100万種も存在してもよ。つまり生命樹の外にある生物なの。次にこれもそう」

 日巫女が手を開いて、ある植物モデルを出現させた。

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