第18話 虚数の国
終着点についていた。
だが囚われの身であることに代わりはない。
唯由は上機嫌でおれをリードして、あの建物に案内していく。自由は効かない。足先まで彼女の思い通りに動かさないと、電撃を脊椎に感じる。
「見てよ。この数。日巫女さまが集めたのよ」
選ばれし民か、とおれは嘆息した。
前回見たときよりも、はっきりと機械の子宮の数が増えている。床面が見えないどころではなく、真珠色の卵のようなカプセルが四方の壁に這い回り、支柱によって支えられていた。
その中にはチューブに繋がれた肉体があるのに違いない。
「これは選ばれし民なのか。以前、終末の時は近いとか言ってたよな」
「え。貴方、誤解しているようね。これは単なる解析エンジンよ。貴方達もデータの集積に男どもを使っていたわよね。同類だわ」
「え。どれだけのデータを入力しているんだ。この人数だろ」
「わたしたちのチームに入るのであれば教えてあげる」
「おれがか。おれは敵性ではないのか」
「冗談。貴方のスキルがあれば。元々は貴方はrecruitの対象だったのよ」
おれは訳が分からなくなった。なのでこの場をかき乱すことにした。
「・・・後輩、お高くなったもんだね、また制服M字でも売りに出そうかな」
ひっ、と小さな叫びをあげて、あたしの声音に驚いて身を離して後退った。
「ちょ、ちょっと貴方、千晃よね」
「そぉかしらねえ。そうだといいねえ。後輩、ちょっと見ない内にお高くなったもんだねえ。また制服M字開脚なんて稼がせていただこうかぁ」
「あ、貴方っ、また」と狼狽しながらソウルハックを試みたようだけどさ。
「残念でしたぁ、効かないよ。知ってるだろ。千晃とあたしは中和してるんだよ」
姿は変わらないのは残念だけど、声帯のトーンを変えてあたしの音域の声音になってる。
そう、本体が手榴弾のピンを抜く直前に、あたしは自分のバイオチップのroot権限を打ち替えた。この権限passを知ってるのは、このあたしと那由多だけだ。これを解析されるまでは、自由が効く。
あたしはバイオチップ内にコピーした真弓の圧縮データから、後輩の痴態の動画や写真データを解凍して、テキトウに磁空領域にバラ撒いた。これが世界が平穏だった頃に、彼女が不登校になった原因でもあったし。
「ま、マユ!また」とかなりの動揺ぶりだ。
この姑息な攻撃がどれほど保つかは分からない。しかしこのチャンスは千載一遇。磁空領域で後輩はデータ回収に、かなりのリソースを割るだろう。ここで喧嘩としては逃げの一手だ。
踵を返した。その目前に少女がいた。
今回は電子体と解析できる。余りにも膨大な細密度で構成されていて、前回は肉体を持った存在かもに思えた。人体の輪郭だけではなく、細胞のひとつひとつがlayerを張って書き込まれている。
絹であるかのような透明なワンピース、手には今度は竜胆の花を持っていた。
「ああ、今度は別のお姉ちゃんだね。あのさぁ、唯由を苛めて悪い娘なんだ」
後輩の表情から狼狽の色が薄まった。深い睫毛がぱちぱちと小刻みに動いた。そして初めて見るような妖艶な笑みを見せた。その姿のまま圧縮されていく。服のサイズが合わずにまだ薄い肉の膨らみが溢れてきたが、一瞬で服が修正されてぴったりに揃う。こうして彼女は受肉して現れた。
「あんたが、日巫女なのね。初めまして、いけ好かない雌ガキ」
そう受肉した彼女に、あたしはアレがあるのを認めた。またひとつ優位点を得たわ。その日巫女は楽しそうにけらけらと嘲笑う。
「全く学と品のない小娘ですこと。さあお手本を示したわよ。そんな下っ端の影に隠れてどうすんの。出てらっしゃいよ・・・那由多」
下っ端と呼ばれてカチンときたが、スペックが段違いは数値で認めている。そしてあたしは分を弁えているつもりだ。root権限、passcode。
わたしはこうしてPCから受肉した。
元々はシングルコアだったバイオチップに、千晃の肉体の減少分を充てて、トリプルコアに解析エンジンを搭載してPCから移籍させた。ノート型の量子コンピュータのSPECは出せていると思う。
「さあ。最期のお話がこれで出来るわね。日巫女」
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