第14話 虚数の国

 神社には聖なるものが宿る。

 まして日巫女を名乗る相手よ。

 きっと信心深いはず。うちの勘に賭けるしかない。

 この神域に籠城さえしていれば、必ずあいつ、つまりオリジナルの那由多が現れる。日巫女の興味本位な行動を、あの部屋のPCに同期したらわかった。きっとその尖兵を送ってくる。それに囮なんでしょ、うちらの役割って。

 盛大に花火をあげてりゃいいし。華々しく散ったらいいし。

 こちらのドローンを4機空中に上げた。

『準備が完了しました、那由多さま』

『ありがとう。貴方たちの身を護るわ』とPCの電子体が伝えてくる。そのドローンは中継機で、電子体がそれを通してECMを張ってくれている。まあ神社らしく結界でも張ったということよね。

 それからお手水の脇に、その屋根とか柱とか灯籠を壊した石材とかを並べて、簡易的なバリケードにした。このお手水はそうそう貫通しないだろう。本殿からは丸見えだけど、背後からは来ないと張った。

 どう攻めてくるのか。

 この結界はスキャンを撥ねつけて不可視にするだけではない。

 風の流れを受ける草木の葉、羽虫の羽音までデータを電子体が置き換えている。そしてそのダミー画像では、うちらは脇道から神社の境内を抜けていくらしい。その虚像までは計画のうちだ。

 見つけた。

 もうかなり遠くになってる。ああ、そうか。もし流れ弾が来たらヤバいもんね。意外に気を遣ってくれんじゃん。それにしても自分の後ろ姿を眺めんのも不思議よね。ダミーの分身たちは住宅街を仕切る、崖の擁壁に背を守りながら、慎重に進んでる。リアルだわぁ。うちを守るように前に牟田口、後ろに千晃。弾除けと、後詰めのように付き従っている。

 うちのダミーがハンドサインして、さあ前進ってとこで、散弾銃の十字砲火を食らった。デジタルデータとはいえ、うちらのチームが銃撃の血煙の中で膝を折るのを見るって、キモいものだと思った。

 さあ、アレを確認しにくるのを狙撃するよ。

 アイコンタクトでふたりに伝えた。

 お手水に銃口を仲良く並べて、待った。人影がその場に現れるのを。

 

 信じられないものを見た。

 ダミーの死体を確認に来たのは、うちに牟田口と千晃だ。ただしそのクローンはダース単位で雁首を並べて、皆が今のうちらの装備をそっくり模していた。この3人でもう充分に小隊規模を相手にすることになる。

「うちらがいるわ。それぞれ10人は超えるわね」

「どうします。撃ちますか?」

「ちょっと待って。この場所が特定されたら包囲されて殲滅されるわ。まだ向こうにはここが見えてはいないはず」と言ったものの電子体を信じていいものか。

 全くとんでもないのに喧嘩を売ってくれたわね。

 那由多、アンタ大した女ね。この場は任せてよ。アンタへの罪滅ぼしができるってもんよね。

「・・・ホント、考えたわね。このテで一番恐ろしいのは乱戦になることよ。味方は撃てないものよ。でも。きっと相手は迷わず撃ってくるし、刺してくるわ」

 うちはちょっと思案した。上衣を脱いでナイフを当てた。

「目印に片袖を千切るわよ。いい、左袖がないのが味方」

 哨戒しながら、敵クローン小隊が接近してくる。

 化鳥のような悲鳴をあげながら、お粗末なバリケードから牟田口が飛び出していった。本当に使えねぇ。

 腰だめにした散弾銃を撃ち尽くすまでもなく、奴は集中砲火を喰って肉袋になって斃れた。戦闘員を失っただけではない。残ったクローンたちが、笑みを浮かべながら上衣の左袖をもぎ取った。


 うちはまた組み敷かれていた。

 疼痛を味わいながら、もうこれで何人目かなと、考えていた。

 それはそうだ。向こうには性欲お化けの牟田口クローンが、2桁もいるのだ。そしてそれを囃し立てて腹を抱えて嘲笑い続ける、2桁もの鏡写しのうちらがいた。オリジナルはもうコトが住んだら始末するだけの肉体だ。胎内射精で、女陰から緩く温かなものが溢れ出して太腿も汚していた。

 次はまた千晃か、何人目かな。

 その千晃はいきなり挿入して腰を使い出した。珍しく正常位だった。しかもキスを求めてきた。うちは舌を絡めながら、はっとした。

 背中で縛られた掌に渡してくれたものがあった。千晃は正常位で背中を抱擁しながらそこに握らせてきた。手探りでわかった。

 手榴弾。この千晃ってオリジナルだ。

 うちも起動させた。

 覚悟を決めた。この千晃が離れていったら、ピンを抜いてやる。

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