第11話 虚数の国

 制圧している地域は安全だったけど。

 うちらとしちゃダメです。それはやるよね。

 うちはリアシートに埋もれながら、牟田口の後頭部に土足をかけて踏ん張っていた。だってこうしてないと道が悪いし。またボウガンの矢が飛んでこないとも限らない。危ない危ない。生身を晒すのは男で充分。

 ハンドルを取っているのは千晃。

 電動RVなんて、まだ使えるクルマがあるなんて思っても見なかった。牟田口の後頭部の左を突く。

「そこ左です」

「アンタはチップが入ってないから、ホント手間よね。使えね〜」

 そりゃね敵性の磁空領域からの傍受を避けるために、リンクできない千晃だって使えないことには変わんない。でもね、後ろから声張るのって疲れんじゃん。多少は動けよ、カスって思うのよね。

 クルマが何か踏んづけたらしく、大きく傾く。

 うちにはそれが何だか見えてない。何だか柔らかいモノを踏んだみたいだ。

「餓死かなあ」と他人事のように千晃が呟く。ああ慣れてきたんだよね、とうちは楽しくなってきた。カチコミの高揚感って濡れてくるよね。

 うちが自分を取り戻したのは2日も前よ。

 それまでは毎日がHの連続で、まあしんどかったけど、それなりに楽しみはあった。食べモノには事欠かなかったし、毎日毎日電気が使えて、エアコンなんてものも使えたわ。汗だくにならずに済むのって久しぶり。それにシャワーもお湯が出んのさ。

 それでね、あの部屋。

 うちの後輩が仕切ってんのよ、舐めてるね。

 また制服全裸Instagramで締めて、稼いでやるとうちは誓ったさ。あの子、那由多って名前だったっけ、下の名前なんてよく知んね。 

 とにかくあの場所にいるんでしょ。

 だったら行くよね。


 また肉欲に爛れた昼夜を過ごした。

 あの後、わたしは那由多に指示されて前に呼ばれた。

 目前に立つとすぐにバスタオルを剥ぎ取られた。平手が頬で鳴り、その場で四つん這いにさせられた。顎で頭を支え、局部を両指で広げるようにも命じられた。

 わたしはその那由多に入っている人格が、オリジナルであると分かった。そう、この真弓の頃に、彼女にこうさせていたことも思い出した。それがあの子が不登校になった原因でもあるし、真弓には食べ物との物物交換の手段でしかなかった。

 起死回生の一手は、意外にも牟田口との行為だった。

 せっかく子宮口にバイオセンサーを準備したのに。あれから千晃には、お尻ばかりを使われていた。それに情報屋の牟田口には、バイオチップを持たないので、ハッキングは出来なかったけど。

 それが。わたしは探り当てた。首筋に金属質のモノを。

 わたしは嫌な臭いをする耳腔を舌先でほじくって、砂糖を煮詰めたような甘ったるい声で囁いてみた。

「ねえ、あなた。女のイク瞬間を同期してみない?」

 牟田口は下腹を揺らしながら、突いていた尻を止めた。動きが止まるとまた体臭が戻ってくる。

「でもおれには、バイオチップがないよ」

 わたしはそれを指で突きながら言った。

「わかってる。でもコレってゲーミングBluetoothよね。PCにこれでリンクはればいいじゃん。うちの感じかたに同期できるよ、きっと」

 性欲の獣が唸った。すぐに首筋を触って起動させた。

 好奇心は猫を殺すとは、先人の言は本当に含蓄があるわ。

 脊髄に繋げて体感ゲームの臨場感を上げたり、脊髄反射での操作スピードを向上させたりが目的だったんだろうけど。

 ふふ、残念ね。

 わたしは一瞬で、この男のPCに侵入して統御した。

 耐性被膜を巡らして電源支流から独立した防壁を張った。これで外部からのシャットダウンはそうそう出来ない。

 このPCのスペックからすれば、この場所の全員をサイコハックするのは赤子の手をひねるよう。それが出来ない牟田口は、呑気にも真弓のなかで果てた。これからは最下層に落としてやる。

 真弓はオリジナルの人格で、統御するわ。

 真弓は牟田口の背中を掻き抱いている。

 さあ、今度は攻守が逆転するのよ。

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