第10話 虚数の国

 肉の饗宴はしばらく続いた。

 わたしはその責めに耐え続けたし、忘我の彼方に向かうような恍惚感を得られた。それはこの娘の肉体が呼び水のように引き寄せたものだ、わたしではないと思いたい。

 その証左にわたしは、顔をくしゃくしゃにして腰をつかっている男たちを眺めながら、今の素体のスペックをスキャンしていた。あの名門女子校に通学しているだけあって、そこそこのバイオチップを実装していた。しかし前の素体の那由多ほどではない。そこが惜しいと思った時、再び絶頂が訪れた。


 3人目で休憩が入って、猿轡を解かれた。

「ちょっとおトイレ行かせてよ。それからシャワーも使いたいわあ。もうベトベト、なんか臭いし」とはすっぱな濱っコの口調で言った。

「ああ。そうだな。行ってこいよ。おれも舐めるなら清潔なのがいいな」

 そう言う千晃の人格が信じられない。那由多の頃には見せない口調と態度だった。この饗宴にこれまでもきっと参加していたんだろう。まさかかつての自分の素体に犯されて、ましていくだなんて。

 ベッドから降りて、まだ行為中の香澄の側を抜けた。2人を相手してる。このコ、甘い声をあげるのよね。隣で聞いてるだけで、気分がノってくる。くぐもった声は、熱くて逞しい何かを呑まされているからだ。

 いや、違う。

 そうじゃない。このチップに寄せられては駄目。

 このチップのスペックでは全員を統御はできないし。

 千晃の素体を奪還できたらいいけど。隙を作りそうもない。後の男たちは問題外、かつて一瞬で統御下に置いてメモリ用のHDDがわりにしたレベルだ。バイオチップを持たない情報屋にはサイコハックができない。

 シャワーを浴び始めた。姿見で前と後ろを確認した。あちこちにキスマークやら擦過傷ができている。右尻のほお肉に薔薇のタトゥまで入っている。

 それから大きいのに均整の取れたおっぱいをしている。乳首を吸われ続けていたせいか、温水が沁みて疼痛がある。

 バスルームの窓は外側に換気のために開くタイプだし、ここは4階だし全裸だし、そこから逃げるのは無理。バスに向かう途中にキッチンがあった。缶詰とかパウチとか、携帯保存食料のゴミが積まれていた。そこには包丁くらいはあるかもね。けれど刃物を持ったところで、何人を倒せるのか。

 しょうがないわ。

 わたしは脳幹からプログラムを起動した。シャワーの音に隠れながらバスタブに半身浴しながら、これは自慰行為ではないけど指を性器に入れた。わたしたち素体は舌にバイオセンサーを実装している。粘膜組織で脳幹との距離が近く、また化学物質を養分か毒性かを判別するのに、舌が有効に働くからだ。そのセンサーの位置を組み替える。この真弓の肉体が性体験が多いのが幸いよ。神経組織が肉体的に発達していればこそ脊髄を介して、センサーの導入路をつくることができる。

 よし。リンクしたようだ。

 次にわたしを押し倒したのが餌食よ。もう無駄な行為はしたくない。

 それが千晃になるように誘惑しないとね。

 

 タオルを巻いてバスルームを出た。

 表情筋が強張るのを感じた。男たちが平伏しているその前に、わたしの、ああ那由多の姿が立っていた。雰囲気が違っている。わたしが那由多であった頃には、これほど高圧的に演じたことはなかった。

 慌ててわたしも膝をついて表情を隠した。

 気取られていないか冷や冷やする。あの素体に入っているのが、日巫女であれば問題ない。わたしが屈辱に砕かれているかどうかを確かめにきたのかと想像できる。あのスペックだと実体を持って出かけることはなさそうだったけど。

「今日も楽しんで頂いているでしょうか、おじさん達」

「はい。那由多さま」

 この中で千晃が筆頭らしく代表して答えていた。

 男たちの汚い全裸の尻が目前にある。耐えられない臭いがする。

「終末の刻はもうすぐです。みなさんお励みなさい」

 幾つもの背中が波打って、それに応えた。

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