第7話 虚数の国
ジグソーパズルを解くのに似ていた。
ちょっと違うな。そう、機械式時計といった方がいいか。
集積した膨大なデータを有るべき場所を推理して統合し、連結性と指向性を見出して。そうしたらその粗い虚数のデータ群が、ソフトウェアとしてゆらりと起動して動き出した。そう秒針が動き出したのよ。
慌ててその起動を止めた。
よかった。ギリだったわ。この解析に同期してるのはわたしに千晃と、そして名前も知らない6人の、メモリ専用の素体だけにしていた。磁空領域とは接続していない。わたしの演算能力よりも強力な位相空間のコアに投げれば、もっと時間短縮はできたでしょうね、だけどそこは千晃の勘に賭けてみた。1000なんて見下して悪かったわ、意外に有能。
原子力発電所の再稼働プログラム、しかも完全無人で保守点検までAIが司るプログラム。この膨大な作業を小分けしてさらにパケット単位レベルに断片化して、磁空領域に個別に開発依頼を掛けている。それは誰なの?
「ねえ、結論は変わらない?」
わたしは制服のまま、リビングテーブルに座って足をぷらぷらさせていた。この部屋に置いてある椅子には触れたくなかった。千晃はPCデスクの前に座り、4つのモニターを見ながら、寝室の肉袋のrouter業務をこなしていた。
「那由多さま。それは同期検証してみてお分かりでしょう」
「そうね。その着眼点は貴方のものだわ。やっぱりこのテの仕事歴が長いわね。たったあれだけのベクトルで、その結論を思いつくなんてね」
「そうですね。しかもこのプログラムも枝葉の一部に過ぎません。幹にあたるような部分ではないです。誰かが・・・」
そう現代では、全てが自然任せのエネルギーインフラになってる。
エコだ自然だとお題目を上げていたマスコミは、すぐに電力不足で廃業になった。
それを推進してきた与野党も全ての実権が空洞化して、今や水道利権だけの奪い合いに血眼になってる。
このウィルスを避けて個別生活を強いるのも、集会やデモや政治活動を自発的にさせないためだろう。もはや選挙ですら、chatやtwitterのリプで済まされている。
その不安定な電力の中に、安定したインフラが生まれる。
それはどれほどの利権を産むだろうか。
「政府かしらね、これ」
「まあ違うでしょうね。ちゃんと政策として出した方が、政権を盤石に出来るでしょう。むしろ反対側ですね」
「エネサプライテロなのね。大規模な安定電源を手中にして、国ごと奪うのね。安定供給があれば、民意とやらもすぐに新政府につくわね」
わたしは思案をした。その糸口を探して。
「情報屋さんは、この解析が済んだらdeleteする予定だったの。もう利用価値もないし、むしろ貴方の顔と素性を知られているし。けど糸口は彼しかいないわね。だって」とコンセントを指差した。
そこには業務用のコンセントがあった。これだけの容量を安定供給された部屋を持つ人物。それは疑うべき。
それにしても厄介ね、と思った。
あの男がバイオチップさえ持っていたら、スキャンしてデータコピーしてdeleteができた。それができないのは、脳内記憶というLive Discしか持ってないから。しかもそれって曖昧なものだし、ほんの僅かな微分計算式も記憶できないでしょう。年数が経てばどんどん劣化していくでしょう。このPCにまだ何が有るのか、またこの部屋と同じような、情報の結束点が他にいくつか有るのか、それを記憶に頼らないといけないなんて。
なんて非効率。
そういえば世界史のクラスで習ったわね。
記録を最も遠い後世に残せるのは石板とか石碑だと。
わたしたちのようなデジタルデータは簡単な衝撃でもclashするし、紙は酸性紙になって印字は綺麗になったけど、1世紀も持たない。木版も燃えたらおしまい。最後に残るのは石だと。
非効率に見えて、プロテクトとしては賢い一手ね。
けれど道筋は見えてきた。
わたしは居住まいを正して背筋を伸ばした。
眼を閉じて体内の血管網を磁空領域に広げていく。手法としては千晃の頃と同じ広域検索のやり方だけど、その範囲は数倍にもなってる。流石にハニカム構造のダブルコア。
スキャンしているのは電源網にあるだろう、独立供給回線の結束点。
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