第4話 魔獣の討伐
美少女が解き放ったファイアーボールは、『インペリアル・エイプ』の大きく太い腰に直撃した。しかし、『インペリアル・エイプ』の巨躯には、かすり傷一つもついていない。もしかしたら、あのゴワゴワした霞色の体毛が攻撃を防いでいるのかもしれない。
「見た目以上に、かなり頑丈だな・・・。」
『インペリアル・エイプ』の耐久力に驚いている俺とは対照的に、美少女は表情一つ変えず、すぐさま次の攻撃に移行していた。『インペリアル・エイプ』から繰り出される強烈なパンチを華麗に躱しながら、美少女はさっきとは異なる魔法を使用した。
「ウォータースピア!!」
美少女が魔法名を叫ぶと同時に、水から構成される小さな笹穂槍が10本、『インペリアル・エイプ』を囲むように出現した。そして、美少女が右手を『インペリアル・エイプ』に向けて突き出し、力強く握ると、一斉に10本の槍が『インペリアル・エイプ』のぶ厚い胸板めがけて一直線に進んだ。
「おぉー!すげぇー!カッコイイ!!」
俺は初めて見る水属性魔法に深く感動した。女神から貰った説明書には、水の初級魔法として「バブルショット」というものが載っていた。名前からして、強力な泡を生成して攻撃する魔法なのだろう。
しかし、俺が今見たのは説明書に掲載されていない魔法だ。果たして、「ウォータースピア」は初級魔法なのだろうか。
俺が水属性魔法について色々思案しているとき、美少女と『インペリアル・エイプ』の戦闘は、いよいよ最終局面に突入していた。
『インペリアル・エイプ』の破壊力抜群の攻撃に対して、当初涼しげな顔で回避していた美少女だったが、徐々に体力が削られ、今は何とかギリギリ躱している状況だ。
「う~ん、これはやばいな・・・。」
荷車の近くで口論していた3人の男女はいつの間にか静かになり、各人が死を悟った目をしていた。痩身の眼鏡男については、ほぼ気絶している感じだ。おいおい、大丈夫かよ。
俺は生い茂る草木の陰に隠れており、『インペリアル・エイプ』も含めて、誰も俺の存在に気づいていないはずだ。だから、たとえ俺が全速力でこの場から逃走しても、誰からも恨まれはしないと思う。
だが、俺にその選択肢はない。困っている、苦しんでいる、助けを求めている。そんな人たちを見捨てるほど、俺の性根は腐っていない。生前は教育学部に入って、一応は教師を志した人間だ。自分の手が届く範囲に辛い思いをしている人がいるのなら、積極的に手を差し伸べるのが道徳・倫理というものだろう。
ガタガタと足の震えは止まらないが、俺は何とかあの化け物と戦う決心がついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『インペリアル・エイプ』との戦闘開始直後から、その少女は死ぬ覚悟を決めていた。
「私は今日、ここで死ぬ運命なんだ・・・。」
物心ついたときから、少女はいつも一人で戦ってきた。その理由は、非常に単純明快である。少女が「モノ」だからだ。
「ある目的」のために旅を続けている少女は、偶然この大森林で休息を取っていた。20分ほど腰を下ろし、そろそろ出発しようとしたそのとき、遠くから何かがバキバキバキと壊れる大きな音がした。
「えっ、何!?何の音!?」
音の大きさから嫌な予感がした少女は、急いで破壊音が聞こえた方向に走った。破壊されていく音が近くなるにつれ、男女の喧騒のような声も聞こえてきた。
鬱蒼とした森林に叢生している植物をかき分けながら進むと、少女は衝撃の光景を目の当たりにした。
「ま、まさか・・・え、閻魔種!?そ、それにあの見た目は・・・『インペリアル・エイプ』!?」
そこには、大破した荷車と閻魔種の『インペリアル・エイプ』に対峙する男女3人の姿があった。男女3人はそれぞれ大きな怪我をしているが、致命傷には至っていないようだ。ただ、3人とも出血がひどく、早く止血しなければ、取り返しのつかないことになるのは明白だった。
「どうして、閻魔種がこんなところに・・・。」
閻魔種は魔獣の中でも「最凶」「最悪」と謳われているが、人魔戦争時代のダンジョンにしか生息しておらず、ダンジョンに潜ることができるのは、Aランク以上の冒険者か、「ウィザード」だけだ。つまり、普通に生きていて、閻魔種と遭遇することなど、まずない。
しかし、今は閻魔種が森林に存在している理由を考えるよりも、男女3人の身の安全が最優先だ。
「ねぇ、どうするの!?荷車が原形をとどめてないんだけど!」
「そんなことより、『インペリアル・エイプ』だろ!!」
「お、大きすぎますよ!!そ、それに閻魔種ですよ!!た、倒せるわけがありません!!無理です!!」
男女3人は『インペリアル・エイプ』に各人の武器を向けながら、大声で言い争いをしている。見た目と会話から察するに、冒険者パーティーだろう。だが、3人のレベルはお世辞にも高いとは思えない。装備から察するに、恐らくDランクかEランクだろう。このままだと、閻魔種に一方的に蹂躙されるのがオチだ。
もちろん、Bランクの私でも、閻魔種の『インペリアル・エイプ』を倒すことは不可能だ。複数のAランク冒険者が協力して、ようやく討伐できるモンスターに、私一人で太刀打ちできるわけがない。
だから、その化け物と対峙している男女3人を見捨てても良かった。誰も文句は言わないだろう。けれど、私の足は、勝手に前に進んでいた。
「私が引きつけておくから、あなたたちは早く手当を!!」
私は勢いよく飛び出し、『インペリアル・エイプ』の正面に立った。少し足が竦んでいるが・・・。
男女3人は突然の出来事に一瞬固まっていたが、状況を理解したのか、すぐに「ありがとう!!!」と口を揃えて、大破した荷車の近くに避難した。
「さてと、ここからどうしようかな・・・。」
何の準備や作戦もなく、『インペリアル・エイプ』の前に飛び出した私は、自分の言動に心底驚いていた。私は、いったいどうしたのだろうか。紛れもない自分の言動だが、まるで何か、得体のしれない調整力が働いたような気もした。
「私は今日、ここで死ぬ運命なんだ・・・。ごめんなさい、師匠。」
一人で旅を続けてきた私が最期に、誰かのために死ぬとは。ある意味、私らしい死に方かもしれない。私は、死期を悟りながら、心の中で「師匠」に謝罪し、『インペリアル・エイプ』と対峙した。
しかし、私が最期を迎えることはなかった。のちに、この世界を大きく変える「あの男」のせいで・・・。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は美少女と『インペリアル・エイプ』との戦闘を洞察し、一つの仮説を立てた。それは、「魔法は使用者の意思で、その威力や範囲をコントロールできる。」というものだ。
美少女が放った2つの魔法。特に、最初の「ファイアーボール」がその顕著な例だろう。俺が広大な草原で、「ファイアーボール」をぶっ放したとき、特に何も考えていなかった。しかし、美少女の「ファイアーボール」は俺のよりも遥かに小さく、威力自体もそこまで大きくなかった。
つまり、美少女は森林の火の海にせず、また怪我をしている男女3人に危害を加えないように、あえて大きさや威力を絞ったのではないか。そして、俺も明確な意思をもって魔法を行使すれば、小さな「ファイアーボール」が放てるのではないか。大きさや威力をコントロールした「ファイアーボール」であれば、何とかあの美少女に加勢できるだろう。
正直、美少女の「ファイアーボール」で無傷だった『インペリアル・エイプ』に俺の攻撃か効くとは到底思えないが・・・。まぁ、なるようになるか。
仮説を整理した俺は、ついに『インペリアル・エイプ』の眼前に飛び出した。
「お嬢さん、ただいま助太刀いたしま・・・・・あっぶ!!!!!!」
俺はバッと飛び出し、まるで騎士のようにカッコ良く登場した(つもりだ)が、タイミングが悪く『インペリアル・エイプ』の頑強な拳が俺の左横をかすめた。
・・・え、い、い、いま、し、死にかけたよな・・・。うん、もう変な登場の仕方は金輪際やめよう・・・。
俺の登場姿を視認すると、戦闘中、一切表情を変えなかった美少女が初めてひどく驚いた表情を見せた。しかし、すぐにもとの表情に戻り、厳しい口調で俺を叱った。
「あなた、死にたいの!?いいから早く逃げて!!こいつに集中できない!!」
「いや、俺だって死にたくないですよ!だけど、1人より俺たち2人で戦った方が、生存確率は上がりますから!」
俺の言葉に、美少女は深くため息をついた。
「はぁ~・・・。自分の身は、自分で守ってよね。あなたを庇って戦えるほど、余裕がないから。」
『インペリアル・エイプ』の猛攻を何とか紙一重で躱しながら、美少女は俺の加勢を一応は認めてくれた。
「もちろん、少しでもお役に立てるよう、頑張りますよ!」
共闘を認めてくれた美少女に感謝しつつ、俺は『インペリアル・エイプ』の破壊力抜群の攻撃を連続で回避した。
・・・あれ?おかしいな。さっきの茂みから見ていた時よりも、こいつの攻撃が遅く感じるぞ・・・。
遅くなった(?)猛撃を避けながら、俺は『インペリアル・エイプ』の隙を探していた。そして、ついに隙と言えるタイミングを見つけた。
その隙が再び来るまで回避し続け、『インペリアル・エイプ』の豪快な左ストレートを躱したそのとき、
「ここだ!!ファイアーボール!!!!!」
左ストレートをサッと避けた俺は、回避と同時に『インペリアル・エイプ』の左脇腹めがけて、渾身のファイアーボールをお見舞いした。今回は明確な意思をもって魔法名を叫び、威力をかなり抑えたテニスボールぐらいの光る火球を、ほぼゼロ距離でぶっ放した。
ただ、ゼロ距離とは言え、あの少女の攻撃でさえ、かすり傷がつかなかったのだ。残念ながら大ダメージとは、いかないだろう。俺は次なる一手を考えるため、直撃した火球の黒煙で覆われている『インペリアル・エイプ』から一旦距離をとった。・・・ん?黒煙で覆われるほどって、案外威力が強かったのかもしれないな。
「グィグ・・・ギャァァ・・・」
だが、『インペリアル・エイプ』から予想外の呻き声が聞こえた。黒煙が徐々に消え、全貌が見えると、左脇腹に、ぽっかりと大きな空洞ができていた。そう、左脇腹を火球が周囲を抉りながら、貫通していたのだ。そして、『インペリアル・エイプ』はその巨体ごと前方にドーンと倒れ込み、内臓から血を流しながら、絶命した。
「「「「「えっ?」」」」」
男女3人、美少女、俺の全員の声が重なった。
・・・えっ、なにこれ、どういうこと?教えて、トライさん。
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