第3話 初めての魔獣
俺は転生後、初めて魔法を使った。そう、誰もが一度は憧れる「魔法」だ。もちろん、魔法の威力はある程度予想していた。だからこそ、広大な草原に思いっきり、ぶっ放したのだ。
「ハハッ・・・・・・。」
俺は10秒ぐらい前に使用した火属性の初級魔法、「ファイアーボール」の軌跡を呆然と眺めていた。
「初級魔法で、この威力なのか・・・。」
とりあえず、俺は火属性魔法の適性があることは分かった。しかし、その破壊力を目の当たりした今、魔法の恐ろしさを痛感した。下位魔法のうち、最もレベルの低い初級魔法でこの惨状だ。上位魔法だったらどうなっていたのか・・・。俺は上位魔法使用後の凄惨な場面を想像し、それ以上考えるをやめた。
・・・うん、これは思考放棄するのが最適だな。だって、この世界の魔法の威力がおかしいんだもん。
俺は早々に魔法の試し打ちを終了し、次の行動に移った。
「よし、じゃあ早速ステータスカードを探しに行くか。」
俺は右手に見える鬱蒼とした森林に恐る恐る足を踏み入れた。あの性悪なアホ女神のことだ、ステータスカードを落とすなら、探しにくい森林の中にするはずだろう。いや、絶対にそうする。
もちろん、魔物や魔獣に出くわすのは怖い。未知の生物だし、どんな見た目なのかもよく分からない。ラノベやアニメでよく見た感じの魔物・魔獣だと、弱点や倒し方が分かるから助かるんだが・・・。
だがしかし、俺にはもしものときの「ファイアーボール」がある。最悪、森林の一部ごとモンスターを灰にしてやろう。森林破壊の罪で投獄されるかもしれないが・・・。
俺はビビりながらも、火属性の初級魔法という拠り所があったので、生い茂る植物をかき分けて何とか奥へ奥へと進むことができた。
・・・それにしても、ツル系の植物多くない?めっちゃ腕とか脚に絡むんだけど・・・。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
青々とした森林をどんどん進みながら、俺はステータスカードを必死に探していた。
「カードらしき物は、全然落ちてないな。」
ステータスカードの大きさや見た目は全く分からないが、「カード」と名前がつくのだから、ある程度予想はつく。だが、それらしきものは一向に見つからない。一方で、俺はステータスカードを探し求めながら、ある違和感を感じていた。
「う~ん、それにしても・・・魔物とか魔獣に一切出会わないな。」
そう、俺はこの森林に入ってから一度もモンスターに遭遇していないのだ。だから、逆に怖い・・・。
「そもそも、この世界では魔物や魔獣のエンカウント率って高い方なのか?」
肩透かしをくった俺は、ステータスカードとともに心のどこかで、魔物や魔獣を見つけ出そうとしていた。その思いが届いたのだろうか、俺はその後「本当の化け物」と対峙することになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
鬱然たる森林に入って、30分ぐらいが経過しただろうか。
「ん?何か聞こえるな・・・」
耳を澄ますと、遠くから何か言い争うような声が途切れ途切れに聞こえた。モンスターの鳴き声というよりは、人が話しているような感じだ。
「・・・よし、行ってみるか!」
某バラエティー番組のように、貴重な第一&第二異世界人の発見かもしれない。説明書以外にも様々なところから情報を収集することで、生き延びる確率が格段に上がるはずだ。
こうして俺は、駆け足で、声の聞こえる方に向かった。
分け入っていくと、転倒し破壊された荷車が見えた。その荷車の周囲には、怪我をした3人の男女が険しい表情で口論している。3人の男女から少し離れたところでは、1人の若い女性が1匹の巨大な何かと対峙していた。
「おいおいおい、何だよあれ・・・。」
異世界人に出会った感動よりも、俺は巨大な何かに驚嘆していた。若い女性が真剣な眼差しで見つめる先には、ゴリラによく似たモンスターが鼻息を荒くしながら、戦闘態勢に入っていたのだ。
ただし、俺が知っているゴリラとは、あまりに見た目がかけ離れている。4m超の巨躯、翠色に光る鋭い眼、霞色に染まるゴワゴワした体毛、頁岩のような大きい拳・・・。俺は一度も見たことがないが、ラノベやアニメの知識から一目で、それが「魔獣」だと察した。
大破した荷車がよく見えるところまで近づくと、怪我をした3人の男女の会話が鮮明に聞こえてきた。
「おい!!『インペリアル・エイプ』がいるなんて聞いてないぞ!今日はいつも通り、ザコモンスターを狩りに来たはずだろ!」
ラガーマンのようなガタイをした小柄な中年男性が泣きながら叫ぶ。
「私だって聞いてないわよ!というか、そもそも『インペリアル・エイプ』は閻魔種でしょ!どうしてこんな辺鄙な森の中にいるのよ!おかしいわ!」
スラっとしたモデル体型で、猫目の若年女性が巨大モンスターを睨みつけながら、泣き喚く。
「もう無理だ!倒せるわけがないよ!僕たちはここで、あいつに食われる運命なんだ!諦めようよ!」
痩身で気弱そうな眼鏡を掛けた男性が、涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、天を仰ぐ。
「なるほどな・・・何となく、状況は掴めたぞ。」
今の会話から察するに、恐らくこの男女3人は魔物や魔獣を狩ることを生業とする人たちなんだろう。ラノベやアニメでよく見る、いわゆる「冒険者パーティー」の類だろうか。
それに、聞こえた情報を整理すると、あの巨大ゴリラモンスターは『インペリアル・エイプ』という名前の魔獣なんだろう。いかにも強そうなモンスター名だ。見た目といい、名前といい、貧弱な俺なら、間違いなく倒せないだろうな。
「・・・ん?となると、あの若い女性は何者なんだ?」
黒くしっとりした質感の髪。透き通った水色の瞳。小柄で細身な躰。年齢は17~18歳ぐらいだろうか。生前であれば、「100年に1度の美少女」などと称されていたかもしれない。そんな美少女が恐ろしい魔獣の『インペリアル・エイプ』と目の前で戦っている。
激昂しているのか、『インペリアル・エイプ』の眼がギラギラと輝きだした。すると、次の瞬間、固く握った右拳を美少女の頭上に叩きつけた。叩きつけた右拳は1mほど地面を陥没させ、周囲の地盤がグラッと揺らいだ。
「いや、えぐいな・・・。化け物すぎるだろ。」
『インペリアル・エイプ』はこの一撃で美少女を屠ったと自覚したのか、ニヤッと笑いながら、慄く男女3人の方を一瞥した。しかし、右拳を陥没させた地面から戻すと、そこには美少女の姿はなく、血も一切流れていなかった。
そう、美少女はギリギリで『インペリアル・エイプ』の攻撃を回避していたのだ。右拳を華麗に避ける姿が俺には、しっかり見えていた。
不思議そうに自分の右拳を見つめる『インペリアル・エイプ』の背後から、美少女が全力で魔法を放った。
「ファイアーボール!!」
「ちょっ、えっ!!??」
俺は美少女が唱えた魔法を聞いた瞬間、転生後初めてとなる死を覚悟した。せっかく生まれ変わったのに、こんなにも早く死ぬかもしれない場面に出くわすとは・・・。
「嘘だろ!?怪我をしている男女3人も近くにいるんだぞ!?ここら一体、木っ端微塵に吹き飛ばす気か!?」
俺がだだっ広い草原にぶっ放したあの火属性魔法を、この狭い森の中で使うとか、もう頭が狂っているとしか思えないんだが。いや、それほどまでに、あの巨大な魔獣に追い詰められていたのかもしれない。
俺はわずか数時間で終焉を迎える転生ストーリーを脳裏に描きながら、美少女が解き放とうする魔法を、冥途の土産にしようとじっくり見た。
「・・・・・・・えっ?」
だが、美少女の「ファイアーボール」は、俺の予想を大きく裏切った。美少女の右手から放たれた赤光は、特に大きさが変わらず、そのまま『インペリアル・エイプ』に直撃したのだ。
一瞬、俺は何が起きたのかが分からなかった。火球の大きさは、バスケットボールぐらいだった。俺がついさっきぶっ放した火球の1000分の1ぐらいのサイズだ。
「あれ・・・?」
俺がさっき放った「ファイアーボール」は一体何だったのか?美少女の魔法のせいで、一気に謎が深まった・・・。
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