第35話 『Believe』1
──文化祭実行委員による劇『Believe』──
水面には満点の星々と燃え上がる空が浮かんでいた。ドレスの女性を乗せたボートがノロノロと航行している。女性はたった一人で船のオールを漕ぎ続けていた。それによって、水面の星空と燃え上がる城が揺らいだ。
「……フィリップ様」
女性はそう呟いたきり、手を止めてしまった。──追手の気配はない。
ぽちゃ、と音がした。何かが一滴垂れたようだった。水面に波紋が生じていた。
──暗転──
「それではみなさん、また明日〜!」
教師の陽気な挨拶を無視し、みんなぞろぞろと教室を後にしてゆく。
「なによもう! 明日こそはみんなで挨拶させてやるんだから!」
その教師の声を背に、ローラはスキップしながら教室を出ていった。
「行きと帰りで廊下の長さが全然違うような気がするわ!」
掲示板、階段、正門……。彼女を縛っていた景色がどんどん過去のものとなっていく。
「さあ! 今日は
いよいよ黄色い外壁と青い屋根の我が家が見えてくる。インターホンを押すと「はい」と返事が返ってきた。
「パパ! ママ! ただいま! メアは帰ってきてる?」
『……パパ? ママ? メア?』
「そう! パパ! ママ! メア!」
『────』
「どうして黙ってるのかしら?」
『家を間違えてないかい?』
「ふざけているの? わたしは何年もこの家に帰ってきてるんだわ。あなたもでしょう?」
『そのとおり』
「ほら、開けなさい。その声はパパでしょう?」
『パパ?』
「そうよ」
『……君は誰だ?』
「はあ……? 誰って、わたしよ! ローラよ!」
『ローラ? 誰?』
「はあ? ふざけるのも大概にしてちょうだい。ほら、ちょっと、出てきなさい!」
『わかったよ。……僕に娘なんていないんだけどなあ』
インターホンの向こうにいる人間がここにくるまでに、ローラは自分の家を見返した。やはりどこにも変なところはない。明確に自分の家だ。
がちゃりと音がして、ローラはそちらに向き直った。ドアが開かれる。
(わたしのパパはスリムなやり手ビジネスマン、ママもスリムな……)
「ローラ、君は誰なんだ」
そこにいたのはデブの男だった。
「はあ⁉︎ あんた誰よ⁉︎」
「君こそ誰なんだよ‼︎ 突然家に押しかけてきて」
「突然家に押しかけてきたのはあなたでしょう⁉︎」
二人は息を荒くして肩を激しく上下させている。
「僕は六年前からこの家に住んでるんだ! 間違えるはずがない!」
「わたしはもう生まれたときからここよ⁉︎ なに、ずっと屋根裏かどこかに潜んで、家を乗っ取るスキを狙っていたの⁉︎」
「はあ⁉︎ 僕はずっと家族とともにここにいたんだぞ⁉︎」
なんの騒ぎ? と、家から三人がでてきた。男、女、男。
「……全員デブ? ありえないわ、わたしの家系は、容姿端麗眉目秀麗の勝ち組遺伝子……」
「失礼だな! 失せろ!」
四人が家に帰って、バタンと扉をしめた。
「なにこれ……? 意味わかんな──」
突然、黒づくめの四人組が、背後から襲ってきた。みんなスリム。さっきの四人じゃない。
「ステファン・ローラ! 静かにしろ!」
黒いテープで口を覆われそうになる。
「なによ、なんなのよ!」
男たちは、このうるさい口は無理だ、体を縛れ、御意、と言い合っている。
「ちょ……」
体がテープでぐるぐる巻きにされた。持ち上げられ、車の荷台に投げ込まれる。
「なんなのよ!」
わけがわからない。けれどそんなのはお構いなしとでも言うように車にエンジンがかけられた。ついに走り出す。
ローラは込み上げてくる涙を必死でこらえ、早鐘を打つ心臓に揺られる。絶望をかき消すように、必死で、叫んだ。
「ねえ返してよ! わたしの家族を、返してよ──────!」
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