第32話 それぞれの最後の戦い

          1


 暗転した体育館に、陽気なアイドルソングが響き渡る。舞台上を照らす淡い光に、三つの影が浮かんでいる。


『それではミスコンテストをはじめます──!』


 脱力感のあるかなでの声が体育館中に響いた。彼女は司会担当・採点担当をものすごい勢いで引き受けてくれていた。


『それではエントリーナンバー01』


 スネアロールがスピーカーから流れ出し、スポットライトが一人の少女を照らし出す。


『夢野いちご!』


 ボリュームスリーブの真白のトップスにイエローのロングスカート。大正時代を思わせるマガレイトの髪とオレンジの幅色リボン。はーいと明るく叫び微笑む少女の顔に祭里は見覚えがあった。

 ワゴン車から出てきた細波を校舎から見た時や、文化祭企画本会議前打ち合わせで祭里を腐したときなど、ときどき登場してくるあの少女だ。


「えーっとお。わたしじしんはミスコンなんて興味なかったんですけどお。友達が出ろってうるさくてえ」


 何その口調、と舞台袖の祭里が思った数秒後。


「──って言えって友達から命じられてたんだけど、そんなんあたしじゃないわ。見てこの服装! 最高じゃない? みんなこの可愛いあたしとレンさまのツーショット見たくない? 見たいと思った人! あたしをミスコンの、レンさまをミスターコンの一位にして頂戴!」


 わああと一気に客席が盛り上がった。わけがわからないが得てして文化祭とはこういうものだ。


『つづいてエントリーナンバー02! 勅使河原麻里奈──!』


 マリナも出ていたのか。その話も聞いていない。飛び込みだろうか。マリナは普段と変わらず、金髪を右肩のあたりでシュシュを使ってまとめていた。服装は白のワイシャツで、第三ボタンまで外していた。


「こんにちわー! マリナでーす! みんなアタシの苗字聞いてないよね? ね?」


 勅使河原ー! と客席から声が上がる。


「だから勅使河原はやめろって!」


『エントリーナンバー02勅使河原麻里奈さん。アピールはしなくていいんですか?』


「アピール? いらないって。それよりさあ!──』


 勅使河原はやめろって!


 マリナと客席の皆が同時に言った。相変わらずわけがわからない。けれどわけがわからないから文化祭なのだ。そう思った祭里は自分も正気を失いつつあることに気がついた。


『さあさあみなさんお待ちかね! 最後の校内最強美少女候補にして最初の男子候補ッ! そしてわたしの最推し!』


 おいおい採点者が一人を推していいのかよ、と野次が飛ぶ。


『いいんです! 所詮文化祭です! まあ採点は平等にしますからご安心を。──エントリーナンバー03、氷室祐介!』


 これまでと比べて明らかに野太い声援が上がる。ダイヤの鬼人、という声がした気もするが気にしない。

 スポットライトが彼を照らし出す──刹那。一切の音が消えた。

 氷室が瞑っていた目を開く。銀色のウルフヘアに持ち前の三白眼。細い首に黒い紐が巻かれている。服装はメイドのものだった。


「氷室祐介です」


 どっと歓声が上がった。あまりの美しさにみんな言葉を失っていたようだった。氷室ー! と誰かが何度も叫んでいる。また野球しような、と。空気が読めない人だ。


「勇気……」


 氷室がぼそりと呟いた。氷室とバッテリーを組んでいた、水島勇気だった。


『さあさあそれでは出揃いました。これからパフォーマンスタイムです。三人のパフォーマンス終了後、みなさんには投票用紙に一位、二位、三位それぞれの名を記入してもらい、その紙を投票箱に入れてもらいます!』



          2


 そろそろ祭里の番だ。


『では続きましてミスコンテストとなります! 候補者どうぞ!』


 いつもでは考えられないほどハイテンションなかなでの声が聞こえてくる。


「忘れてないよね? アドリブのこと」


 細波が耳元で囁いてきた。祭里は大きくこくりと頷く。

 絶対に負けるもんか。ここまで積み上げてきたものを絶対守るんだ。

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