第27話 原石
「でもいいんちょー。あんまり無理しないでよ? いいんちょーには、あっちだってあるんだから」
マリナが肩を叩きながら言ってきた。体育館の舞台上に立つ祭里は二日前のことを思い出した。
(そうだ、私には、あれもあるんだった……)
*
六時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。相変わらず大きな音量だがそれにも慣れてきた。
授業は少し長引いていた。そのためすでに教室の前に控えていた安斎教諭と六限を担当していた先生がすぐに入れ替わる。
ホームルームでの特段の連絡などはなかった。短時間で帰りの挨拶までもが済まされる。
今日は安斎教諭から呼び出されることもなかった。祭里は別の人に呼び出されていたからだ。そのことは前もって安斎教諭にも伝えてあった。
いつものごとくプレハブに向かう。プレハブと校舎の間にある広場には向日葵が咲いていた。いよいよ夏だと感じる。
横開けの扉を開いてプレハブに入る。そこには見慣れた二人の生徒がいた。
「お、来たね」
言いながら椅子から立ち上がったのはかなでだった。眼鏡の位置を調節しながら平坦な声で言葉を継ぐ。向かいに座っていたのは氷室だ。
「これで全員集まったかな。委員長、氷室くん。集まってくれてありがとうね」
なんの用なんだよ、と氷室が退屈そうな声を発した。あくびもしていた。
「他でもない」かなでは声を低くしてふざけたような口調だ。「君たちにはミスコンとミスターコンに出てもらう」
はあ? と氷室。えっ、と祭里。
「例の打ち合わせのときに、委員長たちは『男装ミスターコンテスト』と『女装ミスコンテスト』を提案したよね」
かなでの発言に氷室が「ああ」と続く。「結局異性装のコンテストも通常のコンテストも一緒にすることになったんだよな。男も女も関係なく美少女か美少年のどちらかを目指すっていう感じで」
「そうそう」かなでは目を瞑りながら数回頷いた。紺色の学生鞄の中を漁りながら口を開く。「それで、二人にお願いしたいのはね」
彼女が鞄から取り出したものを見て氷室は狼狽する。「は⁉︎」
「それはね」
祭里も内心で動揺していた。心拍数が上がっている。
「委員長にはミスターコンテスト。氷室くんにはミスコンテスト。──それにね、出場してほしいわけ」
氷室は頭を抱えていた。「なんで俺が!」と怒りそうなものだがそうはしなかった。
祭里ははじめてかなでと出会った日のことを思い出す。たしかプレハブで細波と邂逅し、マリナが打ちのめされた日だったはずだ。
──へえ、氷室くんにそんな趣味が……。
──いや、だから、たった一回、あんときだけだわ! 趣味とかじゃねえし。
──ふーん。それなら氷室くんには。
あのとき。氷室が──しっかし、女子ばっかりだな。居心地
氷室もそのことを覚えていたらしい。「嫌な予感は、したんだよ……!」
かなではパーマのかかった黒髪を、雪を欺く細い指で撫で付けながら喋る。
「委員長、実はスタイルいいんだよね。自覚してないけど。その四肢の綺麗な細さって、あんまり見ない。肉付きがよくないから男子ウケはよくないかもしれないけど、かっこいい男の子にはなれると思うんだ。顔も綺麗だし、髪型とかちゃんと整えればめっちゃカッコよくなると思う。一目見たときから原石だと思ってたんだよね」
祭里は赤くなりながら自分の体を眺める。すとん、という効果音をつけたくなるような凹凸のない華奢な体軀だ。こんな自分が、かっこよくなれるのか。
以前までの彼女であれば「無理だよ」と言っていたことだろうが。今の彼女はプリンセスだ。安斎主導の劇での話ではあるが。とはいえ祭里自信、少し自信がついてもいた。
「氷室くんはさ。その三白眼がめちゃくちゃよくてね。保育園の時の女装写真見せてもらったけどさ、本当に眼がね。いいんだ。お願い、二人の異性装、見たいんだ。やって、くれない?」
結局、後日に異性装を試そう、ということで話がついた。
*
祭里ははっと我に帰る。まだ劇の稽古の途中だった。先ほどまで思い出していた二日前の記憶では制服を着ていたが、いまは違う。空色と白が基調となったプリンセス仕様のドレスだ。
「
祭里は思わず唾を飲み込んだ。『あのシーン』は祭里が最も苦手とするものだった。
(あのセリフが……。どうしてもうまく言えない……)
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