第16話 向いてねえよ(2)

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 結局、その日の打ち合わせは、静かに終幕を迎えた。

 次回の打ち合わせまでに皆が納得できるような独創的なアイデアを二つ生み出すという役目を、文実委員は課された。

 打ち合わせを終えた祭里と氷室は、三階の廊下を歩いていた。窓からは、夕暮れの赤が差し込んでいた。


「氷室くん、フォローしてくれてありがとう」


「いや」


 三階で交わした会話は、それだけだった。

 階段を使って、二階、そして一階へと下る。一階の階段の目の前にあった、『←西棟』と書かれたプレートの前で、祭里は立ち止まる。氷室は怪訝な顔をした。


「なんだよ、帰らねぇのか?」


「いや、帰るけど……。今日は一人で帰りたいかな」


「そうかよ」


 氷室はそう言って、あっさり帰っていった。

 祭里は、正門の方に向かった氷室とは別の方へと歩いてゆく。先ほど立ち止まったところにあったプレートの矢印の方向だ。

 ゆっくりとした、そして迷いが見てとれる足取りだった。東棟と西棟をつなぐ渡り廊下に出て、そこから体育館側ではない方の扉を開く。あの駅前広場のようなところに出た。そこからプレハブへと歩いてゆく。

 プレハブの横開けの扉を開く。それによって生じるガララ、という音は、今まで聞いた中で一番小さかった。

 祭里は扉を閉めることもせず、プレハブの奥へと進んでいく。

 そこにあったのは、あの横断幕だった。


『みんなありがとう!』『文化祭たのしかった!』『今日まで辛かったけど、頑張ってきてよかった』『後輩たち、頑張れ。しんどいときもあるだろうけど、きっといいことになる』


 それらのメッセージを見ても、なんの感慨も湧いてこなかった。


(本当に、そうなるのかな)


 かわりに、この場所で聞いた速水の言葉が、頭をもたげる。


 ──最終的に、学校のみんなで協力して、いいものを作り上げたんだって。


 ──不安な気持ちも分かるけど、きっと大丈夫。頑張ってれば、学校中のみんなが力を貸してくれる。


 ──何か創りたいって顔してるし。


 ──絶対うまくいく。


「本当に……本当に……そうなの?」


 その言葉が、口をいて出た。声は震えていた。


 とめどなく、涙が溢れてくる。


「私は……私には……やっぱり向いてない。無理だよ、こんなの……。なんで、こんなに大変なことが重なるの? それに、何も思いつかない。創りたいものはあるのに、実際にどうしたらいいか、わからない……。向いてない、才能ない……」


 ──そんなおどおどしてて、文実委員長できんの? 大丈夫?


 ──企画力低すぎだろ。


 ──向いていない生徒が無理に頑張るより、向いている生徒が担当した方が、双方にとってプラスだと思います。


「わかってるよ……そんなこと……私が一番……。誰よりも……誰よりもッ‼︎」


 思わず横断幕の下にあった棚を殴りつけてしまった。こんなに重たい感情が内側から湧き上がってくるのははじめてだ。内臓が、上から重機で押しつぶされているような感じがする。


「それでもッ……。やりたくなっちゃったんだもん……。保育園のとき、できなかったから……。絶対に、成し遂げたかったのに……。だって……だって……! ──ッあッ‼︎」


 地団駄を踏んだ。何回も何回も。こんなことは初めてした。歯軋りして、自分の頭を何度も殴る。最後に、ありったけの声を振り絞り、ロングトーンで咆哮した。


「……ハァ、ハァ。……ちゃん。ごめんね、こんな愚図グズに生まれてきちゃって……。私がもっとちゃんとしていれば……」


 そのとき、一枚の紙が、祭里の目に留まった。


(あれは……)






 

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