第14話 吹き始める風

          1


「さよならだ」


 ノーズが言い捨てる。リンの慟哭を背に受けながら。

 次の瞬間、流れていた付随音楽が、ブレイクのタイミングで静止した。

 その瞬間に、スポットライトを浴びながら、彼が言う。


「──ありがとう、リン」


 直後、壮大な音楽が流れだし、舞台の幕が閉じられた。

 客席からは、盛大な拍手と歓声が上がった。


          *


「いやー、よかったよ細波さざなみくん。公演を重ねるごとにどんどん上手くなっていって、今日は真に迫る名演だった。まあ、公演初日はどうなることかと思ったけどね」


 恰幅のいい中年の監督が、傾国の美少年ノーズを演じていた細波に声をかけた。細波はありがとうございます、と丁寧にお辞儀をした。この上ないほど清々しげな表情をしている。大きなカタルシスの中にいることが、一目でわかった。


「それにしても、リンをノーズの生き別れの妹という設定にするとはね。脚本の鈴木くんも驚いていたよ。彼に採用されたんだから、君のその案は本当にいい意見だったんだろう」


「至極恐悦です」


 細波はもう一度深々と頭を下げた。


「君としても、あの設定は絶対に譲れないようだったけれど、一体どうしてなんだい?」


 細波は少し目を伏せた。「──ただの自己満足ですよ」



          2


 マリナとの関係性に軋轢が生じてから、二週間が経った。

 未だにマリナは文実委員の集まりに姿を見せない。就業時間中のマリナは壁を作っているように見えて、同じ教室にいるのに話しかけられない。

 かなではまだ学校を休んでいるらしい。

 今日も祭里は氷室と二人で仕事に取り組む。文実主導の企画の立案だ。

 最近少しずつ暑くなってきたからか、氷室は毎日プレハブの窓を開ける。鈴城すずしろ高校には緑が多いので、若葉の匂いが風に乗って鼻に届けられる。

 明日は、安斎が──会議本番の前にも数回小さな打ち合わせがあるんだけど──と言っていた打ち合わせの第一回が開催される。


(やれることはやったけど……)


 まだまだ不安材料が多すぎる。安斎曰く毎年文実はコテンパンにされているようだし、軍師であったマリナがいないのが何よりの痛手だ。

 氷室に──頭いいのか悪いのかわかんねーな──と言われていたマリナだが、いざというとき頼りになるという心の支えをいつもくれていた。それがないだけで、大きな不安が生じる。


「とにかく、明日、頑張ろう」


 祭里は言った。本来なら自分が組織を引っ張っていくべき立場なのにと、自分の無力さを噛みしめながら。

 

「おう」と言いながら氷室が窓を閉めようとしたとき、外からがさりと音がした。


「何の音?」


「……風に吹かれたんだろ。──草が」

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