第2章 宿敵

第10話 並行線上で踊る思い

「……いいんちょー、氷室。集まってくれてありがとう」


 放課後の文実委員のプレハブで、マリナは言った。彼女の招集によって、三人はここに集まったのだった。マリナは文実委員ではないが。


「それで、用ってなに?」祭里が問う。


 マリナは、時々見せるあの真剣な顔になった。


「──話がある。レンくんについて」



          1


 正門から、黒のワゴン車が学校構内に進入してきた。一年生の教室の前にある廊下の窓から、それは見える。昼休みのことだった。祭里はそれを眺めながら、昨日の放課後にあのプレハブでマリナから言われたことを思い出す。


 ──レンくん……あの日、いいんちょーを紙の剣で殴った細波さざなみれんも、ウチの学校の生徒なんだ。俳優やモデルをやってて、最近仕事で学校を休んでたんだけど、ついに明日の昼休みに来るらしい。


「キャー! レン様よー!」


 突然、二つ隣の教室の方で誰かが叫んだ。すると、あらゆる教室から人が雪崩なだれのように飛び出してきた。

 見ると、ワゴン車の扉は開かれていた。その中から、鈴城高校の詰襟の制服を着た少年が姿を現す。

 少年は、校舎の窓から顔を出している生徒たちに、微笑んで手を振ってみせる。すると数人の女子生徒が断末魔の叫びを残して卒倒した。廊下は大パニックである。間違いなく、彼が細波さざなみ蓮だ。

 薄い唇に、どこか儚い印象を受ける眠たげな瞼。マッシュツーブロックの髪は清潔感のある漆のような黒で、鼻は日本人らしい顔つきによく似合う絶妙な高さだ。すこしかすれた囁くような甘い声が、聞かずとも想像できた。


「あー、レン様が文実委員長やってくれればよかったのに」


「ね。入学式からずっと仕事だったんでしょ? 学校にいたら、絶対委員長になってたよね」


「でもレン様、先生との電話の中で、委員長やりたくないって言ってたらしいよ。委員にはなりたい、って言ってたらしいけど」


「そうなの⁉︎ まあ、どんな人か知らないけどさあ、次の委員長、レン様を差し置いて委員長になったんだから、ちゃんとしてほしいよね。レン様がいるなら、あたしも文実入ろうかなー」


「あそこ、『ブラック委員会』って噂だよ」


 そんな会話が聞こえてくる。細波は、安斎が──他にも文実委員は二人いるんだけど、委員長やりたくないみたい──と言っていたうちの二人目だ。

 マリナは、昨日のプレハブでの話し合いにて、祭里と氷室に、警戒を促してきた。

 

 ──氷室はいいんちょーとの約束があって文実に入ったけど、レンくんに関してはなんで文実に入ったのか本当にわからない。時系列も、色んな連絡が全部電話でなされてるせいで複雑になっててよくわかんないし。気をつけて。何か企んでるのかも。



          2


 祭里はその日の放課後、氷室とマリナの二人とともに、教員室を訪れていた。安斎と話すためだ。「安斎先生、文実の顧問だったんですね。それで色々知ってたんですか」


「そう。ついでに教員文実のリーダーでもあるよ。それで、話ってなに? なんとなく察しはつくけど」


 続いて口を開くのはマリナだ。


「あたしも文実に入りたいんだよね。昨日の体育の時間に、色々話したんだ。いいんちょーや氷室と」


 いいんじゃないかな? と安斎は適当な返事をする。まるでこうなることは分かっていたとでも言うように。


「委員会はとくに入会に必要な書類とかないし、顧問──私が名簿に名前を書けばそれで終了。勅使河原てしがわらさんは今日から活動に参加していいよ。──って言っても、まだ学校始まったばっかで、あんまりやることないけど」


 マリナは頭を下げるでもなく、明るく笑った。「せんせー、ありがと」

 教師にもフランクに接するマリナだが、最低限の分別はあるらしく、「テシガワラはやめて!」などとツッコむことはしなかった。


「もう一人、入れてもいい?」


 マリナが訊くと、安斎は「それは予想外」とでも言うような顔をしたが、すぐに首を縦に振った。

 三人は教員室を辞す。扉を閉めたところで、マリナが「やったね!」と言って祭里の肩を叩いてきた。


「いたっ……」


 マリナに肩を叩かれると案外痛い。力加減ができない性質たちなのだろう。


「とりあえず、これで一安心。まったく知らない人がいたら、おかしな動きはできないはず。まだレンくんが何か企んでるって決まったわけじゃないけど」


 マリナは昨日の放課後での談話にて、細波に先手を打っておくために、マリナの友達でつ細波とまったく面識のない生徒を文実に入れようと提案してきた。その生徒は祭里や氷室とも接点がないはずなので、マリナが仲介役となるのだ。


「こういうのなんて言うんだっけ? 怪我した用心棒?」


ね。もうめちゃくちゃになってるよ」マリナの天然のボケに、祭里がツッコむ。


 すると、職員室では押し黙っていた氷室が、唐突に口を開いた。容貌は昨日と同様、整えられていた。「……頭いいのか悪いのかわかんねーな、勅使河原」


「──だからッ、『テシガワラ』はやめろって!」



          3


「……凛」


 真っ暗な部屋で、面向不背めんこうふはいの美少年は涙ながらに、仏壇に向かって手を合わせていた。


「待ってて。──もうすぐだから。きっともうすぐ……」

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