第6話 黄昏

 私は、ビルの屋上のフェンスに寄りかかって、ボーっと空を眺めていた。


 何も考えず、何も思わず、ただ流れゆく雲の群れを無心で眺めていた。いや、ただ放心していただけなのかもしれない。


「――ここにいたのか」


 ふと入り口の方を見ると、アイシャ会長とリリナちゃんが立っていた。二人とも心配そうな顔をしている。


「あ、会長。すいません、抜け出しちゃって」


 会長とリリナちゃんは私の隣に来て、一緒にフェンスに背中を預けた。


「いや、いいんだ。誰も止められる人間なんていない」

「そうですよお。あんなニュースがあったんじゃあ……」


 二人とも優しいなあ。そんな二人が私は大好き。


「ありがとうございます。でも、なんかピンとこないんです。パパが死んじゃったって聞いても。ずっと離れ離れになっていたから」

「そう、だろうな。今、下は大騒ぎだ。クリステンセン氏は殺されただとか総決起すべきだとか、完全に頭に血が上っている。フランク氏がなんとか抑えようとしてはいるが……」

「今ここで無鉄砲な行動に出たら、それこそ当局の思う壺ですよお。絶対それ狙ってきてますってえ」


 私のパパのせいとは言えないけど、パパの死が皆の心を大きく混乱させて、かき乱している。ここは私が何とかしないといけないのかな。でも、


「ごめんなさい。私、パパの娘なのにこんな時に何も言えないなんて。私、パパの分も頑張ってこの国に言いたいことを言える自由を取り戻すんだって思ってるのに……」


 私が力なくそう言った時、アイシャ会長が私の方にぽんと手を置いた。


「気にすることはない。お前は彼の娘でもあるが、私たちの仲間でもある。私も両親を失って、目的を持ってここにいるが、お前には何か特別なことを求めているわけではない。この国に自由や人権を取り戻したいという思いはお前と一緒だ。同じことを、一緒にやっていけばいい」


 そうか、会長の親はたしか当局の人間に……


「私も同じ意見ですう。まあ、私はBLの同人誌が大っぴらに買えるようになることが目的ですけどねえ」

「二人とも、ありがとう」


 言いたいことも満足に人前で言えない。自分のしたい表現も碌にできない。そんな息が詰まるようなこの国で、私たちができる事ってたかが知れているかもしれない。でも、私たちが戦う事を止めたら、この国だけじゃない、ここに生きている私達の心が死んでしまうんだ。パパもきっと、そう思っているはず。


「私、最後まで戦います。もちろん一人でじゃない。皆で」


 私の言葉に、会長とリリナちゃんは大きく首を縦に振って頷いた。

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