惑星間をつなぐもの③

 だが、そののループを打ち消すかのように、ソラは僕の手をそっとにぎった。その手の中には、うすく光をまとったコンパスのかがやきが窮屈きゅうくつそうにおさまっている。


「だいじょうぶ、それをなんとかするためにここまでかけまわって、たくさんあつめてきたんだから」


 ソラはそう言って、僕を宇宙船の中へとやさしく押しこんだ。


「ちょっとだけ、宇宙船ごとかくれておいてくれ」


 言われた通り船を透明とうめいにして、僕はまどからこっそりと外をうかがう。すると、数人が何かを持って、ソラのほうにあわただしくかけよっていく光景こうけいがチラリと見えた。


「ちょっと、ソラくん! 私たちをおいて先にいかないでよね! 女の子に気をつかうとか、そういう発想はっそうはないわけ? ただでさえ大荷物なんだから、もう……」

「ああ……ごめん、ごめん。後は俺がやっておくから」

「しかしお前、こんなに大量たいりょうの短冊なんかあつめて一体どうするんだ? 七夕おわりの商店街をわざわざかけずり回らされて、もうヘトヘトなんだけど、オレ」

「……まあ、一種いっしゅのボランティアみたいなものだよ。商店街の人も毎年あつかいにこまって大変だったから、こんなにこころよくOKしてくれたんだし」

「ふーん。なんか意外いがい、ソラくんって他人たにんのことなんか興味きょうみないんだとばかり思ってた」

「はいはい、嫌味いやみならまた明日聞くから……。今日はもう帰っていいよ」

「いわれなくてもそうするっての。じゃあな、ソラ!」

「また明日ね、ソラくん!」


 あれがソラの言っていたクラスメイトだろうか? 言いあらそいつつも、みんなどこか楽しそうで、仲がいいことが傍目はためからでもわかる。どうやら学校生活は今も上手うまくいっているみたいだ。そのことが、まるで自分のことのようにうれしかった。


「よし、行ったか。……もういいぞ」


 僕はおそるおそる宇宙船から身をのりだす。そこにあったのは、ソラが持ってきたものよりもさらに大きくてたくさんの袋の山だった。


「ウソ……。これ、全部ぜんぶ……?」

「ああ、これだけあれば、むかえに来る口実こうじつにはじゅうぶんすぎるくらいだ」


 その言葉の意味がよくわからず、僕はコテンと首をかしげる。


「えっと、つまり……。一人じゃとても持ちかえれそうにないことを通信で伝えて、この短冊をはこぶための宇宙船をよこしてもらう。それで、そのついでにお前もそこにのせてもらうって寸法すんぽうさ。これなら、カケラが取り出せなくても帰れるだろ?」

「……すごい、すごいよ! もしかして、そのために一日中がんばってくれたの?」


 ソラのほおが夕日にらされほんのり色づく。そのえるようなオレンジが、僕のいにたいするこたえだった。


「……ありがとう」

「いいって、それよりも通信……」

『その必要はない』


 とつぜん、宇宙船の中からひびく声。それと同時に、僕らの頭上ずじょうに大きな穴がグワンと口を開けた。


「父さん!? これは……?」

『お前から報告を受けた時、すぐにそっちに宇宙船を向かわせた。今は星の一大事いちだいじ。これくらいのことなら、上もゆるしてくれるはずだ』


 そうか、「星もお前も救う」という言葉。あの時から、父さんは僕のことまでちゃんとかんがえて動いてくれていたんだ。

 開かれた穴から、仲間の船がよく見える。

 帰れる。僕は、ふるさとに帰れるんだ。


「よかったな。お前の父さん、すごいじゃん」

「ソラだって、まけてないよ」

「たしかに」


 母星に帰る。それは、この最高の友だちとのわかれを意味する。ずっとずっとわすれないように、一生の思い出になるように……。のこりわずかなこの時間を、僕らはかみしめ笑い合った。


 到着とうちゃくした宇宙船に、次々と袋をつめこんで、最後に僕が乗ってきた小さな船を合体させた。そこに、僕もゆっくりとのりこむ。

 なごりしくないと言えばウソになる。地球ですごしてきた日々が、今も脳内のうないではくり返し再生され続けている。それでも、僕はこの長いようで短かったたびにきちんと終止符しゅうしふをうたなければならない。


「なあ、ずっと聞き忘れてたんだけど……」

「うん」

「最後にさ……お前の、名前。おしえてくれよ」


 船はすでにうき上がり始めた後。その高度こうどは、ゆっくりと確実に増していく。


「……ユウ。僕の名前は、ユウだよ!」


 地面がどんどんととおのいていく。ソラの姿も、小さく、遠くなっていく。


「ユウー! ありがとう! 俺、がんばるから! お前とまた会えるように、ちゃんと夢叶えるから! だから、お前も……」


 かすかに聞こえる友の声。僕は大きく手をふりかえして、空気なんかに負けないように、ソラにちゃんととどくように、のどをふりしぼってさけんだ。


「こちらこそー! ありがとう……! またね、ソラ!」


 いつか、また……。そんな日を夢見ながら、願いと僕をのせた宇宙船は、どこまでも続く空の向こうへと吸いこまれていった。




 船は、広がる暗闇くらやみの中をゆったりとおよいでいく。この感覚かんかく、地球にいたのはほんの少しのあいだだったのに、この浮遊感ふゆうかんが今ではなつかしく思えてしまう。

 帰ったら、一番にしたいこと。それは記録きろくだ。僕が地球で経験けいけんしたあらゆること、出会った人、感情。全部、全部かけがえのない僕のたからもの。だからこそ、他の人にも伝えたい。この思い出を、そのすばらしさを形にしてのこしたい。


 窓ごしに、き通った僕の故郷こきょうがよく見える。そろそろ、この旅も終わりが近いようだ。


『……もうすぐ着きそうね』


 母さんからの通信が、僕をゆるやかに現実げんじつに引きもどす。


『おかえり、ユウ』

「……ただいま!」


 船が着陸ちゃくりくしたその瞬間、僕の目からは涙があふれていた。

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