惑星間をつなぐもの②

『ワレワレハ、ネガイノチカラデ、イキテイル』


 カケラたちはかわるがわる僕だけにかたりかける。


「それって、どういう意味?」

『ネガウチカラヲ、ワレワレガトリコム。ソノカワリニ、エネルギーヲ、アタエル。ソウヤッテ、イママデ、タアスセイジントトモニ、イキテキタ』

「僕たちの、願う力?」

『デモ……。タアスセイジンハ、ワスレテシマッタ。エネルギーダラケノセイカツニ、ナレキッテ、イツシカ、ネガウコトヲヤメテシマッタ』

「おい、カケラのやつはなんて言ってるんだ?」


 僕は今しがた聞いたことをそっくりそのままソラに伝えてみる。僕が話せば話すほどソラの顔はうつむいていき、それとは反対に目のかがやきはどんどんと増していった。


「なるほど! 無限のエネルギーのカラクリが見えてきたな」

「ソラ、一人で納得なっとくしてないで僕にもわかりやすくおしえてよ」


 そう言うと、ソラは一つせきばらいをしてカケラの言葉を要約ようやくしてくれた。


「つまり、カケラはタアス星人の欲望よくぼう願望がんぼう栄養えいようとして取りこんで、そのかわりに今までエネルギーげんとしての仕事をはたしていたんだよ。俺たちだって食事がないと動けなくなって最終的さいしゅうてきにはにする。それといっしょで、タアス星人がそのエサをいつのまにかあたえなくなったことで、カケラはどんどん力をうしなって消えていってるってわけだ」

「そっか……たしかに僕たちにはむかし、よく星に願う習慣しゅうかんがあったけど、今じゃほとんどだれもしなくなっちゃった。それが今回こんかい原因げんいんなんだな」


 また、カケラが口々に「ソウダ、ソウダ」と輪唱りんしょうする。よく聞くと一人だけ「カシコイ」と言っているやつもいた。もちろん、ソラにはこのやかましい野次やじなんて聞こえていないのだけれど。


「ってことは……僕が今もってるカケラは? 消えたりしない?」

「たぶんね。その願う力ってやつが地球人のものでもいいならだけど」

『ネガイ、オイシカッタ』

「いいって」


 これで僕の不安は一つなくなった。でも、かりにこの話を母さんにしたところでしんじてもらえるだろうか? 母さんがしんじても他の人はしんじないかもしれない。


「なあ」

「何?」

「前に話してた転送装置てんそうそうちってやつ、ちょっとでも使えないか?」


 ソラはそう言って、ポケットから何かを取り出した。ちょっとシワはよっているが、小さくて四角い紙のようなものだ。


「小さいものなら、たぶんおくれると思う。でも、僕が帰るにはやっぱりエネルギーが足りない」

「いや、それでじゅうぶんだよ」


 その小さな紙を、ソラは僕にそっと手わたす。よく見ると、地球の文字が書かれているみたいだった。


『ソノカミ、ネガイノチカラ、カンジル! オクッタラ、ナカマ、ヨロコブ!』

「え! この紙から力が? 本当に!?」

「やっぱり! 今日が七夕でよかった……」


 ソラはポツリとそうつぶやいて、いきおいよく荷物にもつをかつぎなおした。


「俺はこの小さな紙をとりあえずかたぱしからあつめてくる! お前は通信で連絡れんらくを取って、ちゃんと説明せつめいした後でその紙を向こうにわたすんだ。できるか?」


 聞きたいことはいろいろとあるが、今はやるべきことをやるほうが先だ。僕は力強くうなずいてみせた。


「よし……。あ、あとあつめるついでに最後のカケラも探そうと思うんだけど……その……」

「何? どうしたの?」

「コンパス……してもらっても、いい?」


 ソラはもうしわけなさそうに右手を出した。

 一瞬いっしゅんだけ、ほんの一瞬だけまよった。コンパスは使い方しだいでわるいことにも利用できてしまう。それこそ地球人の手にはあまる代物しろものだ。でも……。


「いいよ。僕は、ソラをしんじてる」


 コンパスを受け取ったソラはたしかめるようにそっとにぎって「ありがとう」とほほえんだ。


 外はすっかり夜、僕はソラが立ち去った後、母星に通信をとりすべてを話した。母さんはおどろきっぱなしだった。星のカケラが願いの力で生きていること。僕に地球人の友だちができたこと。その友だちがくれた短冊たんざくが、カケラの消滅しょうめつふせいでくれるかもしれないこと……。


「それで、今送ったのがその、願いの力がこもった短冊なんだけど……。どう?」

『……きた。ちょっと待って、さっそく解析かいせきしてみるわ!』


 後ろが何やらさわがしい。母さん以外の研究者もこの未知みちの物体への好奇心こうきしんがおさえられない様子ようすだった。


『すごい、消えかけていたカケラが色を取りもどしていくぞ! なんだこれは』

『ということはまさか……。さっきの話がすべて本当だというのか?』


 どうやら、うまくいったみたいだ。とりあえず話がしんじてもらえたことに僕はホッとした。


『ねえ、たしか地球のお友だちがこれと同じものをあつめて持ってきてくれるのよね?』

「うん。ソラはそう言ってた」

『……すごい。本当にすごいわ、ユウ。ありがとね』

『よし、船だ! すぐに手配てはい準備じゅんびを!』


 母さんの後ろで、指示しじをとばす父さんの声がちょっとだけ聞こえた。


『あとは父さんと母さんにまかせて! だいじょうぶ、なにも心配はいらないから』

「……うん。たのんだよ、母さん。父さんにも、そう伝えて」

『ちゃんと聞こえているぞ、ユウ。お前の情報はムダにしない。かならず、星もお前もすくってみせる』

「父さん! ……わかった。頑張ってね!」


 ひさしぶりに聞いた両親の声は、とても安心した。僕は一気にかたの荷がおりた心地がして、へなへなとその場にすわりこんだ。

 そういえば……父さんが最後に言っていた「星もお前も」ってどういう意味だったんだろう? なぜかその言葉が僕のあたまに引っかかったけれど、つかれて眠るうちに、そのささいな疑問はどこかへとんでいってしまった。


 翌日よくじつ、僕はただひたすらにソラを待った。コンパスを手に入れて気が変わったんじゃないか、もうここにはこないんじゃないか。時間がすぎていくたびに、そんな不安がよわった心にはいりこもうとする。それでも僕は、たった一人の友をしんじて待ち続けた。


「おーい……」


 遠くから、だれかが呼んでいる。


「おーい!」


 夕日に照らされうかび上がるシルエット。かけより手をふるその姿は、まぎれもなく僕の友だちのものだった。ソラだ! ソラが、帰ってきてくれた!


「ごめん! あつめるのに時間かかっちゃって……。でもクラスのやつらも協力してくれてさ、ほら、これ」


 そうつきだした両手には、はちきれんばかりに中身のつまった大きなふくろが四つもにぎられていた。これが全部、あの小さな短冊なのかと思うと、ソラのはたらきに感謝かんしゃせずにはいられない。


「あ……ありがとう……。本当に、ありがとう! でも、こんなにたくさん、一体どうやって?」

「それは、また後で話すよ。それよりも!」


 ソラは袋をドサッと地面に置いて大きく息をすった。


「……実はさ、カケラのほうも俺、見つけちゃったんだ」


 受け取った袋を大切に抱える僕のむねをめがけて、ソラは人さし指をトンとつく。


「お前だ。お前の心の中に、最後のカケラはある」

「……え?」

「俺がコンパスをいくら持ちあるいても、こいつは光りもしなかったんだ。逆に、お前が持っている時はいつもよわいとはいえ光ってた。それってさ、つまりそういうことだろ?」


 そういわれてみれば、そうかもしれない。いわれるまでまったく気がつかなかったが、墜落ついらくする前はコンパスが光ることなんてほぼなかった。いつも光っていたのが、むしろ異常いじょうだったのだ。


「なあ、これは言うべきか迷ったんだけど、お前の願いって……」

「そうだ、どうしよう……」


 あの日、地球に不時着したあの瞬間、僕は「帰りたい」と願った。でも、帰るには星のカケラが必要で……。その最後のカケラを手に入れるには僕が願いを叶えるかあきらめる必要があって……。

 思考しこうのループは一つの残酷ざんこく結論けつろんをみちびきだす。

 僕は、もしかしたら、どうあがいても母星には帰れないんじゃないだろうか?

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