第五話

惑星間をつなぐもの①

 少年は、夢を見ていた。重力に身をまかせ、制御せいぎょをうしなった宇宙船うちゅうせんの中で一人、大気圏たいきけんにしずんでいくさなかのことだった。


 なつかしいふるさとで待つ両親りょうしん姿すがた。帰りたい。星に帰ってとうさんとかあさんに会いたい。


 動力炉どうりょくろからは星のカケラがもれだし、思い思いの方向へとちらばっていく。ただ一つ、よりそうようにのこった最後のカケラは、少年の無意識むいしきの願いを強く感じとった。

 音もなく不時着したとある宇宙人。その思いにこたえるように、星のカケラはその少年の心の奥深おくふかくへともぐりこんでいった。




『……それで、ユウは今どこにいるの? たしか報告ほうこくでは仕事中に失踪しっそうしたとなっていたけれど』


 一時的に自由の身となった母さんが僕にたずねる。そうだ、とりあえずこちらも状況じょうきょうを説明しないと……。


「実は、原石をあつめている途中とちゅうでヘマをしちゃって……。今は地球っていう惑星でなくしたカケラを回収しているところ」

『なくした? 星のカケラを?』

「そう、だからあと一つ見つけるまではそっちに帰れそうにないんだ」

『そっか……。そうだったのね……』


 母さんはそう言ったっきり口をつぐんだ。気まずい沈黙ちんもく。それをやぶったのは、はなをすするようなノイズ音だった。


『よかった……! 無事ぶじで……本当に……!』


 母さんは泣いているみたいだった。今ごろ実感がわいてきたのだろうか。


「なんだよ。さっきも無事かどうか確認してたじゃないか」

『だって、あんた……! 私が、私たちがどれだけ心配したと思ってるの! まったく……』


 そうか、両親は心配してくれていたんだ。ぼくにもちゃんと、そういう人がいたんだ。そう思うと、不思議と通信のノイズが増えていく。


『ユウ……もしかして、泣いてる?』

「べ、べつに……。ちょっと鼻がムズムズするだけ」


 母さんのほほえみが、通信ごしに見えたような気がした。


『とにかく、早く最後さいごのカケラを見つけてこっちに帰ってきなさい。それで、元気なかおをまた見せてちょうだい。だいじょうぶ、こっちの問題もんだいは、私たちがなんとかしてみせるから』

「……うん」

『もし、こまったことがあったらいつでも通信していいからね』

「……うん!」

『それじゃあ、またね。ユウ』


 そう言って通信は切れた。問題は山積やまづみのままだけど、母さんの声を聞いていたら不思議ふしぎとなんとかなるような気がしてきた。


「よし、さがすぞ!」


 僕は気持ちをきりかえて、地平線から顔をのぞかせた朝日にコンパスをそっとかざした。


 やる気があふれていたのもつかの間、僕は目的を見失みうしない、あてもなくさまよっていた。コンパスがどうもおかしいのだ。

 いつもなら星のカケラに反応はんのうするはずなのに、その光は強まることも消えることもない。ただおぼろげなかがやきが、僕の手もとをらすだけ。これではカケラのありかなんて見つかるわけもない。

 母さんに相談そうだんしてみるべきだろうか? いや、向こうもきっとカケラの消滅しょうめつへの対処たいしょでいそがしいはずだ。なるべく迷惑めいわくはかけたくない。

 その後もまちをすみずみまでほっつき歩いたが、目立った収穫しゅうかくは得られなかった。僕は失意しついにくれながら、トボトボと宇宙船に帰るしかなかった。

 いつの間にか、太陽は半分ほどしずんでしまっている。夕日が僕のかげをどんどんと伸ばして……だれかの影と重なった。

 視線が、ゆっくりとそのシルエットを追う。黒いズボン、白いシャツ。そして、見間違みまちがえようもない友の顔。


「なんだ、お前まだ星に帰ってなかったのか?」


 その言葉とは裏腹うらはらに、ソラは嬉しそうにニヤリと笑った。


 僕はソラにたくさんのことを話した。星のカケラが四つあつまったこと、タアス星で起きているナゾの現象げんしょうのこと、帰るために必要ひつような五つ目のカケラが見つからないこと……。


「なるほどな……。よくわからないけど、お前がピンチだってのはよくわかったよ」


 ソラはうずくまる僕のかたにかるく手をおいた。


「……あの時のおれい。そういえばまだだったな」

「え?」

手伝てつだわせてよ、俺にも。お前がイヤだって言っても、何ができるかわからなくても……。それでも、俺はお前にりをかえしたい」


 僕の目をまっすぐ見て、ソラはそう言った。


「……いいの?」

「だから、そう言ってるじゃん」


「それに、面白そうだし」とつぶやいてソラは不敵ふてきな笑みをうかべる。それが僕にはとてもたのもしくて、少しだけかっこいいと思ってしまった。


『ガッ……ガガッ……』


 不意に、通信機つうしんきからノイズが走る。僕はびっくりしたひょうしに思いっきり尻もちをついてしまった。


「お、おい! どうしたんだ、だいじょうぶか?」

「ごめん、急に通信が入ったから、おどろいちゃって」

「通信……? 俺には何も聞こえないぞ」


 その言葉に困惑こんわくするヒマもなく、ふたたびあのハーモニーが僕の脳をゆさぶる。


『アツメロ……タリナイ、ネガウチカラ……』

「なんなんだよ! 一体だれだ、こんなふざけた通信をしているのは!」

「おい、落ちつけって。なんだ、何が聞こえてるっていうんだ?」


 この声、ソラには聞こえていないのか? もうわけがわからない。だが、その奇妙きみょうな通信は一向になり止む気配けはいがない。


『ワレワレハ……ウチュウセイメイタイ……』


 とつぜん、あれだけ重なっていた声が消え、一つの声が僕の質問に答えた。


「宇宙生命体?」


『ウチュウセイメイタイARTSアーツ、ソレガ、ワレワレ……』


 今度はべつの声が、僕に語りかけてきた。


「ARTS……? でも、そんな名前聞いたことが……」

『マタノナヲ……ホシノ、カケラ』

「星の、カケラ……? カケラが生命体だって!?」

「えっ!? マジで?」


 僕の言葉につられてソラも目を見開く。


『ソウダ、ワレワレハ、イキテイル。ワレワレハ、オマエガアツメタ、カケラ。ワレワレノナカマ、タアスセイデ、クルシンデイル』

「仲間が? それって次々にカケラが消えていることと関係しているのか?」


 その言葉に、ARTSたちは口々に「ソウダ」と返してきた。


「なあ、俺には聞こえないからなんとも言えないが……。もしもその事に関係しているなら、これってチャンスじゃないか? ひょっとしたら、解決の糸口が見えるかもしれないぞ」


 ソラの言う通りだ。母さんは「まかせて」なんて言っていたけど、僕だって両親の役に立ちたい。僕はもう少しだけ、このカケラの声に耳をかたむけることにした。

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