きらきら星になりたい④

「ウソ……だよね? なんで、なんで!?」


 わからない。ミイがなぜ一人でここまできたのか、何を思っていたのか、そもそも何を願っていたのか、全部、全部僕には理解できない。このつらい現実を、あたまが受け入れようとしない。疑問ぎもんがいくつも浮かんでは消えて、後悔こうかいばかりがしよせて。いかりとかなしみで、心がもうグチャグチャで。

 どこか遠くに行こうとしているのは、あの伝言でんごんを聞いた時なんとなくわかっていた。でも、まさかこんなに、手の届かないところに行ってしまうとは思わなかった。


『地球にはね、死んだら星になるっていう言い伝えがあるのよ』


 ミイの言葉があたまの中をかきみだす。わかりたくもなかった感情かんじょう。ああ、そうか。これが、このグチャグチャでどうしようもないのが「死ぬ」ってことなんだ。ミイは今、僕らを照らす星になったんだ。

 雨は、いまだに生きとし生けるものの体温をうばって、いつまでもり止んでくれそうにない。でもそれでよかった。今ならどれだけ泣きわめいても、全部天気のせいにできるから。

 見えない星をあおいで、僕は涙にぬれながらもせいいっぱい願った。どうか雲の向こうで、安らかに。また、あいつが自由にかがやけるように。そう祈った手でミイをなでる。


「……おやすみ」


 まぶたを下ろしたミイは、本当に、しあわせそうに眠っているようにも見えた。


 通り雨が過ぎ去った早朝そうちょう、みすぼらしくドロにまみれた体を引きずって、僕は宇宙船へとカケラをはこんだ。どうやってとか、いつのまにとか、そんな細かいことはよくおぼえていない。体が心をおいてけぼりにして、気がついたら僕はそうやって、自分の仕事を終えていた。

 結局、チエには何も言わずに出てきてしまった。何を、言えばいいのだろうか。僕が本当は宇宙人で、いつまでもいっしょにはいられないことか。それとも、ミイはもう、二度と帰ってこられないということか。どちらにしろ、彼女が一人になってしまうのは変わらない。

 ふと、あいつが最後さいごにたくした遺言ゆいごんを思い出す。そうだ、このままではミイの感謝の気持ちはとどかない。もっとも伝えるべきは、僕のかってな都合つごう残酷ざんこくな事実ではなく、残された思いのほうだ。

 コンパスのボタンを、くるりくるりと慎重にまわす。今度は完璧かんぺきに、あいつのまねをする。この世のものとは思えないほどうつくしい三毛ネコになった僕は、その体をめいっぱいしならせて、脇目わきめもふらずチエのもとへとひた走った。


 へいから庭、庭から縁側へとかるい身のこなしでとびうつっていく。日の光が部屋を明るくらしているにもかかわらず、家からは一切の物音がしなかった。どうやらチエは、まだ布団の中で眠りこけているようだ。

 その枕元に、そっと、静かによりそう。


「ミ……イ……?」


 うっすらと目を開けて、彼女は意識いしきがまだはっきりとしないままこちらを向いた。寝ぼけている今が、チャンスなのかもしれない。


「チエ、聞いて。一回しか言わないから、ちゃんと聞いてね」


 彼女の目がだんだんと大きく開かれる。その表情が、僕の正体を知った時のミイのかおと重なる。もしかしたら、ネコというのは飼い主に似てしまうものなのかもしれない。なんとなくだけど、そう思う。


「あのね、ありがとう……。いっしょにいて、わたし、楽しかった」


 チエは何も言おうとしない。まだここが夢の中だと思っているのか、しきりにまばたきをくり返すばかりだ。


「ごめんね、最後まで、いっしょじゃなくてごめん」


 これは、ミイだけじゃなく僕からの言葉だ。ひとりぼっちになってしまう彼女への、せめてものおわびの気持ちだ。


「——さようなら、チエ」

「ミイッ……!」


 彼女が飛び起きてしまう前に、僕はみずからの姿を朝靄あさもやの中に溶け込ませた。にぎったコンパスのボタンが、手のひらにくいこんでいたい。でも、にぎりしめずにはいられない。きっとチエは、その何倍も痛くてつらい思いをしているから。


「そっか……。ネコは、寿命がきたらひっそりといなくなるっていうウワサは、本当だったんだねえ……」


 チエのほほを、大粒おおつぶの涙がつたい落ちる。


「ごめんね、一人でいかせて……。わたしも、いつかはそっちにいくから、だから」


 あふれる涙は、とどまることを知らない。その悲しみが、彼女の布団にいくつものシミをつけていく。


「もし、私も星になれたなら……その時は、となりでいっしょにかがやこうね。ミイ」


 昨日、たしかに夜通よどおし泣いたはずなのに、チエの声を聞いていると不思議ふしぎとまた涙がにじんできた。

 それでも僕には、まだやるべきことがある。星のカケラを集めるためにも、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだ。

 僕は息をころして、ゆっくりと庭の草をふんだ。


「……ありがとうね、ブチ」


 なんで、どうしてわかったのか、おどろきのあまり思わずふりかえってしまう。チエは自分の首を指さして、さっきまで僕がいた枕元にやさしく笑いかけていた。

 そうか、首輪……いや、コンパス、か。どうやら、僕のツメがあまかったらしい。


 僕はもうふりかえらずに、心の中でもう一度「さようなら」とだけつぶやいた。縁側には、いつもと変わらぬやさしい光がスポットライトのようにさしこんで、僕らのすえを温かく見守みまもっていた。




 そのころ、宇宙船ではとある通信が、ノイズまじりに届いていた。だが、それを聞いていたものはだれもいない。不幸ふこうにも、ちょうどその時、宇宙船の中にはだれ一人としていなかった。だから当然とうぜん、その内容を知るものもいないのだ。


『アツメロ……タリナイ、ネガウチカラ、モットアツメロ……』


 その星の呼び声はしだいにとぎれ、やがて完全にかき消された。あとにはザーッという夕立ゆうだちのようなホワイトノイズだけが、せまい船内に延々えんえんとひびいていた。

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