きらきら星になりたい②

 ミイは何も言わず、ただじっと僕の本当の姿をその大きな瞳で見つめている。チエにバレるとまずいので、僕はすぐにネコのブチへともどった。


「……は?」


 ミイはいまだに理解がいつかないといった様子ようすで鼻にしわをよせる。


「宇宙人が、なんで人の願いになんか興味きょうみあるわけ?」

「それは、自分の星に帰るためだよ」


 クエスチョンマークを大量に浮かべて首をかしげるミイに、僕は一から説明した。


「……要するに、仕事でやらかしてなくした大事なものを回収してまわってるってわけね」

「そう、それが星のカケラなんだ」


 ミイは毛づくろいをしながら考えこむ。


「願いをおしえたら、叶えてくれるの?」

「まあ、そうしないと回収できないから……」

「ふーん」


 しばしの沈黙ちんもく。ザワザワと草木がゆれる音とチエのおっとりとした足音だけが、この気まずい空間を支配しはいしていた。


「……いいわ、おしえてあげる」

「え!? 本当?」

「ただし、条件じょうけんがある」

「じょう、けん……?」


 ミイは行き場をなくしたしっぽをするりと床に下ろし、こちらに向きなおった。


「チエと……あの人とずっといっしょにいてくれるなら、考えてあげないこともない」

「……話、本当にちゃんと聞いてた?」


 僕だって、いっしょにいるのがイヤなわけじゃない。チエはまだ会ったばかりの僕にとてもやさしくて、名前までつけてくれた。でもその条件は、母星に帰りたいと願う僕にとって無理むり難題なんだいとしか言いようがない。たとえその条件を飲んでチエといっしょにいたとしても、コンパスが使えなくなってしまっては、僕はもうブチではいられないのだ。


「そう、ね。無理言ってごめんなさい。今のは忘れて」

「……それで、願いは?」


 そうたずねると、ミイはおもしろくなさそうに体を丸めてうなった。


「あいにく、あなたにおしえる義理ぎりはないわ」

「なんだ、それ。僕が条件を飲めないことくらいわかってたくせに」

「……そうね、ダメもとでたのんでみただけ。でもチエの願いは、叶えようと思って叶えられるものじゃないの」

「じゃあ、あきらめるのは?」


 僕はそう食い下がったが、ミイからの返事はない。


「おーい」


 つついてみるが反応はない。どうやら話している最中にもかかわらず眠ってしまったようだった。こちらのことなどおかまいなしに、スースーと気持ちよさそうに寝息を立てているのがなんだか腹立はらだたしい。


「結局、自分でさぐるしかないか」


 僕はミイにかまうのをすっぱりとあきらめて、チエのほうの様子をうかがってみることにした。

 彼女は居間のおくのほうでイスにこしかけ、読書をしているようだった。

 丸みをおびたメガネを時おり動かしながら、指で一文一文をなぞり夢中でページをめくっていく。その姿は、まるで無垢むくな子どものようにも見えた。


「……あら、ブチ。どうしたの?」


 コンパスの翻訳をしっかりと調整してチエの足にすりよると、彼女はパタリと本を閉じて、僕をやわらかいひざの上に乗せてくれた。

 そのまま、あたまをよしよしとなでられる。しわくちゃの手とくすんだスカートごしに伝わる体温がとても心地よい。安心しきった僕は、あまりの気持ちよさにチエのひざをつい、寝床ねどこにしてしまった。

 うとうととまどろみ、目を閉じかける僕を見て、チエはほほえみながらその毛並みにゆっくりと指を通す。そういえば、小さいころは母さんもよくこんなふうに僕を寝かしつけてくれたような気がする。そんなふうに、昔のことをぼんやりと考えているうちに、僕はいつのまにか夢の世界へとその足をふみ入れていた。


 ハッと気がつくと外はすでに暗く、僕は温かい毛布にくるまれてずっと眠っていたようだった。きっとチエが僕のためにそうしてくれたのだろう。ひざをかしてもらった上に毛布まで、彼女にはきちんと感謝しなければならないと僕は強く思った。

 そのチエはというと、たたみの部屋に布団をしいてぐっすりと熟睡じゅくすいしているみたいだ。ときどき寝返りをうちたいのかモゾモゾと動いてはすぐにおとなしくなる。それが何だかおかしくて、僕は起こさないようにこっそりと笑い、すみに追いやられた布団をそっとかけなおしてあげた。


 その時、ちょうど視界のはし、縁側のほうにフラフラと向かう影が一つ見えた。


「おい」


 思わず僕は声をかける。月明かりに照らされ黒く浮かび上がるシルエットは、ミイ以外の何者でもなかった。


「……なんだ、起きてたの」


 ミイはそう言って、ほんの少しだけ笑ってみせた。


「どこに行くんだ。もう夜だぞ?」

「何よ、ここに来てからまもないくせに。わたしに指図なんて十年早いわ」

「……別に、行くなとは言ってないけど」


 僕がそうふてくされると、ミイは「仕方がないわね」と言って、ちょんちょんと縁側をたたいた。来いと言われているような気がして、しぶしぶミイのとなりまで歩く。

 ミイはその瞳の奥に、空一面にひろがる星々のきらめきをうつしているようだった。


「チエはね……星に、なりたいんだって」

「……星?」

「地球にはね、死んだら星になるっていう言い伝えがあるのよ」

「そう、なんだ。でも、どうして今それを? あんなに、話すのをイヤがっていたのに……」


 僕の質問に、ミイは何も答えずただ弱々よわよわしくしっぽをふった。


「ねえ……宇宙人って、人間と話すこともできるの?」

「……できるよ」

「じゃあ、一つだけ、お願いがあるんだけど」


 そう言って、ミイは庭へと優雅ゆうがに着地する。


「チエに伝えてほしいの。ありがとうって。いっしょにいて、楽しかったって」


 華麗かれいなジャンプでへいに飛びのるミイの背中は、まぶしく三色にかがやいていた。


「ま、まって! どこに行くのか、まだ聞いていない」

「……ただの散歩よ。ネコは毎日気まぐれに散歩をする生き物なの。せいぜいおぼえておくことね」


 それだけをきすてて、ミイは塀の向こうへと消えていった。くせのある茶色い毛が一本だけ、僕のつめに引っかかっていつまでも残っていた。


 その後、日がのぼり朝になっても、日がしずむ夕暮ゆうぐれ時がおとずれても、ミイがこの家に帰ってくることは決してなかった。

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