第三話

きらきら星になりたい①

 わたしは夜が好きだ。しずかで真っ暗で、星と月の光だけが空を引き立て、かがやかせる。他のだれにもじゃまされない、わたしたちだけの時間。そんな夜をあなたといっしょにごすのが、わたしはたまらなく好きなのだ。


「あ! あれ見て、ミイちゃん。流れ星だよ、流れ星」

「ニャーン」

「きれいだねえ……。もう長いこと生きたけど、流れ星をみたのは何年ぶりかねえ……」

「ンナゴッ、グルルル」

「おや、もうおねむかい? 最近、寝てばっかりだね。わたしも、お前も」


 縁側えんがわでぼんやりと、夜空をながめる一人と一匹。やさしげな表情で、老婆ろうばはそっと、となりで気持ちよさそうにうずくまるネコをなでた。


「どうせぬなら……せめてあんなきれいな星になりたいねえ」


 ネコはそれに同調どうちょうするように、一つ大きくのびをした。いつのまにか眠ってしまった彼女らのねがいにひかれ、星のカケラはフワフワと、その間をうめるようにただよいけていった。




 この星にり立ってはや五日。ぼくは今、最大の危機ききに直面しているのかもしれない。


「フシャー!」

「……ミイちゃん? どうかしたのかしら」


 カケラがありそうな家をさがし当てて、その庭にこっそりとおじゃましたところまではよかった。だが、こちらは透明とうめいになっているにもかかわらず、この目の前の凶暴きょうぼうな生物はなぜかツメをとぎ、そのキバを容赦ようしゃなく僕に見せつけた。まるでナワバリを犯した僕に警告けいこくするように、うなり声まで上げている。


「そうだ、翻訳ほんやく……できるかな?」


 地球に来てからはもっぱら人間の言葉ばかりを翻訳して聞いていたが、カケラの力によって、言語げんご種族しゅぞく垣根かきねえて意思いし疎通そつうできるのが、故郷こきょうのタアス星では当たり前となっていた。

 ためしに、ミイと呼ばれていたこの小さな生き物の言い分を聞いてみようと思い、コンパスのボタンを指で何度かはじく。はじかれるたびにコンパスがふるえ、ただの雑音ざつおんに過ぎなかったものが、しだいにはっきりと意味を持って僕の耳までとどいた。


得体えたいの知れないやつめ。ここはチエとわたしだけのにわよ。よそものはとっととるがいいわ!」

「#%$€^*+?」


 年老としおいた地球人がミイをなだめようと何か言っている。しかし今はその内容まではわからなかった。どうせなら切りかえなしにどちらの言葉も理解できるようにしてほしいところだ。

 まあ、そこまでの機能きのうをコンパスごときに求めてはいけないのかもしれないけれど。


 向こうがこちらの気配けはいに感づいている以上、このままでは地球人にまで不審ふしんに思われかねない。僕はとっさに目の前の、白黒茶、三色で構成こうせいされたミイとやらをさわりつつ手元のボタンをつたなく回した。

 するとたちまち、僕の姿すがたは小さくちぢんで、あたまからは三角の耳、おしりからは長いしっぽが元気よく生えてきた。


「あら、あなた……ミイちゃんのお友達?」


 どうやらいきおいで翻訳のほうも元にもどしてしまったらしい。チエと呼ばれていた地球人は、僕を見つけるとひょいと持ち上げてうれしそうに笑った。


「かわいいネコちゃんねー。お名前は? ぬしさんはいるのかしら」


 こうしているあいだにも、足もとからミイの威嚇いかくするような視線と息がとんでくる。どうみても友達にたいする態度たいどではないのだが、この地球人はそんなことに微塵みじんも気がついていない様子で僕をかかえ、その毛並けなみをやさしくなでた。なるほど、「ネコ」というのも案外あんがいわるくないのかもしれない。僕はその手に身をゆだね、のどをクルクルとならした。


「なんか首輪くびわみたいなものはついてるけど、特に名前は書かれていないわね。じゃあ毛が黒と白だから、そうね……ブチ、ブチがいいんじゃないかしら」


 ボタンを手さぐりでいじったせいか、僕はミイを完全にマネできたわけじゃなかった。でも逆に、全く同じ毛並みの動物が二匹もいたらそれこそあやしまれてしまうことを考えれば、むしろ不完全でよかったとすら思った。ブチか。ブチ……うん、いい名前だ。


「ニャーン」


 僕はミイをまねるようにいて、彼女に同意をしめした。

 マネされた三毛ネコのミイはというと、ただ不服ふふくそうにはなをならすのみだった。


 どうやらチエは、この大きな家に一人でくらしているようだった。いや、正確には一人と一匹だろうか。


「ミイちゃん、ブチー!」


 チエは僕らの名前を呼びながら、水の入った皿を二つ床においた。ついさっきまでうたたねしていたミイはピクリと耳だけを動かし、めんどくさいと言わんばかりに大きくあくびをした。僕もつい、それにつられて口が開いてしまう。


「ちょっと、ダメよ。最近 あついんだから、ちゃんと水分とらないと」


 そう言って皿をグッと目の前に押し出すと、チエはまた部屋のおくへと去っていった。水面はあらゆる光を乱反射らんはんしゃして白く、ゆらゆらと定まらない僕のかげだけがそこに浮かび上がる。ちょんとれてみると、思ったよりもひんやりとしていて気持ちがいい。何より、つつくたびにうつる景色がグニャグニャと形を変えていくのが面白くて、僕はすっかりその水遊びに夢中になってしまった。

 パシ、と横からその手をはたかれる。見ればミイがおにのような形相ぎょうそうでこちらをにらみつけていた。


「ンナゴロッ、フシャー!」


 どうやら、かなりおこらせてしまっているらしい。僕はあわててコンパスのチューニングをネコ用に合わせた。


「あなた、急にわたしにさわっただけでなくそんな子供だましの姿になって、あろうことかチエにとりいるなんて一体どういうつもり?」

「どうって言われても……その……」

「大体、気配はあるのに見えなかった時点であやしすぎるわ! もしチエに何かしたら、絶対ぜったいにただじゃおかないから」


 フン、とミイはそっぽを向いて、かわいた舌をうるおすようにチロチロとおかれた水をなめ始めた。


「……別にお前たちに何かする気はない。むしろ彼女の願いを叶えるためにここに来たんだ」


 僕がそう言うと、ミイはピタリと水を飲むのをやめた。水面はいまだ、ミイの撫然ぶぜんとした表情をかき消すようにゆれている。


「願い……? チエの?」

「そう、少し前に流星群があっただろ。その時、何かお願いしていなかったか?」


 ミイは記憶をたどるようにうつむき、しっぽをゆらす。そのひとみは心なしか、くもっているようにも見えた。


「……ただ願いを叶えるだけなんて、いくらなんでも都合つごうがよすぎる。何が目的? そもそもあなた、何者なの? とりあえず、話はそれからよ」

「僕? 僕は……」


 僕らは今、チエから見えない死角しかくにいる。ねんのため身を低くして、僕はコンパスのボタンを肉球で押した。

 水面が、ほんの一瞬いっしゅんだけ虹色のかがやきをたたえる。


「僕は、別の星から来た、宇宙人だよ」


 その瞬間、ミイの瞳孔どうこうたてに大きく開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る