明星をその手に④

 いきおいで口にしてしまったその言葉に、教室のどよめきが一瞬にして静寂せいじゃくへと変わる。何が起こったのかわからないといった表情で、みんなが顔を見合わせ困惑こんわくしていた。当事者であるソラもその例にもれず、ただただ、おどろき固まっているようだった。


「……は? ちょっと、今の、何?」


 ソラによってたかって冷たい言葉をびせたような人たちが、こんなちょっとした攻撃こうげきの犯人を血眼ちまなこで探し始める。人にやったことが自分に返ってくるなんて、きっとみじんも思っていなかったのだろう。僕の近くの生徒をかたぱしからうたがい始め、教室の雰囲気はもう最悪だった。


「いつもむなくそわるいもの見せてくるお前らのほうがよっぽどうざいって」

「まさか、みんなうんざりしてることに気がついてないの?」


 こんどはこっそり窓際まどぎわに移動して、声色こわいろを変えて言ってみた。

 不運ふうんにもにらまれてしまった生徒は自分じゃないと言わんばかりに必死で首をふる。


「あの、さ……もう、やめない? こういうの」


 さあ、次はどこから攻めいってやろうと息まいていたちょうどその時だった。ふいにりんと、ひかえめで、しかし意思のこもった声が教室にひびいた。

 そのツルの一声に、まるで共鳴きょうめいするかのように教室のあちこちで同意の声があがる。

 本当に、ちょっとしたきっかけ。しかしその波はもはや教室全体をおおいつくし、さすがのいじめっ子たちも、これにはなすすべがないようだった。


「チッ、なんだよどいつもこいつも……。なんか気分わるいわ」

「本当、マジでない。冷めた。もういいや、帰ろ帰ろ」


 ソラをかこんでいたやつらが、一斉いっせいげていく。あいつらの居心地いごこちのわるそうな顔を見て、僕はなんだか心のそこからいいことをしたような気分になった。

 うかれた僕は、持ってきた忘れ物をそっとソラの足元にいて、そのまま教室の外から少しだけ様子を見る。すると、先ほど声を上げた勇気ある生徒の一人が、丸まった紙に気がつき、それをひろい上げてくれた。


「あれ、これ……。今日がめ切りの進路調査表しんろちょうさひょうだよね? もしかして、これ出しに来たの? 白紙、みたいだけど……」

「え、あ、ああ、まあ……」


 ソラはかなり動揺どうようしているみたいだ。そんなに持ってきちゃまずい紙だったのだろうか。


「……まあいいや。ちょっとそれ、かして」


 そう言って、そのしわくちゃの紙をひったくり、ソラは何かを書き始める。


「ねえ、いつもその宇宙の本読んでるけど、面白い?」

「あ、うん」

「好きなんだ、そういうの」

「……まあ、うん。宇宙飛行士になるのが、夢だったから」

「ふーん。でも、今書いてるその進路、どちらかというと開発するがわじゃない?」


 淡々たんたんと書きすすめながら、ソラは目の前にいる生徒の質問に答えていく。


「いいんだ。宇宙飛行士はあきらめたけど、べつに宇宙自体をあきらめたわけじゃない。はるか遠くの宇宙人と、それこそ電話するみたいにいつでもどこでも意思疎通いしそつうが出来る機械を開発して、そしていつか平和な宇宙を作ること……。それが今の俺の夢、願いなんだ」


 たぶん、これは僕へのメッセージだ。ソラなりにみちびき出した、みんなを幸せにする夢のかたち。その道のりはけわしく、果てしないものになるかもしれないけれど、ソラならきっといつか叶えられる。その聡明そうめいさを、僕はよく知っている。


「宇宙人、か……。本当にいるのかな?」


 ソラは今までにない、とびきりの笑顔を見せた。


案外あんがい、近くにいたりして、ね」


「ありがとう」と、そう彼の口がわずかに動いたような気がした。

 心がなんだかポカポカして、幸せで、これが人をたすけるってことなんだなと、しみじみとそう思った。




 宇宙船に帰った僕は、まず今の段階だんかいでつかえる機能きのうが何かないか、よくしらべてみることにした。

 まず透明化、よし。転送装置は——ダメだ。ピクリとも動かない。明かりはなんとか大丈夫そうだ。操縦席のほうは——動くのはせいぜいカメラくらいだろうか。宇宙上ではなくてはならないものだが、ここ、地上ではなんの役にも立ちそうにない。通信なんかも試してはいるが、やっぱり半分以下の動力じゃ何もできそうにない。ガラクタからただ見えないガラクタに昇格しょうかくしただけだ。


「はあーあ」


 走りつかれたこともあって、大きなため息がついもれる。山の中はおどろくほど静かで、草木がゆれる音と自分の息が合わさり、まるで一つの曲をかなでているようだった。

 そこに、ジッ……ジジッという新たなビートがきざまれる。

 その出どころを耳をすませて探ると、どうやら通信をためす時に適当てきとうにひねったツマミによって、思わぬ当たりを引いたらしい。今は一方的いっぽうてきに通信を受けとることしかできないが、もっとカケラを集めれば、こちらからむかえの船を呼べるかもしれない。もっとも、自分みたいなものにわざわざ迎えをよこすかは微妙びみょうなところだが……。

 ツマミを再度こまかくいじり、みずからの手でつかんだくもの糸を決してはなさぬよう、真剣しんけんに耳をかたむける。今は、たとえほんの少しの情報じょうほうだとしても聞きもらしたくはない。とにかく役に立ちそうならなんでもいい。


『ア……ロ! ネ……ガ……ア……』


 しかしやはりエネルギーが足りないのか、どうがんばってもその音声を聞き取ることは不可能ふかのうに近かった。

 手がかりを見つけたといあがっていただけにショックではあるが、結局けっきょく、今現在やるべきことは一択いったくしかないという事実をあらためて確認することができた。


「今度のカケラはどこかな……ここから遠くないといいけど」


 こくりこくりと夢を見ながら、僕は夜がふけるのを待った。そして来たる朝、日の出とともに、僕は再び、星のカケラを探しまわることになるのだった。

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