明星をその手に③

「俺はさ、ずっと宇宙に行ってみたかったんだ」


 そう言うソラの目は、ずっと遠く、青い空のはるか向こう側をうつしていた。


「行って、自分の目で確かめたかった。宇宙の暗さも、地球の青さも、あとは……宇宙人が、いそうな星とか」


 そうか、だから願いを聞いた時、半分叶ったって言ったんだ。


「これが、その幻の星。俺のあこがれだったものだよ」


 ソラは、手のひらにおさまるくらい小さな板を僕に見せた。それは僕のコンパスみたいにやわらかな光をまとっていて、よく見なれた宇宙を、そして、そこに浮かぶ一つの星をうつしだした。

 ほんの一瞬、だけど、見間違みまちがうはずもない。まさか、そんな、だってこれは。


「……僕の、僕らの星だ」


 そこに姿を見せたのは、僕が帰りたいと願ってやまないふるさと、タアス星そのものだった。


「やっぱり。話を聞いてピンときたんだ。無人のロケットっていうのはもしかして人工衛星のことなんじゃないかって……。昨日そのコンパスでしてみせたように、星を透明化させる技術があるなら、この惑星が一瞬で消える映像にも説明がつくんじゃないかってね」


 そんな偶然ぐうぜんが、キセキが、まさか本当にあるだなんて。僕はまだ、本物と同じくらいうつくしい、画面の中の故郷から目がはなせなかった。


「……でもさ、それと同時に、こうも思ったんだ。もし俺の願いが叶ってこの星の存在が証明された時、たとえそれがあらそいの引き金になったとしても、俺は何も責任せきにんがとれない。もちろんそうならないってしんじたい。でも、そうならないとは言いきれない以上、俺の願いはひとりよがりで……。ようするに、自信がないんだ。捕まってるお前の両親も、俺も、お前も、みんな不幸にならないようにちゃんと動ける自信がさ。逆に、みんながこの映像をインチキだと思っている間は良くもわるくも平和だし、そのことをお前が母星で知らせれば、両親の罪も少しは軽くなる」


 ……本当に? 本当に、そんなふうに思っているのだろうか。あんなに目をかがやかせて、宇宙を知ろうとしていたじゃないか。さんざん僕に質問攻めをして、宇宙に思いをめぐらせていたじゃないか。何か熱いものが体のしんからこみあげて、僕は思わず反論はんろんした。


「そんなの、そんなのダメだ……! 確かに僕らは、しあわせになれるかもしれない。でもあきらめたら、ソラはきっとしあわせになれない! ソラは……本当にソラは、それでいいの?」

「……いいんだよ、だって」


 生乾なまがわきのソラのほほに、一筋の光が走る。それが、いつの間にか彼からこぼれ落ちた星のカケラの光を反射しているのだと気がつくのに、そう時間はかからなかった。


「だって俺は、友達が幸せなら俺自身も幸せになれるんだから」


 少しうすい黄緑きみどり色の光が、宇宙船内をうめつくす。僕はそのおもいカケラをゆっくりと、でも力強くにぎって、動力炉へとていねいにしまいこんだ。


「おっと、わるいけどそろそろ学校に戻らないと……。本当、残念だな」


 それだけ言うと、ソラは僕に背を向けて、そのまま山をおりていく。彼のポケットから、やけにクシャクシャと丸まったゴミがはみ出し落ちて、なごりおしそうに地面をすべった。


 願いを叶えるか、願いをあきらめるか、どちらにしろカケラを回収したあとは、ソラと関わる理由も無くなってしまう。それがわかっていたから、終わらせたくなかったから、彼は残念がったのだろうか。昨日も、そして今日も……。背中だけでは何もわからなかった。きちんと顔を見なければ、鈍感どんかんな僕ではわかるはずもなかった。


 おきみやげのように残った紙をそっと広げる。地球の文字は、あいかわらずむずかしい。でも、その文字の下、真ん中にある白いスペースには確かに、一度だけ何かを書いて消したようなあとが残っていた。たとえ読めなくても、そのかくばった字にこめられた思いののこをひしひしと感じた。

 忘れ物は、彼をう理由にならないだろうか。いや、そもそも友達を追いかけるのに、はたして理由がいるのだろうか。思考がぐるぐると回り出して止まらない。考えても、わからないものはわからない。

 気がつけば僕は、透明になって山を転がるようにけおりていた。まだ間に合う。今ならまだ、その背中はギリギリ見える。

 カケラなんかなくても、そこに大したワケなんかなくても……。僕はソラの、世界でたった一人しかいない友達の力になりたかった。せめて、もう一度だけでも、彼の笑顔が見たかった。


「ここが、高校……?」


 なんとか死にものぐるいでソラの背中を追いかけた先、そこには小学校よりもひとまわり小さいがピカピカで、いかにも作られたばかりの建物があった。

 行きかう生徒たちの波をなんとかすりぬけ、ソラが入った教室を探す。ちょうど最後の授業が終わったところだったらしい。ソラの姿を見つけた時には他の生徒たちと何やらもめている様子だった。


早退そうたいからの放課後ほうかご登校とはいいご身分だな、ええ?」

「本当、ていうか、なんでまた今さら学校に来たわけ? まじめに授業受けてる人に失礼だと思わないの? 授業終わってから来られても、正直言ってちょう迷惑めいわくなんですけどー」


 ソラは何も言いかえさず、ただじっと本を読むばかりだった。


「おいおい、ムシかよ。本当うぜぇのな」

「てか、せめて水ぐらいいてから教室来なよ。マジできたない」


 この人たちは何を言っているんだろう。そもそも水をかけて、学校にづらくなるよう仕向けたのはそっちじゃないのか。どうしてまわりの人も口を出さないんだ。こんなメチャクチャで、理不尽りふじんなことがゆるされていいのか?


「……迷惑なのは、どっちだよ」


 教室のすみで、僕は思わずそうつぶやいていた。

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