明星をその手に②

 ソラは地球人のなかでもかなりあたまがいい方なようで、コンパスや星くず、星のカケラについての長ったらしい説明を、一発でほとんど理解してしまった。


「なるほど……。星くずは使い切りの電池みたいなもので、星のカケラは……ほぼ永久機関えいきゅうきかん。本当に夢みたいなエネルギーだな」


「このコンパス一つで透明化から物への擬態ぎたい、言語の翻訳ほんやくまで……。光と音、もしかして波に干渉かんしょうしているのか?」


 説明を理解してくれたのはいいが、さっきからソラは翻訳を通してもさっぱり理解できない単語ばかりをくり返しつぶやいている。まったく、あたまがよすぎるのも考えものだ。

 僕は、終わりの見えない彼のひとりごとをさえぎるかのように話しかけた。


「理解出来たか?」

「ああ、大体わかってきたよ。君はその星のカケラとやらを失くしたばかりに、こうして地球でいろいろ頑張っているわけだ」

「そう、その通り。そして、僕がさがしている星のカケラの一つが、ソラの心にも溶けている」

「へえ、そう言われても自分じゃわからないな……」

「願い事をしたはずだ。星のカケラが引きよせられるほどの強い願い。ソラ、お前は何を星に願ったんだ?」


 だからお前じゃないって、と文句を言いながら、ソラはおもむろに立ち上がり僕を見下ろした。コンパスの光に照らされたその顔には、どこかさびしさがただよっていた。


「……もうすでに、半分はかなっちゃったよ。残念だけど」


 また明日、同じ時間に。そう言い残して、ソラは宇宙船を後にした。

「答えになっていない」と言ってやりたかったのに、彼のこまったような表情を見るとなぜか何も言えなくなってしまった。

 一体何が彼の願いだったのか、どうして叶いかけているのに残念なのか、いくら考えてみてもさっぱり思いつかなくて、結局僕はソラのことを何一つ知らないままだった。

 やっぱり生まれた星がちがうとのうみその出来できもちがうのかな、なんて。そんないかにもアホなことを、ふとかんがえてしまった。


 さわがしかった宇宙船はまたいつも通り、静かな僕だけの空間となった。そう、元通り、今まで通りのはずなのに、心にくすきま風がどんどんと僕をむしばんでいく。


「そうか、さびしかったのは、僕の方か」


 思えば、故郷こきょうのタアス星でも、友達なんて一人もいなかった。両親が星を危険にさらしてしまい、そしてつかまったあの日から、僕の周りにはだれも寄りつかなくなってしまった。

 だから、ソラと交わしたなんてことない会話が新鮮しんせんで、たぶん僕はひさしぶりにそんな話が出来て楽しかったんだ。


「……また明日、か」


 今はまだ動かない転送装置を手入れしながら、僕はまだ見ぬ明日にそっと思いをはせた。


 翌日、ソラはまるで通り雨にあったかのようにずぶぬれの状態じょうたいで、宇宙船の前にボーッと立ちつくしていた。りつける太陽がまぶしい午後のことだった。


「川にでも落ちたのか?」


 僕がたずねると、彼は「そう見える?」と少しおどけたように笑った。その作ったような笑顔は、僕でもそうじゃないことがわかるほどぎこちないものだった。


「あんまり上手うまくいってないんだ。学校」


 服がよごれるのもおかまいなしに、ソラは地べたにすわりこんだ。僕もそのとなりにならんで、同じようにちょこんとすわる。


「学校って、小学校か?」

「フッ、ちがうよ。高校っていってさ、小学生なんかよりもずっと大人おとななやつらがかよう学校」


 そう言う彼の目は、視界いっぱいに広がる森やその向こうの街並まちなみよりも、ずっととおくの何かを見すえているようだった。


「大人……いや、ちょっと違うか。こんな幼稚ようちなことをする連中は、きっといつまでたってもお子ちゃまのままなのかもな」


 ソラはすみきった山の空気をはいいっぱいに吸いこんで、ため息とともに、そうこぼした。


「ソラは、大人なのか?」


 僕は純粋じゅんすいな疑問を口にした。その質問に意表をつかれたのか、彼はほんの一瞬だけ動きを止め、ゴクリとしずかに息をのんだ。


「……わからない。どっちにもなれるし、どちらでもない。そういうお年頃としごろなんだよ、俺は」


 ソラは大きなのびをして寝転ねころがり、ぶっきらぼうにそう言いすてた。つられて僕もバタンとあおむけになる。くも一つない、吸いこまれそうな青空が、まるで僕らをすっぽり包んでおおいかくしてしまう毛布もうふのようにも見えた。


「おい、マネするなよ」

「マネじゃない。僕はもともと寝転ぶつもりだった」


 そのあまりにしょうもない言いあらそいに、気がつけばおたがい顔を見合わせて、心ゆくまでいっしょに笑っていた。


「実は僕も、母星ぼせいではあまり上手くいってない」

「……へえ、どこの星でもあるんだな。そういうの」

「ううん、たぶんソラとは違う。僕にはちゃんと、さけられるような理由があるから」

「どんな?」


 会って数日の彼に言うことではないかもしれない。もしかしたら気を使わせてしまうかもしれない。そんな不安があたまをよぎったけれど、それと同時に、彼になら打ち明けても大丈夫だと僕の直感がげている気がした。


「……僕のとうさんとかあさんは、発明家だった。ソラが昨日、最後にさわろうとした機械きかい、転送装置の開発にもかかわっていた」


 僕は一息つき、チラッと横目で様子をうかがう。ソラはただだまって、話の続きをうながしてくれた。


「でも、試作品が完成した時、二人が起動した装置が暴走ぼうそうして……。別の星からやってきたロケットを、僕らが住んでいた惑星のすぐ近くまで呼びよせてしまったんだ」

「……ロケット?」

「うん、ロケットっていってもさいわい中には誰もいなかったし、そもそも回収した時にはこわれていて、どこから来たのかもなんのために飛ばされたものなのかもよくわからなかった。でも、その明らかにハイテクノロジーな未知の物体を呼びよせてしまったことをきっかけに、同じくらいの文明を持ったその星から宇宙人が侵略してくるんじゃないかって、もう星中が大さわぎで……。結局、騒動そうどうのきっかけになった父さんと母さんは捕まって、それからずっと、みんな僕と目を合わせようともしないんだ」


 だから、と僕は青空にかってつぶやく。


「だから、地球の中でも、宇宙の中でも……ソラは初めての、僕の友だち」


 ソラは大きく目を見開いて、あっけにとられたような顔でこちらを向いた。自分で言ったのに今さらはずかしくなって、思わず僕はくるりと彼に背を向ける。


「フ、フフッ……。そうか、初めて、か」


 そうかそうかと彼はみしめるようにくり返し、顔にしたたり続ける水滴をグイッと乱暴にぬぐった。うでの下からのぞく口もとは、少しだけうれしそうにをえがいていた。


「よし! じゃあ、そんな友だち第一号のお願い。特別に教えてやろう」


 だれにも言うなよ、とソラはいたずらっぽくほほえんだ。

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