第二話

明星をその手に①

 夜空を流れていく、大量の流星群りゅうせいぐん。地球の万有引力ばんゆういんりょくに引かれて、落ちて、大気圏たいきけんえつきていくはかな隕石いんせきたち。うろおぼえだけど、そんなことをどこかの本で読んだような気がする。


「隕石、ね……」


 昔、テレビで見た宇宙うちゅう光景こうけいを、青年はおぼろげに思い出していた。どこまでも広がる暗黒と、まばらにかび規則正しくワルツをおどるたくさんの星たち。そんな宇宙の特集とくしゅうの中で彼の興味を特に引いたのは、とある一つの映像だった。

 あちこちに光がともり、まるでクリスマスツリーのようにかがやくひとつの惑星わくせい。地球よりもはるかに小さいその姿すがたをとらえた人工 衛星えいせいは、ジリジリと確実かくじつに、その距離きょりをつめていく。しかし次の瞬間しゅんかん、惑星は画面上から完全に消えさり、衛星からの通信もそこで途絶とだえてしまう……といった、いかにもうさんくさい映像だ。

 疑惑ぎわくの映像を残した衛星はいまだに行方ゆくえ不明ふめいで、そんな惑星が本当にあると信じているのは、宇宙人やUFOが好きなごく一部のマニアだけ。多くの人々はその存在をしんじるどころか本気にもせず、時間の流れとともにすっかり映像ごと忘れてしまっていた。

 それが普通で、ごくごくあたりまえのことだと青年も理解りかいしていた。だがあの日、おさなかったあの時に見た美しい星の姿がどうしても、あたまにこびりついてはなれないのだ。

 いくら否定されようと、バカにされようと、そのはてしない夢をあきらめるという選択肢せんたくしは青年にはなかった。


「出来ることなら、もっと近くで見たいよな……。隕石も、惑星も」


 そしていつかは、だれもがウソだと決めつけたあの星を、自分の手で見つけ出したい。みずからの正しさを、証明してみせたい。


「やっぱり行きたいな、宇宙」


 そんな青年のつぶやきにこたえるように、空を流れるカケラはスルスルと空気をすべり落ち、彼の壮大そうだいな夢の中へとしずかに飛びこんだ。




「ギャー!」

「うわぁー!」


 二人の大きな悲鳴ひめいが、せまい宇宙船内にこだまする。ぼくはとにかく必死で胸元むなもとのコンパスをにぎりしめた。


「えっ!? い、いなくなった……のか?」


 とっさの透明化によって、目の前の地球人は僕を見失ってくれたらしくキョロキョロとあたりを見回している。できればそのまま何事もなかったかのように帰ってほしいところだが、何事なにごともそう上手くはいかないものである。この好奇心 旺盛おうせい侵入者しんにゅうしゃはなんと、あろうことか船内をうろつき始めた。

 僕の姿が見えないのをいいことに、操縦席そうじゅうせきをあちこちさわったり、ちらばる書類をいじってみたり、もうやりたい放題である。


「何語だよ、これ……。うーん、ダメだ。昔の象形しょうけい文字見てるみたいで目がチカチカしてきた。このパネルみたいなのも全然反応しないし……」


 何やらブツブツとひとりごとを言いながら船の中を物色ぶっしょくしてまわり、ついに彼はそのの手を、すみっこの方にある転送装置てんそうそうちにまでのばそうとした。


「さ、さわるな!」


 いままでずっと大切にしてきた転送装置にふれられそうになったことで思わず堪忍袋かんにんぶくろが切れる。僕は、自分が透明なことも忘れてその手をとっさにつかんでしまった。気がついた時にはもうおそい。


「みーつけた」


 ニヤリ、と不気味ぶきみに地球人がほくそむ。その意地のわるい顔に、僕は感情に身をまかせて動いたことを心の底から後悔こうかいした。

 透明化はもう、このずるがしこい侵入者には通用しなかった。


 出会いはかなり最悪だったが、どうやら彼はそこまでわるいやつじゃないらしい。得体えたいの知れない宇宙人である僕をつかまえようともしないし、僕が「さわるな」と言った後は許可なく船内をいじることもせず、ものめずらしそうに顔を動かすばかりで、最初とくらべてずいぶんとおとなしい様子ようすだった。


「それで、どうやってるわけ? それ」

「それって……何のことだ?」


 僕は本来の自分の体を見せるのがはずかしくて、以前借りた翔太郎の姿にちゃっかり変装していた。


「決まってるじゃん。透明になったり、おれらみたいな人の姿になったりするやつ。あきらかに地球の常識じょうしきじゃありえないんですけど」


 それから、と地球人は依然いぜんとしてしゃべりつづける。僕が口をはさむヒマもないほどの質問 めだ。


「そもそもさ、なんで日本語がしゃべれるわけ……? あの姿といいこの船といい、どう見ても宇宙人だよね?」

「……うう、質問が多い。お前に説明する必要は」


 そこまで言いかけて僕はハッとした。チラリと見た視線の先、彼の疑問ぎもんを全て解決するであろう仕事道具のコンパスが、いつのまにやらまばゆい光をそこらじゅうにりまいている。

 動力炉どうりょくろに入れたカケラに反応しているのではないかという考えもあたまをよぎったが、地球に落ちる以前、星集めの仕事中にコンパスが光ったことなど一度もなかったので、その可能性はかぎりなくゼロに近い。

 つまり今、船内をこうこうと照らしている光はほぼ確実に、この場に星のカケラが存在するということを意味していた。


「お前……もしかして、何かねがい事したか? 例えば、流れ星とかに」


 彼はほんの一瞬、図星だといわんばかりに目を見開いた。


「……なんで?」

「だから、質問が多い! ……まあしかたない。お前にもわかるように、一から説明する」


 そう僕がつっけんどんに返すと、ふいに彼はプッと吹き出し、そこからはまるで感情のダムが決壊けっかいしてしまったかのように、はらを抱えて笑い出した。


「なんだ、何がおかしいんだ!」

「いや、ごめん。……ブフッ、あまりにもえらそうだから、フッ、おかしくて、つい」


 わけもわからず混乱する僕を横目に、ひとしきり笑い終わった彼はなみだをぬぐって空をあおいだ。


「ああ、おかしいな……。本当に、おかしい。夢にまでみた宇宙人との出会いがこんなにあっさりおとずれて、しかもくだらない会話まで出来る。こんなの、笑わずにはいられないよ」


 ぬぐったはずのしずくが一滴いってき、彼のほほをつたう。当然だが、出会ったばかりの僕では、その涙の理由なんてわかるわけもなかった。


「説明、いらないのか? 僕もヒマじゃないんだけどな」


 なぐさめもせず悪態あくたいをついた僕を見て、なぜか目の前の地球人はほほえんでいた。まるで宝物でも見つめるような優しいまなざし。なんだか心がザワザワして、思わず目をそらすと彼はポツリとつぶやいた。


「……ソラ」

「……何か言ったか?」

「お前じゃなくて、ソラ。俺の名前」

「なんだ、そんなことか」

「なんだとはなんだ……。まあ、いいか。それよりも早く、もったいぶってないで説明してよ」


「別にもったいぶっているわけではない。お前が話をそらすからだろう」と、のどまで言葉が出かかったが、いつまでもこんな押し問答を続けていてはソラの願いを聞き出す前に夜がふけてしまう。だから結局けっきょく、その文句はしぶしぶ飲みこんでやることにした。

 でも、なぜだろうか。この特に意味のないやり取りを、不思議ふしぎなことにわるくないと思う自分もどこかにいた。

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