第一話

恋心を流星に乗せて①

 空をいろどるたくさんの流れ星。ほほを真っ赤にめ上げた少女はそんな美しい景色を見やることもなくうつむき、その両手を顔の前で力いっぱいにぎりしめる。心にうずまきあふれ出るその思いを、ねがいを言葉に乗せて、こぶしがひたいにめりこんでしまうのではないかと心配になるほどに、強く強く力をこめいのる。


翔太郎しょうたろうくんと両思いになれますように! 翔太郎くんと両思いになれますように! しょうたりょうくんと両思いに……。あっ、か、んじゃった……!」


 ふりそそぐ一際ひときわ大きな光。その願いにつられ、呼応するようにまたたく星のカケラが少女のむねにゆっくりと吸いこまれ溶けていく。しかしあわてんぼうの彼女は、噛んだ舌の痛みをどうにかまぎらわせることに必死で、その異変に全く気がつくことはなかった。




 もうすぐ夜が開ける。少し前まで流星群りゅうせいぐんが思いのまま走っていた色のない空は、すでに青く、あわく地上を照らし、するどい朝日が差しこむのを今か今かと待ちかまえているようだった。

 ぼくはコンパスについた小さなボタンをそっと押しこむ。すると、僕の体は一瞬いっしゅんで早朝の空気に溶けこんだ。

 支給されたコンパスには、小さくてほとんど使い物にもならないような星のカケラが入っているらしい。そんな「星くず」と呼ばれるようなカケラでも、僕を透明とうめいにしてしまうほどの力があるのだ。もし宇宙船の動力源だったカケラを取り込んでしまったら一体どうなるのか、したの僕ではとてもじゃないが想像もつかない。


「えっと……多分、ここだな」


 コンパスが目の前の大きな家を指し示し、より一層いっそうかがやきを増す。僕が追い求めているカケラの一つが、おそらくこの家の中にあるはずだ。とはいえ、とびらや窓など入り口となりそうなところはどこもかたざされていて開きそうにはないし、だからといって無理矢理むりやりこわして中に入るのも気が引ける。何より、家からカケラの反応があるということは十中八九、そこの住人が何か強い願いをかかえているということだ。それはつまり、その願いが何かということを知り、それをかなえなければカケラの回収かいしゅう不可能ふかのうだということ……。

 もとめているものが目とはなの先にあるにもかかわらず手も足も出ないのはずいぶんともどかしいが、ここはおとなしく住人が外に出てくるのを待つしかないだろう。だんだんとのぼっていく朝日を横目に、僕はひたすらその機会きかいをうかがい続けた。


 どのくらい時間がたったのだろうか。あまりに変化のないかずのとびらに、うつらうつらと居眠いねむりしながらもたれかかっていると、突然とつぜんそいつはガチャリと音を立て心地よい眠りをさまたげたかと思えば、ものすごいいきおいで僕を道路にはじきとばした。


「いってきまーす!」


 いたむこしをしずかにさすりつつ、あわてて声のぬしとコンパスを交互に見る。手もとの星くずは、のぼりきった太陽よりもまぶしく僕と目の前の彼女をらした。まちがいない。星のカケラが、この少女のむねに跡形あとかたもなく吸収されたという事実をコンパスはしめしていた。

 そうと決まればさっそく行動あるのみだ。僕は、重い足取りですすむ少女を背後はいごからそっと観察かんさつし、気がつかれないよう細心の注意をはらいつつそのあとをつけたのだった。


 しばらく一定の距離きょりを取りながらあゆみをすすめていると、少女はいきなり立ち止まりふりかえった。思わず、僕はその場に立ちつくしいきをのむ。「まずい、気がつかれてしまったか」と一瞬あせったが、どうやらそうではないらしい。

 彼女は、はるか上空、堂々どうどうと道を照らしかがやき続ける太陽を目を細めながら見上げていた。そして、その小さな両手で自身の口角をもみほぐし、せいいっぱいの笑顔をお天道てんとうさまに向けている。そんなあまりにも奇妙きみょう不可解ふかかいな行動に、僕はなんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして思わず目をそらした。


「今日こそ話しかけるんだ、私! おはよう、おはよう……! よ、よし」


 満足まんぞくしたのか、少女は先ほどまでの重かった足取りがうそのように、ごきげんなスキップで住宅 がいをかけていった。両手の支えがなくても彼女の顔にはもう、しぜんと笑みがこぼれていた。


「ははーん、わかったぞ。あれはズバリ、こいだ。きっとそうにちがいないな、うん」


 ほぼかんでしかないその予想を確信に変えるべく、僕も彼女にならってスキップしながら、ひたすらにその背中を追いかけ続けた。


「おはよー、ルカちゃん。今日は早いね」

「おはよう、まぁね……。明日は日直だから早起きに慣れておこうと思って。……あと、流石に二回 連続れんぞく遅刻ちこくは恥ずかしいし」


 少女はやけに大きく広い建物に入ったかと思うと同年代の少女と何やら楽しそうに話している。僕のターゲットはルカという名前らしい。


「ねぇ、そういえばルカちゃんは昨日の流星群見た? すごかったよねー」

「あ、見た見た! 本当に、自分の目でちゃんと見たのは初めてかも……」


 くつをはきかえ終わった二人は廊下ろうかをゆっくりと談笑だんしょうしながら歩いていく。


「たしかに、映像の何倍も迫力はくりょくあったわー! まぁ、下手したら地球にぶつかってたって聞いた時は一瞬ヒヤッとしたけどね。……ところでさ、ここからが本題ほんだいなんだけど」

「な、何?」

「ルカちゃんはさー、流れ星に何をお願いしたの?」


 そう聞かれたとたん、彼女は顔を赤くしてムッと押しだまってしまった。なるほど、どうやらこの惑星にも、星に何かお願いをするという習慣しゅうかんがあるらしい。これはつまり、他のカケラも誰かに吸収されてしまっている可能性が高いということではないだろうか。また一つ、なやみのタネが増えてしまったことに僕はあたまを抱えた。


「ねぇー、だまってないで教えてよー」

「む、無理無理、ぜったい教えないし! 逆にそっちは何をお願いしたの?」

「そりゃあもちろん……」


「おはよう、二人とも」


 規則的に机が並べられた部屋に入ったところで、会話に夢中な少女たちに話しかけた猛者もさ。その少年が声をかけたことにびっくりしたのか、ルカはプルプルとかたをふるわせ何やら必死で声をしぼりだそうとしている。


「ぅあ……お、おは」

「おはよー翔太郎! え、何? 翔太郎も早めに来た感じ?」

「まぁ、そんなところ。今日の日直オレだし、なのに遅刻したら恥ずかしいし」

「あはは! 恥ずかしいって、ルカちゃんと一緒じゃん! ね、ルカちゃん! ……ルカちゃん?」

「う、うん……そう、だね……ハハ」


 先ほどまでの勢いはどこへやら、ルカはまだわずかにほほをピンクに染めつつ、つぶやくように相づちをうつばかりだった。


「……また、しそこねちゃったな」


 友達とはなれ窓際まどぎわで一人、ポツリともらしたその言葉を僕は聞きのがさなかった。


 きっと彼女の願いは、翔太郎と呼ばれていた少年に「おはよう」と告げることにちがいない。恋の悩みという僕の見立てに間違まちがいはなかったのだ。この程度の願いなら、もしかしたら思っていたよりもかんたんに星のカケラを回収することができるかもしれない。

 僕はさっそく、日をあらためて作戦を実行にうつすことを決めた。その作戦のためにも今日一日、ルカと翔太郎、二人の行動や関係性をしっかりと観察させてもらおうじゃないか。

 こうして、見知らぬ惑星「地球」での最初のミッションがまさに今、スタートしたのだった。

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