恋心を流星に乗せて②

 朝から晩まで、地球人である彼女らをなめまわすようにじっくりと観察した結果、僕はかなり多くの情報を手に入れることに成功した。

 まず一番に、この星はおそらく、僕のふるさとである「タアス星」となんら変わりない文明を持ち合わせている。違いといえば、タアス星の生活が星のカケラのエネルギーで支えられているのに対して、地球では「電気」や「燃料ねんりょう」といった別のエネルギーが用いられているというところだろうか。

 実際、大勢おおぜいの地球人がひしめいていた「教室」と呼ばれるこの部屋を照らす明かりも、ブンブンとうなりを上げて何かしらの粉をまきちらす小さな箱のような機械きかいも電気とやらの力でその役目をはたしているらしい。

 次に、この「小学校」と人々が呼ぶこの施設しせつにおいて、どうやら観察対象である子供たちは読み書きを教わっているようなのだ。ルカは手元のノートに文字を書いては消し、時々翔太郎の方を見ながら絵を描いては消し、その上にまた、教えられている変な形の文字をぐちゃぐちゃと重ねて、そうやって真っ白だった紙をどんどんと隙間すきまなくうめていく。

 翔太郎はというと、ちょろちょろっと文字を書いては机にし、しばらくして顔を上げたと思えば、つまらなそうに大人の話を聞いてまた眠りにつく。当然、ノートはほぼ白紙である。二人はまったく逆の性格をしているということが、この一日だけでよくわかった。

 そして、ここがもっとも重要なところだが……小学校には日直という制度が存在する。なんでも、その日直に選ばれしものは朝は早く、そしてクラスメイトの誰よりも長く学校にいる必要があるそうだ。確かに、今日の日直である翔太郎は最後の最後まで粉をまきちらす機械をうならせながら、面倒めんどうだの帰りたいだの文句もんくばかりたれていた。


 夕暮れ、教室から翔太郎も大人も去り、だれもいなくなったころ。僕はようやくコンパスのボタンを押して、その姿すがたをしずみかけの日のもとにさらした。支給されたコンパスはかなり便利な代物しろもので、透明になる以外にもわからない言葉を翻訳ほんやくしてくれたり、そこら辺にある物や他の生物なんかに姿を変えることだって出来てしまう。

 ただし、何事にも限界げんかいというものがある。星のカケラのなり損ないである星くずでは、この万能すぎるコンパスも地球基準で二週間持てばいい方だ。ぶっ通しで使えばおそらく一週間も持たずに使い物にならなくなって、そして僕は一人見知らぬ土地で、だれに理解されるでもなくつまらない一生を終えるはめになる。考えうる限りの、最悪の未来。

 無限に近いエネルギーを持つ星のカケラに対して、一度尽きてしまえばその辺の石ころも同然となってしまう星くず。だからこそ、僕のような落ちこぼれにはお似合いなのかもしれない。


「とりあえず、今日はここで夜を明かそう」


 そして明日、朝一番で作戦を決行する。なけなしのエネルギーを節約しながら、僕はそんな決意をむねにいだいて、教室のすみっこで一人うずくまった。

 しんとしずまりかえった暗闇くらやみの中、ぼんやりとした月明かりだけが、僕の寝顔ねがおをやさしく照らしていた。


 ——コツ、コツ。


 久しぶりに、夢を見た。


 ——コツ、コツ。


 とうさんとかあさんが、まだ家にいたころのこと。


 ——コツ、コツ。


 つかの間の幸せな記憶、そして。


 ——コツ……。


 両親が罪人ざいにんとして、捕らえられたあの瞬間を。


 ガラッ!


 大きな音で、目がさめた。気がつけばもう朝、僕はあわててコンパスをにぎりしめ、その身をかくす。

 さいわいにも、音の出どころはとなりの教室だったようで、僕は大きく息をついた。

 それにしても、いやな夢を見てしまった。今ごろおりの中の両親は一体どうしているのだろうか。僕が仕事中に行方不明ゆくえふめいになったと知ったら、こんなところで油を売っていると知ったらどう思うのだろうか。僕が二人を見捨みすててげることなどありえない。でも、もしそんな勘違いを両親がしていたらと思うと……。とにかく、一刻いっこくも早く母星に帰らなければ。手段を選んでいる余裕よゆうなど僕にはない。


 朝日を反射して光るコンパスのボタンをゆっくりとひねり、まわしていく。七色にかがやき出す僕の体は、昨日理科とやらの授業で見たプリズムそっくりだ。

 そして、そっと翔太郎が使っていたつくえから一本のかみの毛をひろいあげる。すると七色の光は徐々じょじょに混ざり合い、最終的に一つの姿すがたに落ちついた。

 僕の作戦、それはズバリ、翔太郎のフリをすることだ。昨日の話では、ルカは日直の仕事をこなすために確実に朝早く教室をおとずれる。同時に、すでに日直という大仕事を終えた翔太郎はいつも通り遅刻する可能性の方が高い。つまり、本物よりも早くルカに会い二人きりの状況じょうきょうを作ることで「おはよう」と言わせる。われながら完璧かんぺきあんだ。一夜で考えたにしては、だが。


 ガラッ——。


 自分の美しいさくいしれていると、今度は目の前のとびらがしっかりと開かれた。


「あれ……? 翔太郎、くん?」


 むねのおくにしまいこんだコンパスがかがやきを増す。まさか一番乗りで来るなんて、彼女はつくづく、真面目な人だと思った。


「オハヨウ」


 流石さすがに声を出すとバレてしまいそうで、僕はすぐ近くにあった黒い板に白い線で不恰好ぶかっこうな字を書いた。教室のはしに貼られたポスターを真似まねてみたけれど、ちゃんと伝わっているだろうか?


「あ……うん、お、おはよう! 本当に早いね?」


 そう言って彼女はしぜんとはにかんだ。おはようと言えたのが、二人きりで話せたのがうれしくてしょうがないと言わんばかりのまぶしい笑顔。その顔を見れば見るほど、だましていることに対する重い罪悪感が僕をおそう。早く、さあ早くカケラを……。


「声、どうしたの? あ、カゼひいたとか?」


 おかしい。確かに彼女は僕に、目の前の翔太郎にあいさつをしたはずなのに、願いを叶えたはずなのに、星のカケラが出てくるようなそぶりが一切いっさいない。


「というか、なんで今日こんなに早いの? 日直……は昨日だし、ほぼ毎日遅刻してることで怒られたとか?」


 僕が何も言わない間に、彼女の疑問はどんどんともり積もっていく。目的のものが一向にあらわれないことに、僕のあせる気持ちもつのっていく。


「あ、ごめん! 声が出せないのにいろいろ聞いても、いっぺんには答えられないよね……」


 まさか、そうか。何を僕は勘違いしていたんだろう。彼女の願いは、あいさつなんてちゃちなものじゃなくて、もっとその先にある……


「え、えっと……もしかして、怒ってる?」


 僕は必死でカベにられたポスターから言いたい言葉をさがすけれど、どれも地球に来たばかりの自分にはむずかしすぎた。

 勝手に思いこんで、バカバカしい作戦まで立てて浮かれて、その上失敗するなんて本当にバカみたいだ。そんな自分がどうしようもないほど情けなくて、気がついた時にはもうこぼれるなみだを止められなかった。


「え!? なんで、ご、ごめん! そんな、めたつもりじゃ……」


 違う、こんなはずじゃなかったんだ。はずかしい。止まらない。ここから逃げ出したい、今すぐにでも。

 初めて書いた「オハヨウ」の四文字を乱暴に消して、僕は教室を飛び出した。廊下にはすでに、他の生徒がちらほらと見え始めていた。


「まって!」


 悲痛な彼女の声などおかまいなしに、僕は一目散いちもくさんにトイレにかけこみ、すぐに自分を透明にした。今この時だけは、誰にも見られたくないと本気で思った。


「……まってよ」


 最後のルカのつぶやきが、いまだに耳の奥深くに残っている。あそこで泣いた上に何も言わずに逃げるだなんて、本当に取り返しのつかない失敗をしてしまった。願いを叶えるどころか、これではむしろ逆効果じゃないか。


 僕はもう、ふるさとには帰れないのかもしれない。父さんと母さんにもう一度会うことも、二人を解放する夢も、今の僕では叶いそうにない。ごめんなさい、ごめんなさい……。

 汗と涙がチョークの粉をみょうにベタつかせて。それでも僕は、とても手を洗う気になんてなれなかった。

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