Day.9 団扇

「暑い」

 そう言ったからといって涼しくなる訳では無いけれど、思わず口から出てしまう。

 未だにクーラーが教室に設置されていない遅れた我が校で涼をとるには風を使うしかない。しかし、よりにもよって僕のハンディファンは充電を忘れてしまったせいで、ただのABS樹脂とポリプロピレンの塊と化していた。

「サトウ君」

 暑さに蕩けそうになっているとヒトミさんが僕に団扇を差し出してきた。

 街で配っている広告のついたものでなくて朝顔の柄が涼し気な団扇だ。

「扇ぐ時は下から上へ、ゆっくりと扇ぐんだよ」

 パタパタと仰ごうとしていた僕に博識なヒトミさんが教えてくれる。

 へー、そうなんだ。

 大きくゆっくり下から上へ。生温い風と、目の端に違和感。

「ん……?」

 もう一度、扇ぐ。

 視界の端に何かがいた。多分、幼い子供だと思う。ここは高校で、そんな子供はいるはずがないのに、その子は僕を見つめているような気がした。「多分」とか「ような」が付くのは僕が直視する勇気がないからだ。

 涼しくはなった。いや、もうむしろ寒いくらいに。

 どこか楽しそうなヒトミさんに団扇を返して、僕は冷えた身体を抱き締めた。

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