第20話《犯人はすぐ傍に》

リックと人影との沈黙が続いている。


リックは目を凝らし、ある事に気付く。

人影の手には、何やら棒状の様な物を持っている様子。


ハンマーが置いてあった場所には

一つだけハンマーが足りない事を思い返していたリックは

目の前にいる人影の人物が、ハンマーを持っていると確信した。


「コイツが…犯人だ…」


リックは予期せぬ事に、犯人と対峙する事になった。


リックと犯人は向き合ったまま

辺りは薄暗く、顔はハッキリと確認する事は出来ないが

影がうっすらと見える程度だった。


リックは考えていた。


「顔が見えないなら、せめて声だけでも聞ければ…」


そう思ったリックは

目の前にいる人物と会話をする事を決断した。


「どうも~」

リックは、気軽に声をかけてみるが


「…」

相手は無反応でいる。


「だよなぁ~この状況で、会話が成り立つ訳ないよなぁ。

 でも、この状況で相手が逃げるって事は考えられない。

 こうして対峙しているし、逃げるつもりなら

 わざわざ俺の目の前には現れない。

 殺人鬼的な感じだしなぁ。

 やっぱり…やり合う感じだよな」


リックは、この状況を変える為に目の前にいる相手に話し続けた。


「急に雨が降ってきちゃって、参ったよ」


「…」


相手は相変わらず無反応でいるが、リックは続けて話かけた。


「傘を持っていないから、

 雨が止むまで雨宿りしようと思って此処に来たんだけど

 アンタ、余分に傘持ってないか?」


「…」


「持っている訳ないよなぁ、そうかアンタも雨宿りって感じか?」


話し続けているリックだが、少々このやり取りに飽きてきた様子。


寧ろ、苛立ち始めている感じだったリックは心の中で

「あぁ~もうめんどくせぇ!」っと、思いながら

回りくどい事は止めて確信に触れる事にした。

リックは、目の前の相手が誰であるか

自分は分かっているという様な言い方で話しをした。


「いやぁ~まさか、アンタが犯人だったとはなぁ」


リックの言葉を聞いた人影は

少しの沈黙をおいてから、リックに言葉を返した。


「ほぉ~その言い方だと、私が誰だと気付いているみたいだな?

 見抜くとは、なかなかだな。

 …いや、たまたま感が当たったのかな?」


犯人はゆっくりと手に持ったハンマーを置き

リックに話しかけた。


「一つ教えてほしいのだが…何故、分かった?」


リックは、相手の声を聞き

自分が想像していた通りの犯人像であると強く確信した。


リックは、犯人の先程の質問に答える事にした。


「そうだなぁ。一つ言えるとしたら俺は…

    想像力や記憶力や計算力が人並みを超えている。らしい」


リックは笑いながら、犯人の質問に続けて答えた。


「まぁ~これはヤツからのお墨付きだけどな」


リックは、以前シルエットから評価された事を話し犯人に伝え

次に、こう言った。


「アンタの質問なんだが…

           やっぱり、ちゃんと答えないと駄目か?」


「そうだな…答えてくれると次の為に、とても参考になる」


「次?おいおい。まさか俺を殺して

     次また自分がミスを犯さない様にと、言いたいのか?」


「まぁ~、そういったところだな」


リックは溜め息を吐き、話を続けた。


「それじゃ、大人しく自主する…

        なんて事は有り得ない訳だな?

              そうしてくれたら良いんだけどな」


リックは犯人に自分の犯した罪を償う為、自主する事を進めるが


「その選択肢は、無いと言っていいだろう」


犯人はそう言いながら、隠し持っていたナイフを投げつける。


リックはナイフを避け

投げつけられたナイフは、部屋の壁に突き刺さる。


「反射神経は良いんだな」

犯人は、リックの素早い動きに関心している様子。


「そりゃ、どうも」

リックは、次に犯人がどういう行動に出るか警戒している。


「私が犯したミスは…一体なんだ?」


少し間をおいて、リックが言った。


「俺の憶測だけど…アンタはとても几帳面。

 でも、それは自分に余裕がある時だけだ。

 まぁ~人間、誰もが皆、自分に余裕が無いと普段通り

 いつもの様には出来ないんだろうけどな?」


「…それで?」

犯人は、自分が犯したミスをリックに問う。


「汚れていたんだよ。布が」


「布?」

犯人は、リックの言葉に疑問を抱く。


「そう、布だよ。アンタがいつも持っている布だ」


「…」


犯人は、リックの言葉に耳を傾けている。


「几帳面な性格なら、汚れたものは直ぐに取り換える筈だ。

 でも、汚れた事に気付いていればの話だ」


「何が言いたい」

少し、苛立ちを垣間見せる犯人。


「最初は憶測だったから確信ではなかった。

 だけど、なんだか矛盾が多いんだ」


「…」


リックは沈黙している犯人に、自分の推理の話を続けた。


「布が汚れていて、、、

 まだ確認出来ていないが、靴も汚れているんだろうな。きっと」


犯人は一瞬、自分の靴を見るが

リックの言葉の意味が分からなかった。


リックは、うっすらと笑いながら説明を続けた。


「きっとアンタは、かなり焦っていた。

 だから気付く事が出来なかった。でも、それは仕方がない事。

 アンタも俺と同じ、普通の人間なんだからな?」


犯人は、またリックにナイフを投げつけるが

またしても、リックはナイフを避ける。


「おいおい。まだ説明が終わっていないぜ?

 次の為に参考にするんだろ?まぁ~、話を聴けよ」


そう言いながらもリックは、時間を稼いでいた。


何故ならば、リックは何も武器も無く、相手はナイフと

それに銃を所持しているのではないかと、予測していたからだ。


今、此処では自分が不利の立場にあると判断したリックは

時間を出来るだけ稼いで誰かが此処へやって来る事を祈っていた。


いや寧ろ、

リックはシルエットが、此処へ来るのを待っていた。


その時、リックは心の中で思った。


「畜生…この状況は厳しいなぁ。あの野郎、遅せえなぁ。

 このままだと本当に俺が殺されちまう」


などと思いながらも

リックは焦る表情を隠しながらも、犯人と対峙している。


「落ち着いて話をしようぜ?あっ、煙草を吸ってもいいかな?」


少し間をおいてから、犯人が言った。


「…いいだろう」


リックは、左手で左のズボンのポケットから煙草の箱を取り出す。


そして、室内が暗い事を利用し

犯人に気付かれない様に、右手で煙草を2本取り出し

煙草の箱を左手でポケットにしまう。

次に左胸のポケットから、ジッポライターを左手で取り出し

右手に持っている煙草を口に咥え

左手に持っていたジッポライターを、右手に持ち換え

左手で火を覆い被せるかの様にする事で

口に加えた2本の煙草の火を隠す。


リックは、左手で煙草の火を覆ったまま

煙草を深く吸い、確実に煙草の先端に火が付いた事を確認し

煙をゆっくり吐き出す。


そして、もう一度煙草を深く吸い

火の付いたジッポライターを右手で閉じると同時に

一つの煙草は口に残しながら

もう一つの煙草は左手の親指と人差し指で煙草を摘まみ

煙草の火を掌で隠しながら

右手に持ったジッポライターを左胸にしまうと同時に

左手を振り下ろしながら

後の方へ火の付いたもう一つの煙草を放り投げた。


室内は長い間、閉ざされていて埃が辺りに散乱しており

そして回りには古いモノがある。

上手くいけば、埃と古いモノに煙草の火が引火し

沢山の煙にまみれて、やがて火が付き建物は火事になる。


煙と燃え盛る炎を利用し此処から抜け出すか

もしくは、煙と炎がこの室内から外へと抜けて

誰かが火事である事に気付けば

ある意味、合図になるのではないか?


そう判断したリックは、一か八かの賭けに出た。


リックの手によって投げつけられた煙草の火は

リックの予想通り、辺りに散乱している埃に引火し始めている。


それを隠す様に、リックは犯人と向き合い話を続ける。


「布と靴が汚れている。…本当は動けるのかな?」


犯人は、また


「…」


沈黙を守り始める。


「動けないんだったら、、、

 布と靴だけが汚れているのは、矛盾していないか?

 ゴムや鉄の部分だって汚れているんだったら分かるけど。

 どう説明してくれるんだ?」


今度は、リックが逆に犯人に質問をする。


「まぁ~正確に言うと

 汚れているというよりは血が付いているんだけどな?

 ジェイコブの血が」


リックのその言葉を聞いた犯人は、一歩後退りする。


リックは、更に話を続けた。


「ジェイコブは、自分が倒れ込んだ時に

 右手の薬指から血が出ている事に気付いた。

 そして、血の出ている指をアンタに気付かれない様に

 そっと、靴に触れたんだ」


「…」


「倒れ込んでいるジェイコブは、まだ意識はあった。

 でもアンタが、とどめを刺した」


「…」


犯人は、リックの言葉に返す言葉が出てこない様子。


リックは続けて、犯人に自分の推理を語る。


「ジェイコブの血が靴についている事をアンタは気付かずに

 ジェイコブを無残な姿にする事に夢中になっていた」


犯人は、自分の靴を床になすり付けている。


「アンタは几帳面で、そして注意深い人間だ。

 ジェイコブの手に釘を打つ時に

 もしも、返り血を浴びたら服を着替えるのが

 面倒だと思ったアンタは…

 袋か何かでジェイコブの手の部分を覆い、

 血が飛び散らない様にしたんだろう?ウィリアムの時も同じか? 

 でも、それが逆にミスに繋がる事になったんだ」


犯人は、言葉を飲み込んだ。


「アンタはジェイコブを殺して無残な姿にした後

 いつもの様に座って膝掛けをする。

 その時に、ジェイコブの血が付いた靴に膝掛けが当たって

 膝掛けに血が付いた」


「はぁ…」


犯人は、深く溜め息をつく。


リックは、そのまま説明を更に続けた。


「返り血を浴びていれば服や靴を替えて

 膝掛けに血が付く事は無かった。残念だったな」


「…」


「本当は、歩けるんだろう?」


リックは挑発的に、犯人に言葉を投げつけた。


「歩けるんだよね?」


「くっ…」


犯人は、もう一つ隠し持っていたナイフを右手に持ち

力いっぱい握りしめている。


リックは、犯人が手にしている右手のナイフに視線を向けている。


そしてリックは、ついに犯人の名を口にする。


「どうなんだ?…メイソンさんよぉ」


リックは目の前にいる犯人に向けて、メイソンと名前で呼んだ。


すると、犯人の肩が小刻みに震え出す。


「わはははは。君は素晴らしいなぁ、リック君」


笑いながらリックを褒めるメイソン。


「そりゃ、どうも」


暗闇に包まれた室内にメイソンが電気を付けると

リックの目の前には、メイソンの顔があらわになる。


「電気なんて点けて良いのか?」


リックが、犯人のメイソンに気を使ってみせる。


「構う事はない。既に、君には私の存在がバレている」


「へへへっ、確かにそうだ」


一族を襲った犯人は、この一族の長男のメイソンであった。


リックは、自分の推理が的確だった事に

喜びを感じていたのと同時に

メイソンが室内の電気を付けた事によって

投げつけた煙草がメイソンに見つかってしまうのではないかと…

動揺していた。


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