第15話《偶然》
リックは一人で、
犯人に殺害されたジェイコブの部屋へと来ていた。
ジェイコブの遺体は、すでに警察へと引き取られ
部屋は警察の手によって調べられているが
ジェイコブの死後そのままの状態となっている。
部屋中のありとあらゆる箇所に、リックは鋭い視線を向け
何か犯人へと繋がる証拠があるのではないか。
いや、もしくは徹底的な証拠を見落としているのではないのか。
そう思いながらリックは、部屋中を歩き回り
犯人への手掛かりを見つけ出そうとしている。
「一体、ここで何が起きたんだ?」
リックは、また独り言を言うかのように辺りを調べている。
「誰が…何の為に?」
するとリックは、
ジェイコブが遺体となって、倒れていた場所にしゃがみこんだ。
「即死じゃなかった…だから微かに体が動くことが…できた…」
リックは頭の中で、
犯人に殺害されたジェイコブの様子を想像しながら
ジェイコブの遺体と同じ態勢になり
ゆっくりと右腕を伸ばしながら
「だから…最後の力を振り絞って…右手の薬指で…」
目に見える事ができない真実を、
リックは頭の中で、想像を現実化しようとしている。
「キャーー」
何処からか、女性の悲鳴が聞こえてきた。
リックは頭の中の想像の世界から、聞こえてきた女性の悲鳴と共に現実へと引き戻されたかのように、目を大きく見開く。
「今の声は…」
その悲鳴は、何処か聞き覚えのある声だった事に、リックは気付き
悲鳴の声質からすると、若い女性の声だった。
「アンジェリーナ…」
リックは、その場から立ち上がり
女性の悲鳴が聞こえた方へと急いで向かい、
ジェイコブの部屋を後にする。
別の場所では、
女性の悲鳴が聞こえた事に気付いたシルエットも
リックと同様に、女性の悲鳴が聞こえた方へと向かう。
邸の中をリックは、彷徨うかの様に
必死で女性の悲鳴が聞こえた場所へと向かうが…
広すぎる邸の中では、
簡単には女性を見つけ出す事が出来なかった。
「畜生、広すぎるんだよ」
リックは次第に、苛立ちを見せ始めるが
どこかで女性の悲鳴は…アンジェリーナではないのか…
そういう考えが頭の中から離れずにいた。
不安と怒りと苛立ちに囚われたリックの表情は
とても険しくなっていた。
すると…
「パリンッ」
何処かで、硝子が割れた様な音がした。
「向こうの方か?」
音がしたのは
邸の裏側に面する、小さな出入り口の方向からだった。
リックは全速力で、音がした方へと向かって行った。
邸から裏側の出入り口を見ると、扉が開いている状態だった。
真っ先に辿り着いたのは…リックだった。
するとリックは
静けさに包まれた邸内を警戒しながら、ゆっくりと歩くと
小さな出入り口の扉が開いていることに気付く。
「…」
リックは平常心を取り戻そうと、ひと呼吸し
やがて力いっぱい拳を握り締めながら
開いている扉の方へと、ゆっくり近づいて行く。
扉の外側から、女性が倒れ込んでいる状態の足が見えた。
それまで、平常心を取り戻そうとしていたリックの表情は
蒼白状態であった。
「ア…アン…ジェリーナ…」
若い女性の悲鳴と、倒れ込んでいる女性の足。
リックは今、自分の目の前で倒れ込んで見えている足は
アンジェリーナであることに疑いを持てずにいた。
急いで女性の元へ駆け寄ると、リックは思わず息を飲み込んだ。
邸内を見渡しながら歩いていたシルエットが
リックの後ろ姿を発見し、リックの元へと駆け寄る。
倒れている女性は、やはりアンジェリーナであった。
横たわっているアンジェリーナを
リックがゆっくりと、起き上がらせようとする。
アンジェリーナは、グッタリとした様子。
リックは、とても悲しげな表情でアンジェリーナの名前を呼ぶ。
「アンジェリーナ…頼む…目を開けてくれ…」
リックは、アンジェリーナを優しく抱きしめながら
何度も何度も、アンジェリーナの名前を呼んでいる。
すると…
身体がグッタリとしていたアンジェリーナが
やがて目を覚まし、リックに言った。
「ごめ…んな…さい…」
「アンジェリーナ」
アンジェリーナが目覚めた事に、気付いたリックは
ゆっくりとアンジェリーナと顔を合わせるようにする。
「大丈夫かい?」
「うん…心配かけちゃって…ごめんなさい」
リックは、とても心配そうな表情をしながら
アンジェリーナを見つめた。
「一体、何があった?」
リックがアンジェリーナに尋ねていると
間もなくして、シルエットが2人の元へと辿り着く。
「アンジェリーナさん大丈夫ですか?」
シルエットが心配していると、アンジェリーナはゆっくりと頷く。
どうやらアンジェリーナは
気を失いその場に倒れ込んでいたようだ。
暫くすると
アンジェリーナは徐々に意識を取り戻し、リックに抱えられながらゆっくりと邸の中へと入って行った。
邸内で、椅子に座っているアンジェリーナ。
その傍には、リックとシルエット
アンジェリーナの父であるルーク
そして、アンジェリーナの母マリーの姿があった。
「アンジェリーナ、怪我はないか?」
「本当に、大丈夫なの?」
「はい…心配かけて、ごめんなさい」
アンジェリーナは若干、うつむき加減でルークとマリーに言った。
するとシルエットが
「皆さんは?」そう、ルークに尋ねる。
「はい。皆様は、ご無事で御座います。
今は、それぞれのお部屋におられます」
シルエットは、無事で良かったっという
安堵の表情を浮かべ、ホッと方を撫で落とす。
リックは、アンジェリーナを心配な表情で見つめている。
「一体、何があった?誰かに何かされた?」
アンジェリーナは、遠くを見つめながら
自分が意識を失い、倒れ込む前の記憶を辿っている。
「私…私は用を終えて
外で太陽の光を浴びようと思って…
扉の外に出た時に…」
リックとシルエットは、きっとアンジェリーナが
犯人に襲われたのではないかと思っていたが
アンジェリーナの口から出た言葉は意外なものだった。
「…誰かが走って来る。そんな感じがして…」
「走って来る?その人の顔は見た?」
リックが尋ねると、アンジェリーナは、ゆっくりと顔を横に振り
「ううん…顔は…分からない。見えなかった。
でも…知らない人じゃない気がして…」
「襲われたのではないのですか?」
今度は、シルエットが尋ねるとアンジェリーナは、即答した。
「言い切る事はできませんが…
多分、偶然に、ぶつかっただけだと思います」
そのアンジェリーナの言葉に
リックとシルエットは互いに顔を合わせ
言葉を口にはしなかったが、
「アンジェリーナは、犯人に襲われたのではない」そう思った。
すると、
「君が扉を出たと同時に、外では誰かが走って来て
偶然、その誰かと君がぶつかった。
そして君は、壁もしくは扉に頭を強打して意識を失い
更に倒れ込んだ時に、近くにあった植木鉢にぶつかり
その場に君は倒れ込んだ。
植木鉢が割れた音を聞いて、僕らが駆けつけた」
リックが、状況を改めて言葉にして説明すると
皆が納得をしている様子。
「ごめんなさい。私…皆さんに迷惑かけちゃって…」
アンジェリーナが涙目になると
リックは、優しい言葉をアンジェリーナにかけた。
「無事で本当に良かったよ。今はゆっくり休んで。
また、木の実を取りに行こう」
すると、
アンジェリーナは、涙目になりながらも笑顔をリックに見せる。
シルエットがリックの肩を軽く叩き
「それでは、我々はこれで。行こうリック」
リックは、ゆっくりとアンジェリーナの元から離れ
シルエットと共に、その場を去る。
残されたアンジェリーナとルーク、そしてマリーが身を寄せ合う。
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