第5話《コインゲーム》

カフェを出てから、数時間後。

リックとシルエットは、ある建物の一室にいた。

リックはソファーに腰を下ろし、ゆったりとくつろいでいる様子。


一方、シルエットは電話をしていた。

間もなくして、シルエットが電話を終え、リックにこう言った。


「暴行など、未遂との判断をされているが…

        と、言っても逮捕に至っていない。 

              警察の憶測、判断ではあるがね?」


リックは、見下したような態度で答えた。

「だろうな。証拠がなければ、ただのボヤキにしか聞こえない」


シルエットは室内をゆっくりと歩きながら、リックに語りかけた。「モノは相談なのだが…例の一族の件。受けてくれるかな?」


カフェにいた時とは違い、少しシルエットの口調が荒くなる。


「…俺に、得になる事はあるのか?」


シルエットは、一枚の用紙をポケットから取り出し、

「違反が…2。いや3か?それに…」

その用紙に書かれた内容の続きを読み上げた。


「おいおい、脅迫か?」

シルエットは更に用紙を手に取り、内容を読み上げる。

その一方でリックは、不機嫌な表情で顔を横に振る。

シルエットは、読み上げるのを一度止め

「穏やかな雰囲気で話を進めたい」

そう言いながら一つの封筒を手にする。


「この状況は、とても穏やかとは程遠いな」

リックは、うっすらと笑みを浮かべる。


シルエットは一つの封筒の中身を取り出し、

テーブルの上に放り投げた。


テーブルの上に散らばる数枚の写真。


「これは、私が独自で入手したモノだ」


その写真は、リックが暴行を加えている徹底的な証拠写真だった。


「畜生…」リックは、頭を抱えた。


「逮捕するには現行犯逮捕。もしくは物的証拠が必要になる。

 警察は、君を逮捕するまでに至ってはいない。

 だが、私の場合、今君は手の届く所にいる」


リックは、溜め息を吐きながら

「…脅迫。強要。どちらも同じことか」

リックは苦笑いを見せた。


「いや違う。君が、君自身が、どういう答えを手にするかだ」


勝利を手にしたかの様な笑みを浮かべながら、

シルエットは、リックの目を見ながら言った。


「もう随分と、私も年を取ってしまった。

 君のように若い頃と比べ、今では頭脳や力など全てが老いてしま 

 い、なかなか思うように動く事ができなくなってしまった」


シルエットは、少し力の抜けた表情をしている。


「君の力を貸して欲しい…」

リックは無言のまま、シルエットの言葉に耳を傾けている。


「探偵というのは…名だけなのか?」

シルエットの問いに、リックは視線を背けながら言った。


「…興味はある」

シルエットは、期待するかの様にリックに言った。


「では、受けてくれるか?」

だが、リックは答えに悩んでいた。

いや、寧ろ答えるタイミングを伺っていた。


するとリックは「ゲームをしよう」と言い、

ニヤリと微笑みを浮かべる。


シルエットが不思議そうな表情で「ゲーム?」っと、

リックに聞き返すと、

リックはポケットからコインを一枚取り出し、

シルエットにコインを見せながら言った。


「とてもシンプルなゲームだ」

そう言いながらリックは、

見せていたコインを勢い良く親指で弾き、宙に浮かせた。


やがてコインは上昇力を失いはじめ、回転しながら下降してゆく。


やがてリックは、下降してくるコインを掴み取るように

両手を拳で握り締めた。


「アンタが勝てば、俺は例の件の協力をする。

 でも、もしもアンタが負けたら…俺の前に、二度と現れるな」



シルエットは、リックの手を見つめている。


すると、

リックはゆっくりと瞳を閉じ、

やがて瞳を開け、シルエットに言った。


「コインは今…何処にある?」


シルエットは沈黙になり、リックはニヤリと笑みを浮かべる。


次の瞬間、


沈黙を守っていたシルエットが、口を開いた。


「コインは今…」


リックは、シルエットを見つめている。


シルエットは眉間に人差し指を当て、

次にその人差し指をリックに向けた。   


「コインは今、君のその手の中…には無い…」


シルエットはリックに向けた人差し指を直し、

両方の手の指を広げ、手の平を上に向けた。


「答えは…それで良いのか?」


リックは、重みのある言葉で言った。


「間違いない」


シルエットは、

自分の出した答えに何の迷いも無く、自信に満ちている。


シルエットの答えを確認したリックは、

ゆっくりと手を広げようとしている。


自信に満ち、鋭い視線でリックの手を見つめるシルエット。

リックは、ゆっくりと指を広げ…


そして、リックの手の中にコインは…無かった。


シルエットは顔を縦に振った。


一方、リックは顔を横に振る。


コインゲームの勝敗が決まった。


そしてリックは、負けを認めた。


だが、でも何故シルエットが自分の手の中に

コインが無い事を見抜いたのか?

その理由がとても気になっていた。


やがて、リックはシルエットに質問をした。


「何故…コインが手の中に無いと解ったんだ?」


するとシルエットは少し、微笑みを見せながら言った。


「君はコインを宙に浮かせ、拳を握った。そして君は言った。

 コインは今…何処にあるのかと。

 君は決して、コインはどちらの手にあるか?とは、

 私に言っていない」


リックは、口元に力が入っている様子。

そしてリックは、シルエットの話に耳を傾け続けた。


「多くの人は多分、右か左。どちらかの手を選択する事だろう。

 何故なら?それが極普通のコインゲームだからだ。

 でも、それは君が最初に言った。


《とてもシンプルなゲームだ》


その言葉はまさに…君が仕掛けた罠だった」


シルエットの言葉を聞いたリックは、思わず口を手で塞ぐ。

シルエットはジェスチャーを交えながら、更に説明を続けた。



「私は、目と耳で情報を入手し。

 それから頭の中で、考えて、考えて、

 答えを生みだし、そして答えを口にした。

 見た事や聞いた事、過去に経験がある。

 もしくは知っているから。

 などという理由の事から?

 まぁ、それを属に言う《先入観》によって、

 本当の真実を見逃してしまっている事がある」


リックは、シルエットを真剣な眼差しで見ている。


「経験は時に、必要であり。また、不必要な時もある。

                       だから私は…」


シルエットは右手を胸に当てながら、こう言った。


「心で決める」


リックは、シルエットの見事なまでの構想に

何処か楽しさを感じていた。


そしてリックは、シルエットに言った。


「では…コインは今、何処にある?」


シルエットは胸に当てた手を、ゆっくり下に下ろし、

やがて自分の右手の人差し指をこめかみ当てながら言った。


「聞こえたんだ…微かに…」


シルエットは、こめかみに当てた右手の人差し指を下ろし、

今度は左手で左耳に手を添えた。


シルエットを見ているリックの眼力が、更に強くなる。


「微かに…微かにだった。コインが《カチッ》っと、

              何かにぶつかる音が聞こえたんだ」


リックは、思わず息を飲んだ。


「コインは今…君の上着の左ポケットにあるだろう?」

そう言いながらシルエットはリックの上着の左ポケットを指さす。


リックは何度も何度も、顔を横に振った。

そして、シルエットの目を見つめながら言った。


「正解だ」


リックの上着の左ポケットから、

ゲームの主役であるコインが取り出された。


「ふぅ~とても素晴らしいな。っていうか、俺が例の件を手伝わな 

 くてもアンタ一人でも大丈夫なんじゃないか?」


コインゲームに負け、悔しさを隠しきれないリックは、

シルエットに言った。


「これは解るか?コインは何にぶつかった?」


すると、シルエットはすぐに答えた。


「そうだな…《カチッ》っていう音だったから…」


シルエットは、考え込みながら言った。


「そうだな…素材的には…金属製だ。

            う~ん…駄目だ。それ以上は解らない」


顔を横に振るシルエットを見ているリックが、口を開いた。


「いやいや、そこまで解れば充分なんじゃないか?

    それ以上、的確にされたら…まるで丸裸にされた気分だ」


リックは、笑いながら言った。


「一体、君のその左ポケットには何があるんだ?」


リックは、笑いながら言った。


「これは…禁煙しろっていう神様のお告げか?」

そう言いながら、リックが左ポケットから取り出したのは

銀色のジッポライターだった。


「煙草は身体に良くない」


そう言いながらもシルエットは自分の煙草を取り出し、

リックに煙草を差し出す。

リックは微笑みを浮かべながら、

何の迷いもなくシルエットから煙草を受け取る。


リックはポケットからジッポライターを取り出し、

煙草に火を付けようとする。

カチンっとライターの蓋を開け、オイルの香りが漂い、

2人は同時に一つの火で、煙草に火を付ける。


コインゲームを終えた2人は、

どこか心が打ち解けあっている様子だった。


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